第十四話「日光社寺を巡ったところであの頃には戻れない。in東照宮(後編)」
奥宮の階段を登る。約200段の石段だ。数字を見ただけで萎縮する人がいると思うが、基本的に一枚岩なので登りやすい。登りにくい階段とはこれだ。
妙義山、中ノ嶽神社である。石はやたら大きい割りに不揃いで、ところにより変な角度がついている。手すりがなければゴロゴロと転がり落ちる人が何人いたことだろうか。
石段には家康公の名言が書かれた立て札がある。
急いじゃいけないよ。ゆっくりでいいんだ。階段だってそう。急ぐ必要はないよ。
そう言葉をかけてもらえているような、そんな感じがする。ゆっくり登ろう。
奥宮には社務所と休憩所がある。
自販機には有無を言わさずお〜いお茶を買えと言わんばかりのラインナップ。Suica、PASMO使えます。秩父鉄道すら使えないのに。そして地味に山価格だ。
奥宮でお参り。写真が下手。しょうがないのだ。一向に人が減らない。奥宮って本来静かなところでしょ。
そんな奥宮をぐるりと回ると叶杉と呼ばれる杉の木がある。
「作家にしてください」
もう、節操が無いからお願いやめようかな。流石に怒られそうな気がしてきた。誰彼構わず愛を求めれば求めるほどにその人の人柄に嫌気がさすように、僕も色んなところへ「作家にしろ」などと言わずに推しの神社のみに願掛けすべきだ。一人の人をどれだけ愛せるかがその人の人柄にも繋がる。
奥宮を下りて、本殿へ向かう。白に金というのはまさに高級感の頂点だ。黒に金よりもずっと神々しい。「万年に渡ろうとも汚れを知らぬ」という意気込みが感じられる。僕個人の感想である。
東照宮には熱心なファンがいるようで、毎回少しでも調べてみようと検索をかけるとズラッと並んだページの中に「実際に建築をなさった方ですか?」と聞きたくなるような情報量が載っているページがある。前回はそこから要点を掻い摘んで載っけたわけだが、早い話、そのページのリンクを貼ればさらに分かりやすく深い情報が載っているのだ。僕が書く意味なんてない。
何をやってんだろう。いい加減初心に帰ろう。
僕が旅行記を書き始めた理由として、とあるライターさんの記事に目を奪われたからというものがある。
様々な場所を過酷な条件付きで旅して、あまりの条件の厳しさにぼやいたり、嘆いたり。ある時は地元の人に声をかけて貰って、それを嬉しく思ったり、優しさに泣いたり、或いは色んなことを考えたり。
本来ならスポットの紹介でしかない旅行記事ではあるのだが、僕はまるで小説を読んでいるようだった。人と人との触れ合い、出会い、別れ、或いは建築物の退廃的なビジュアルに心を打たれたり、流れゆく時に想いを馳せる様は、まさにそのライターさんが主人公の小説としか言いようがなかった。
書くことに対してよく言われるのは「誰かがやっているのなら、やらなくていい」ということだ。
誰かの真似をしたところで結局はそれをなぞらえるだけ。それは分かる。ただ僕はそのライターさんにはもっと色んなところを旅してほしいと思う。それこそ、有名な観光地だって、その人の思いを綴れば単に情報を載せただけの記事ではなくなり、様々な思いや一期一会が交錯する立派な物語になるはずだ。
それはきっと僕にもできる。誰の言葉もなぞらえず、自分に言葉で自分の思いを語るのだ。
よし。いや、なんていうかもうただの言い訳だな。そういう意味では三峰神社の旅はある意味理想だったのかもしれない。
靴を脱いで上がる。ここ東照宮は外国の方も多い。何せ世界遺産なのだ。
ただ、彼らは神社に参拝して何を思うのだろう。
神道は日本独特のアニミズムだ。基本的な宗教との違いとして開祖や教義がない事が挙げられる。彼らからすれば独特な宗教だ。
もちろん彼らも神道の参拝に倣って二礼二拍手一礼は欠かさない。
神が作ったのか、はたまたそれ自体が神なのか、ここは大きい違いだと思うのだがどうでしょうか。まぁ東照宮は東照大権現が神様なので、この辺と違うような気がする。
二礼二拍手一礼。
人は神様になれるのだろうか。現在ではどれだけの偉業を成そうともう人は神様にはなれないだろう。だが、戦乱の世を生き抜いた人は徳川家康が没後神格化すると信じて疑わなかったはずだ。
それほどの力だった。戦乱の世を手中に収めるということはそれほどのことだったのだ。
僕はもちろん歴史ファンではない。戦国武将に思うところは特にない。ただ、その力というものはこの東照宮を見れば分かる。
現在の東照宮は息子である徳川秀忠が建てたものを孫の家光が2年に渡って改築したものであり、現在の豪華絢爛な様は家光の仕事によるものだ。
自分の家族の偉業を誇り、どこにも負けないほど豪華な拝殿を建てる。規模が違いすぎて実感がわかないが、家族の為ということを思えば通ずる部分も出てくるであろう。
誰かにとって誇れる自分になれたら、それこそ真に成功したと言えるのではないだろうか。僕はまず、自分を誇ることから始めよう。
どうか、僕に自信をください。なんだかんだちゃんとやっていけてるんだって思わせてください。ロクでもない半生でした。
あの日、僕がここに訪れた時、未来の僕はなんだかんだ友達がいて、恋人がいて、辛いことがあっても笑ってやっていけてるんだろうなって思いました。
その年に書いた卒業文集に未来の自分に向けた質問がありました。「友達を大事にしていますか?」
ごめんな。友達、いないんだ。大事にしなかったんだよ。どうせ僕なんかって思い続けてたから、今君が仲良くしている友達がどうなったかなんて知らずに生きてる。
多分みんな変わらずに友達がいて、新しい友達もできて、辛いことがあってもやっていけてる。
僕は違う。自信がないからいつか切り捨てられるのが怖くて、それが嫌で友達を切り捨てて、差し伸べられた手も振りほどいて、辛いことがあったら物思いに耽ってる。
孤独であることは大切なことだ。一方で孤独と孤立は違う。僕は今、孤立していることを知らないだけだ。その上で「孤独であることは……」とか宣ってるに過ぎない。そういう恥ずかしい大人になっちゃったんだよ。ごめんな。
あの頃に戻れたら。
東照宮なんて興味なかったあの日に戻れたら。一日に何度も振り返る僕は一向に前に進めない。
空っぽのままでいいから前に進むべきなのかな。
そんなことを考えていた。
過ぎ去る陽明門の前では、今日も修学旅行の小学生がその頬に純粋さを溜め込んで笑顔で友だちと写真を撮っていた。




