4話
緊張でカチコチになったユリの膝の上に座りながら、ギルド長……オスカーの様子を確認する。
彼は元々この街の冒険者だったようだ。実力は十分にあり、最終的にはA−ランクまで昇級。その後怪我で冒険者は引退するものの、それまでの経験を生かして後続を育てるため教官に就任。最終的にはギルド長にまで上り詰めたという。
エリートではなく叩き上げの人材だからこそ、ユリの言葉を一笑にふすことなく聞き遂げることが出来たのだろう。
張り詰めた空気の中、オスカーが口を開く。
「まずは、君がマンティスに遭遇した時の話を聞かせてもらいたい。正確な場所と時間、周囲の状況は覚えているか?」
「は、はいっ」
聞かれるがまま答えていくユリ。オスカーは一つ一つ頷きながら、手元の紙に聞いたことを書き留めていった。
「……マンティスを、そのスライムが倒した? 聞いてはいたが、本当なのか?」
「本当ですよっ」
「……そうか」
オスカーはわたしをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「それが本当なら、頼みがある」
「頼み……ですか?」
来たか。
ここからが本番だね。
わたしは気を引き締めてオスカーの言葉を待つ。
「ああ。これが本当なら由々しき事態だ。ゆえに、きちんとした調査をする必要がある。その調査に、君も同行してもらいたい」
(ユリ、断って。ユリじゃ無理だよ)
わたしは即座にユリにそう伝える。
ユリは慌てた様子で、
「む、無理ですっ! わたしはFランクですよ?」
よし、それでいい。
討伐ランクCの魔物が現れた場所に冒険者ランクFのユリを連れて行こうとするなんて、どういうつもりだ?
ユリの命が、調査依頼の成功に劣るとでも言いたいのだろうか。
「君の安全は、我々が全力で確保する。マンティスを倒せるほどの従魔もいるのだからそれほど問題ではないと思うが?」
「そういう問題じゃ……」
ちょっとこれは反論し辛いかな。わたしがマンティスに勝てるのは事実だし、先ほどもゴブリンを大量に狩ってきたばかりだ。
わたしを含めたユリの力は、すでにランクFの範疇を逸脱している。
(《魔の森》に入れるランクの制限とかないかな?)
「そ、そうだ! Dランク以下は《魔の森》に入れないはずです!」
「俺がいるのだぞ? 特例だ特例」
「じゃ、じゃあっ」
その後、いくつかの反論をユリに代弁してもらったが、ことごとく却下された。
仕方がない。
最後にこれだけ聞いて、納得できなかったら逃げ出すなりなんなりしよう。
そう決めて、ユリに念話を送る。
「……そこまでする、理由を教えてください」
「なに?」
「さっき、わたしを連れて行くのは特例だと言いました。それにはそれ相応の理由があるはずですよね? ギルド長という、決まりを守らせる立場であるオスカーさんが、決まりを破らなければならないほどの理由が。それを、教えてください」
……さあ。
何が出てくる?
「……そうだな。まずは、《魔の森》について、話をしようか」
オスカーはそう切り出す。
「《魔の森》とは、通常よりも魔素が濃く、強力な魔物が生まれやすい場所だ。だが、《魔の森》で生まれた魔物は魔素が濃い場所を好むため、魔物が外に出てくることはほとんどない。ここまではいいな?」
「は、はい」
(…………)
「だが、マンティスは言わずと知れた《魔の森》の魔物だ。討伐ランクC、繁殖方法は親である上位種、グレーターマンティスが大量の卵を守り、孵化させること」
(なっ!?)
「ノエル!?」
オスカーはわたしに視線を向けたが、わたしとしてはそれどころではない。
それ、ヤバくない?
その状況でマンティスが外に出てきたってことは、
「……可能性は二つ。産卵がが重なって異常発生したか。もしくは、グレーターマンティスを上回る敵、討伐ランクA、あるいはSの強力な魔物が現れたか」
前者なら良い、けど、
「だが後者だとすれば。餌を食い尽くしたその魔物は、やがて“外”に出てくるだろう」
そうなれば……
「(終わりだ)」
オスカーの声が、低く響いた。
「そ、そんな……」
掠れたユリの声が寒々しい。
「残念ながら、この街の戦力では、討伐ランクがAを超える相手を確実に倒せるとは言い切れない。だから、確実に調査し、対策を立てる必要がある」
オスカーはじっとユリの瞳を見つめて告げる。
「これが理由だ」
部屋に静寂が降りる。
大きすぎる話に、ユリは完全に固まってしまった。その膝の上で必死に考える。
正直、わたしとしては、こんな危険な場所からさっさと離れてしまいたい。昨日ユリから教わった情報からすれば、討伐ランクSとは即ち災害級。街が幾つか滅びることもある、恐るべき敵。
ユリは弱いんだから、そんなのがいるところにいて欲しくない。
でも、ユリはそれを良しとするだろうか?
素直で純情で、寂しがり屋のわたしのご主人様は、関わった人を見捨てて逃げることをどう思うだろう?
ユリのことだ、絶対に、震えながら、見捨てられないなんて言いながら立ち向かうんだろう。
たった二日の付き合いでもそのくらい分かる。わたしだって、伊達に観察眼を武器に地球で年を重ねてきたわけではないのだ。
あの異常なクラスで生活していれば、そのくらいは出来るようになる。
そして、わたしは、そんなユリを支えてあげたいと思う程度には絆されてしまった。
そんならしくない結論に内心で苦笑しながら、念話を繋げた。
(ユリ、ユリ)
「……、ノエル?」
(えっとね、……)
まあいいや。
わたしのすることは結局一つだ。
わたしとユリが最善の結果を得られるように、全力を尽くす。
それだけだ。
ノエル「ほんと、どうしよっかなぁ……」
ユリ「巻き込んじゃってゴメンね」
ノエル「マンティス倒したのはボクだからしょうがないよね。さて、今回のスキルはこちら!」
【吸収】
アクティブスキル。触れたものを体内に取り込むことができる。ただし、大きなものを取り込むほど多く魔力を消費する。このスキルを起点に【酸攻撃】【消化】【貯蔵】などへと繋がる。
ノエル「このスキルを使いこなせるかどうかで弱スライムになるか強スライムになるかが決まるといっても過言ではないよ!」
ユリ「ノエル、今晩もあの綺麗にしてくれるのお願いしていい?」
ノエル「喜んでー!」




