君の未来のために僕は
少年は泣いていた。
自分でも理由はわからないが、クラスメイト達が事あるごとに、いじめるせいだ。
上履きを隠されたり、ペンケースをサッカーボールのように蹴られたり、給食に消しゴムのカスを入れられた。
いつの間にか、友達は一人もいなくなり、一人で帰ることが多くなった。
下校途中にいじめっ子に待ち伏せされ、からかわれたり叩かれたりして泣きながら帰宅した。
公園で擦りむいた膝小僧につばをつけていると、チェックのシャツにジーパンを着た、一人の青年が現れた。
「どうしたんだい。泣いて」
「なんだか、わからないんだけど、みんながいじめるんだ」
「そうかい。それは困ったね」
「お兄さん誰」
少年は親から知らない人に、ついていってはいけないと言われていたことを思い出した。
「僕は怪しい人ではないよ。君が悲しんでいるから気になっていたんだ」
怪しい人ほど「怪しくない」というものだが、少年は疑うことを知らなかった。
「ねえなんで、ぼくはいじめられるのかな」
「その理由は僕にはわからないけど、何か心当たりはないかな」
「なにもないよ。学校ではおとなしくしてるし、先生の言いつけも守っている」
「先生の言いつけを守りすぎていないだろうか?」
「どういうこと?」
「君が先生の代わりに友達に注意したり、友達のいたずらを先生にチクったりしていないかってこと」
「ああっ」
少年には思い当たる節があった。廊下を走った同級生に注意したり、学校におもちゃを持ち込んでいる生徒を告げ口していたりしていたのだ。それは正義感でやっていた。
「君以外の同級生は、仲間意識があって先生への告げ口は裏切りを意味するんだ」
「でも悪いことは悪いんでしょう」
「確かに悪いのは相手だけど、先生への告げ口は抜け駆けを意味するんだ。それに君が何か失敗をして、他の生徒から先生に告げ口されたらどう思う」
「それは、その時にならないとわかりません」
「普通の人は、先生に告げ口したことに対して、怒りの感情を持つんだ。それが大多数の人の反応なんだ」
「理由はわからないけど、ぼくのしてたことは嫌われるってことがわかったよ」
「何かあったら、また公園においで、僕はここにいる」
青年はそう言って、笑顔で手を振った。
数日後、泣きはらした少年がブランコに乗っていた。鎖のこすれあう音がかすかにこだましていた。
しばらくして、あの青年が滑り台から降りてやってきた。
「やあ。またいじめられたのかい」
「告げ口も、先生の代わりに注意することもやめた。それでも友達は、ぼくのことをいじめてくるんだ」
「いじめられる前に、相手が気にすることを言っていないかい」
少年はしばらく考えてみた。しかし、いじめられた前後のことは忘れていた。
「いじめは確かに悪いことだが。いじめられる方にも原因があるんだ。今後は自分の発言に注意を向けてみないか」
「そんな。いじめる方が悪いに決まっている!」
「その友達は根っからの悪人かい?」
「いや、そうでもないけど」
「友達の秘密を話したりしなかったかい」
「そういえば、友達がエッチな漫画をたくさん持ってるって、みんなの前で言ったけど。悪いことなの?」
「それは、友達は同級生に秘密にしたかったんじゃないかな」
「そうかもしれない。ぼくもエッチな人間だと言いふらされたら嫌だもん」
「友達が何気なく君に話したことでも、場所によっては伝えてはいけないこともあるんだ」
「難しいな。ぼくにはわからないや」
その後も何かあると、少年は公園に行き、青年からアドバイスをもらった。
少年はだんだんいじめられることやトラブルが少なくなってきた。
ある日、ストレートの黒髪で、黄色いシャツに黒のタイトスカートを着た二十代の女性が青年と話していた。会話はよく聞き取れなかったが、二人は恋人同士だと少年は思った。
青年は、女性と別れると少年の方へ駆け寄っていった。
「お兄さんありがとうございます。もういじめられることもなくなったし、友達も増えたよ」
「それは良かった」
よく見ると青年は涙目になっていた。
「悪いが、もうお別れなんだ」
「どういうこと」
「もう君には会えなくなるってこと」
「ええっ!どうして」
「理由があってここに来られなくなった。もう大丈夫、君は一人でやっていけるよ」
「そんな、ひどいよ」
「いいかい。どんなにつらいことがあっても、人は一人で生きていかなければならないんだ」
「そうなんだ……。もうお別れなんだ」
「さようなら。頑張って生きてくれよ」
「さようなら。今までどうもありがとうございました」
少年も目に涙を浮かべたが、泣くことはなく、力強い足取りで去っていった。
青年は公園を横切ると、女性のもとへ帰っていった。
「時間移動管理局条項37条、過去の自分への働きかけによりあなたを逮捕します」
「自分の犯した罪はわかっています。どうぞ」
「一つ聞きたいけど、逮捕されることが判っていて、どうしてそんなことをしたの」
「過去の自分は、発達障害のせいでいろいろ大変な目に遭ってきた。大人になってから、過去の言動に気づいたが、その時はもう遅かった。昔の自分を悲しい目に遭わせたくなかったんだ」
「確かに、あの子は変わった。ただし、人生が変わることで、あなたはあなたでなくなるかもしれない」
「知っています」
「規則だから仕方ないけど、あなたが変貌する前に、今までの経緯や動機を聴取することになるけどよろしいかしら」
「いいですよ。覚悟はしています」
二人は公園から姿を消した。公園には、最近植樹された石楠花の木がこれから伸びようと気をためていた。