5話
幕間的な。
ユリは呆然自失と言った様子でギルドを後にした。
ユリからすれば、ただ、初めての従魔を捕まえにいっただけのこと。
それが、街の存亡にかかわるかもしれない大事になったのだ、混乱もするだろう。
何か言ってあげたい……けれど、巻き込まれた原因を作ったのはわたしだ。
声をかける資格なんてないし、わたしもどうやって危険を回避しようか考えるので手一杯だった。
保険はかけた。
最悪の想定もした。
後は……何をすればいい?
けど……はあ。
わたし、まだこの世界に来て二日目だよね? なんでこんな大事に巻き込まれてるんだろうね。主人公体質なんてなかったはずなんだけど……。
いや、転生自体が主人公体質の証かな。死ぬのはこれが初めてだから分からないけど。
夕食を終え、部屋に戻るまで、ユリは無言のままだった。
さすがに心配になってくる。
(……ユリ?)
「ノエル……」
ユリはぎゅっとわたしを抱きしめる。
(怖い?)
「……そうかも」
ユリは、じっとわたしを見ていた。
無言の瞳。
それは恐怖に揺れていたけれど、奥にある輝きはわずかたりとも弱まってはいなかった。
それを見て、悟る。
ユリって、どこか……妹に似ている。
素直で純情で、
動物に好かれて、
決めたことは投げ出さなくて、
どこか頑固で、
意地っ張りで泣き虫で。
そんなところが、わたしが天成 空だったころにいた妹、優理にそっくりなのだ。
だからわたしも放っておけないし、助けてあげたいって思ってしまう。
あのとき投げ出してしまったその手を、もう一度取りたくなってしまうんだ。
(ボクは、ずっとユリの隣にいるよ)
「ふふ、ありがとう」
昨日言った言葉と同じ言葉。
でもそこには、昨日とは違う重みがあった。
(ユリ)
「なに?」
(呼んでみただけ)
「もう、ノエルったら」
ユリに抱かれてベッドに横になりながら、思う。
何があっても、ユリだけは絶対に守ろう。
例え、他のなにを切り捨ててでも。
それで、ユリに嫌われたとしても。
◇◆◇
オスカーは、《魔の森》の調査を依頼するパーティを検討しながら、先ほどの会話を思い出していた。
Fランクの新米冒険者、ユリ。
マンティスを倒すというスライムを連れた不思議な少女。
ガチガチに緊張しながら部屋に入ってきたユリを見てオスカーが思ったのは、これはダメだ、だった。
ある程度実力がある者ならば、立ち姿を見るだけで相手の実力をそれなりに理解できるのだが、オスカーの目には、ユリはただの素人にしか写らなかった。
とてもではないが討伐ランクCのマンティスを倒せるとは思えない。いや、遭遇したら固まってそのまま喰われるか、よくてベソを掻きながら逃げすのが精々だろう。
だが、担当した受付嬢に聞いたところ、彼女はオスカーに会う前に、1日でゴブリンを二十匹近く討伐しているという。
それだけの数を討伐するには、どうしたって集団と戦う必要が出てくる。
実際に討伐したのがあの変な色のスライムだとしても、周囲を殺意を持った相手に囲まれて生き残るだけの実力はあるらしい。
……とてもそうは思えないが。
まあ、それだけできれば、周囲を高ランク冒険者で囲んでやれば《魔の森》と言えど死ぬ事はないだろう。
彼女を調査隊に入れたのはそう判断してのことだった。
だが……念話で話し合っていたところを見ると、最後の発案はあのスライムか?
よく分からない提案をしてきたな。
悪名高き《魔の森》。
そこで、パーティを組ませないだなんて、自殺行為にしか思えんぞ?
それとも、あのスライムには、徒党を組んで襲いかかるマンティスをどうにかする事が出来るという確信でもあるのか?
もしそうなら、良い買い物をしたと思えるんだがな。
まあ、分からないものは考えても仕方がない。
オスカーは一つため息をつくと、再び机の上の書類を手に取った。
ノエル「そうかそうか、ボクも自分の内面が分かってスッキリだよ」
ユリ「ノエルの妹さんってどんな人だったの?」
ノエル「ユリにそっくり。可愛すぎるところもね♪」
ユリ「も、もう、変なこと言わないでよ」
【酸攻撃】
アクティブスキル。【吸収】によって体内に取り込んだ異物を酸で溶かす。酸の強さは魔力量に比例する。
ノエル「……ユリの可愛さは世界一だもん。変なことじゃないもん」