キミの涙を僕に頂戴
フリーワンライ参加作品です
使用お題「茜映す雲」「涙の行方、心の在り処」
一応二人称意識してます…
あの日のキミはとっても泣きそうな顔で待ち合わせ場所に来た。午後四時、木枯らしの吹く中に鼻の頭を赤くして。寒気にさらされた首元を、僕は手に持っていたマフラーでそっと温めた。キミは謝ってばっかりだったけど、巻き終えた時には「ありがとう」って微笑んでくれていたね。その時僕は気づいたんだ。
二人でよく、ココアを飲んだよね。待ち合わせた場所から歩いて十分の小さな公園は落ちた葉が物憂げだったけど、他に人がいなくって僕たちにはうってつけだった。忘れ去られたように置かれた自動販売機で温かいココアを並んで買って乾いたベンチに座るのがデートと名付けた日課だった。ぽっくり日が暮れるまで、時には七つ星のひしゃくが空をくみ上げるまで、僕らはお互いの顔を見ないままに話をした。キミは時々疲れたように舟をこいだり、何も話すことがないと本を開いたり。そんな自由な関係が僕らなりの「大切」で、「愛情」だった。はずだった。
その日は綺麗な茜空だった。鰯雲が大量で、きらきらと太陽の残滓を受けた欠片がまるで夕闇にさざめく波打ち際のようだった。さて、今日は何の話をしようか、と口を開いたときに僕はようやく隣に並ぶ彼女の常とは違う様に気付いた。彼女のココア缶を持つ手が震えていることに。マフラーに伏せられた表情を一度も目にしていないことに。
「もう、終わりにしたいの」
鈍い一言はあまりにも突然で、僕はそう、としか溢せなかった。でも僕たちの間には確認できないような小さなしこりが成長していったこと確かだったのに、見て見ぬふりをしていたんだ。
「ずっとずっと終わりにしようって思ってた。でもね、貴方が大切で、優しくって、傷つけたくなくって」
ズッと音を立てる彼女はあくまで空を見つめていて。
「ほんとは私が貴方を幸せにしたかった。でもね、もう無理なんだ」
キミは努めて明るい声を洩らした。
「貴方はとてもいい人だよ。貴方は何も悪くない。全部私が悪いの」
待って、とようやく零した声は掠れていた。優しくて残酷なキミは、こんな微かな声じゃ留まっていてくれない。
「さようなら、幸せになって。貴方は極上に幸せになるべき人だから」
茜映す雲の下、落ちた雫は確かに僕の下に残されていて、傍らに忘れ去られたマフラーが律儀にたたまれている。
冷めたココア缶だけが僕たちの間違いを静かに責めていた。
キミの涙を僕に頂戴
(本当は心まで僕に預けてほしくて)
(いつまでも待っている)