いつもと同じ通学路、そしてやってくる非日常。
この世界は、「天界」「地界」「魔界」の3つで構成されている。
そのうちの地界にある国のひとつ、「桜花国」。この国は周りをいろんな文化の国に囲まれており、元々小さな国だったが、当時の国王が他国との交流を盛んに行ったおかげか、気づけば大きな貿易国となっていた。さらに、「平和主義」ということもあり、不思議なほどに争いが起きない「平和主義国家」としても有名な巨大国家ともされ、現在の地王もこの国を拠点としている。いわば地界の中心国である。
そんな桜花国にある学校、桜桃学園高校。そこから15分ほど歩いたマンションの一室。
朝の輝かしい太陽の光がカーテンの隙間から射し、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っている少年の顔を照らす。
「う…ん…まぶし…。」
そう呻き声をあげながら、少年は布団の中に潜り込む。
(誰だって朝は弱い、もっと寝たいと誰しもが思うはずだ…だから俺は寝る…!)
そんなわけのわからないことを考えながら二度寝に入ろうとしている少年の名は、青木龍。この305号室に住む、桜桃学園高校の生徒の一人である。
<ピピピッ>
「…あー、くそ、うるせぇ…。」
そのタイミングで鳴る、目覚まし時計。
せっかくの二度寝を邪魔されて機嫌を悪くしながら、少し高めの位置に置いてあるその時計を止めようと手を伸ばす…が、伸ばした手は時計をかすめる。
いまだ止まらない機械音。さらに、その衝撃でバランスを崩した目覚まし時計は、
<ゴンッ>
「うぐっ!?」
彼の顔面めがけて、落ちた。
「だっさ…。」
学校へ向かう道中、今朝の出来事を聞いた少女、嘉山美香は、ため息交じりにそう呟いた。その横で鼻先をさすりながら額に熱冷ましシートを貼っている少年は先ほど目覚まし時計によって顔面にダメージを受けた龍である。
彼らは幼少からの幼馴染で、当時から今まですべて同じ学校に通っている。
「…少しは心配してくれてもいいんじゃねーの?」
「あ~、よしよし。痛かったね~。『飛んで行けー』してあげようか~??」
「ぐ…っ、馬鹿にしやがって…!」
…幼馴染、というよりは腐れ縁、というべきなのかもしれない。
まるで幼稚な言い合いをしながら歩いていると、
「朝から仲良しだね。」
後ろから声が聞こえた。二人が同時にふり返るとそこには楽しそうにクスクス笑う少年の姿があった。
「あ、松野!おはよう!」
「おはよう。嘉山さん、龍。」
「優也!聞いてくれよ!美香がさー…」
彼の名は、松野優也。2人とは中学からの仲である。ちなみに桜桃学園高校は昨日に始業式があったため、彼らは現在高校2年生である。
「ちょっと、龍!?私何もしてないじゃない!!」
「うるせえ!怪力女!」
「この…人が気にしていることを…!!」
そろそろ本気で口論になりそうな雰囲気を察して、優也が慣れた手つきで仲裁に入る。
「まあまあ、落ち着いて。それよりほら、時間。嘉山さん、今日誘導係の仕事があるんじゃなかったっけ?そろそろ急がないと遅刻しちゃうよ?」
「あ、そうだった!今何時!?…やば!ごめん、先行く!」
先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか、美香はそう言ったあと慌てて走って行った。
「あ、おう!…え、誘導係?何の?」
「今日は1年生の入学式でしょ?それで、嘉山さんは生徒会役員だから新入生の誘導係を任されているんだよ。」
「あー、そういえば今日は入学式だったか…すっかり忘れてた…。」
龍はそう言って、美香が走って行った方角をぼんやり見つめる。
「…。」
「『また言い過ぎた…。なんで毎回喧嘩腰になるんだ…。』…って、後悔してる?」
「!?」
隣からいきなりそんな言葉が聞こえ、龍が驚いた表情で優也の方を見る。一方、優也はその動きがおかしかったのか、口元を軽く手で隠しながらクスクス笑っている。
「あはは、ごめんね。つい。…あ、もしかして図星?」
「はぁ!?ふざけん―…」
そう言いかけた龍の口は、優也の瞳を見た瞬間、動きを止めた。
先ほどまで黒かったはずの彼の瞳の色が、淡い水色に変わっていたからである。はぁ、とため息をついた後、龍は決まりが悪そうにそっぽを向く。
「ほんと、おまえって普段大人しいのに俺の前だとたまに腹黒いよな…。」
「龍が分かりやすすぎるだけだよ。“心の声”が駄々漏れだ。少しは隠さないと。」
「…うるせぇ。殴るぞ。」
「それは勘弁してほしいなぁ。」
あはは、と困ったように優也が笑う。その瞳の色は、黒に戻っている。
この世界にはさまざまな人種が数多く存在するが、大きく分けると天族、地族、魔族の3つに分けられている。そして、力を持つ者はその種族特有の力を使うとき、瞳の色が天族は寒色系、魔族は暖色系に変わる場合がある。そして、その力が強ければ強いほど、人によっては髪色さえ変化する時もある。ちなみに地族は元々力を持たない普通の人間が多いため、基本的に変化はしない。
それを踏まえて簡潔にいうと、松野優也は、この世界でいう天族に属する。
「…ったく。まあ、どうせ今お前を殴っても後で美香に倍返しされるからやらねえけどな。」
「本当に嘉山さんには敵わないよね、龍は。」
「物理的にな!!!」
「あ、もしもし君たち。この近くの学生さんかな?」
「ん?」
龍が悔しそうに優也に叫びながら歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
二人が振り返ると、黒いフード付きのロングコートを身に纏った男性が立っていた。その横には、男性と全く同じ服装をした、パッと見て中学生くらいの背丈の子どもがフードの先端を、まるで顔を隠すように引っ張りながら立っていた。空いたほうの手は、男性のコートの裾を掴んでいる。
「そう、ですけど…?」
男性は、にこやかに笑っているものの、少し不気味な雰囲気を漂わせていた。
「そうかい!よかった。実は、道に迷ってしまって…確か、おうとー…何だったかな。」
「…桜桃、学園…高等学校。」
男性が考える素振りを見せると、横にいた子どもが、ポツリ、ポツリと呟くように答える。声からするに、少女のようだ。きっと人見知りなんだろう、と龍は思うことにした。
「そうそう!そこ!今日、そこで入学式とやらがあるのだろ?実は、私の子ども達が今日そこに出るみたいで。よければ方角を教えてはくれないか?」
「あ、ああ。そうだったんですね。この道をまっすぐ行くと着きますよ。」
少し怪しく思いつつも、「入学式」と「子ども達」という言葉を聞き、保護者の人と判断した龍は先ほど美香が走って行った方向を指さしながら答えた。
「おお!ありがとう!どうも、こんな服装をしているから不審者と間違えられてしまってね。誰も答えてくれなかったんだ。」
(確かに怪しいもんな…。)
そんな言葉を内に秘めながらも嘘をつけるような雰囲気でもないため、龍は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「助かったよ、少年。それじゃあ行こうか。アリス。」
「…はい。」
そうして、二人は去って行った。
その背を見ながら、龍は優也に話しかける。
「なんか…あの子、生気を感じなかったというか…変な感じだったな。教えて大丈夫だったかな…。」
「…。」
「…優也?」
何も返さない優也に違和感を感じ、顔を覗き込む。優也は、信じられないものでも見たかのように口をぽかんと開けながら固まっていた。そして…
「…心…愛?」
「え?…あ、おい!」
何かを発したかと思うと、急に走り出した。
「待てって!…ったく、何なんだよ!」
突然の優也の行動に訳も分からないまま、龍も走り出した。
小さな胸騒ぎが、先程会話した2人の背中が近づくにつれてどんどん大きな不安へと変わっていく。
(何も起きないでくれ…!)
走りながら、そう願うしかなかった。