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スライムなめんなっ  作者: 月乃 綾
本編Ⅰ:森の蟷螂
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3話

 傍にもぞもぞと動くものを感じて目が覚める。

 ゆっくりと目を開ける(ないけど)と、朝日が差し込み明るくなった部屋のベッドの中、ユリがわたしを見つめていた。


(おはよー!)

「おはよう、ノエル。今日もよろしくねっ」

(任せてー!)


 ぽよんぽよんと跳ねながら答えると、ユリは嬉しそうに笑う。


(どうしたの?)

「えへへ、わたしって里から出てきたばかりで知り合い少ないし、里でもハーフで嫌われてたんだ。だから、ノエルがいてくれて嬉しい」


 お、おぉう。

 なんだかやけに重たい話だなぁ。

 人種差別ってのは地球でも根が深い問題だ。それは、この世界でも同じらしい。


(ボクはずっと、ユリの隣にいるよ)

「……うん、そうだね。ありがとっ」


 わたしにはユリの気持ちは分からない。わたしは生粋の日本人だったし、学校では人気者ではなかったけれど、決して嫌われていたわけではなかった。

 だけど、わたしが側にいることでユリが笑ってくれるなら、それでもいいかな、なんて思う。


 ……入れ込んじゃってるなぁ。


(まだ会って一日なのにね〜)

「うん? ノエル、どうかした?」

(なんでもないよ! ユリに会えてよかったって思ったんだ〜)

「ノエルぅ〜」


 暖かい日差しが降り注ぐ、春の朝の一幕だった。




   ◇◆◇




 朝食を終えたユリとわたしはその足でギルドへと向かう。汚れを全部とったので、服が昨日よりもふかふかしていて気持ちがいい。

 道中、受ける依頼についてユリが話し始めた。


「えっとね、ノエルもいることだし、今日からちょっとずつ、討伐依頼もやっていこうと思うんだ」

(討伐ー? 敵倒すの?)

「そうだよっ。でも、わたしは全然戦えないから……ノエル頼みになっちゃうんだけど……」

(任せんしゃい!)


 えっへん! てな感じで胸を張る。


(ユリはボクが守るよー)


 ユリは、


「ふふっ、それは心強いね」


 そう言ってクスリと笑った。


 ギルドに入ると、多くの人で賑わっていた。ユリによれば、夜のうちに依頼が貼り変えられるので、朝は依頼の奪い合いが激しいらしい。ユリはまだ冒険者ランクF……登録したてなので、奪い合いになるような依頼は受けられないみたいたが。


「えっと……痛っ」

(大丈夫?)

「う、うん」


 とは言え、依頼掲示板の前に人が群がっていることに変わりはない。あまりに人が多すぎて、華奢なユリは突き飛ばされてしまう。


「うぅ、これじゃ依頼が受けられないよ……」

(何の依頼?)

「ゴブリン討伐をしようと思ったんだ」

(ごぶりん?)

「うん、そうだよ。ほら、緑の小さい……」

(えいっ)


 唐突だが、魔物の視力は良い。人間と比べると雲泥の差だ。

 【犬の嗅覚】が手に入った今でこそ、嗅覚が最大の索敵手段だが、普通スライムの知覚能力は視覚のみなのだ。

 そして、野生は常に危険と隣り合わせ。弱い魔物であるスライムが生き残るためには、何よりも早く危険を察知することが必要なのだ。

 まあ何が言いたいのかというと、スライムは視力が良いんだよって話ね。

 だから、この距離でも普通に依頼読めるから、ゴブリン討伐依頼を見つけて触手で剥がして持ってきただけ。


(はいっ)

「わ、ノエルすごい!」

(えへへ〜)


 大はしゃぎで受付に依頼を持っていくユリを、そこにいた人たちはポカンとした表情で眺めていた。


「エイミーさん、これ受けます!」

「あら、ユリさんもとうとう討伐依頼解禁なのね」

「はいっ」


 嬉しそうに笑うユリ。腕の中のわたしを抱きしめる力が強くなった。

 まあ、流体ボディだから問題ないけど。


「でも、いきなりゴブリンって大丈夫?」

「ノエルがいるので大丈夫です!」


 わたし任せか、ご主人様。

 いいよ、やっちゃうよ?

 ご主人様のご命令とあらば、たとえ火の中水の中!


 エイミーはわたしのことをちょっと疑うようにして見ながら、「仕方ないわね」とつぶやいて依頼受理の判を押した。


「危険だと思ったらすぐに逃げるのよ。初心者は引き際を見誤って死ぬことが多いから」

「っ、はい」


 はっきり言うね、エイミーさん。

 そうか、死ぬ……かあ。

 その恐怖を昨日、ユリははっきりと感じただろう。いや、もしかしたら無我夢中で、その場ではなにも考えられなかったかもしれない。

 でも、わたしは知っている。


 ユリがベッドの中で、わたしの体を抱えながら震えていたのを。


 ユリは里から出てきたばかりって言っていた。

 自分の家を飛び出し、仲間もいない状況で死にかけた。

 それって、すごい恐怖だったはず。

 それでも今、ユリはこうして依頼を受けている。

 それが答えじゃないのかな。


「大丈夫です。死んだら、何にもならないって知ってますから」


 そう言ってユリは寂しそうに笑った。

 エイミーは複雑な表情で頷くとユリに依頼書を返す。受け取ったユリは軽く頭を下げるとギルドを出た。


「さてっ、今回は森の入口に生息するゴブリンを駆除してくれって依頼だよ。えっと、五匹以上で依頼達成で、成果によって追加報酬ありだって! 頑張ろうっ」

(おー!)


 何かを振り払うように頭を振り、そう言ったユリは、どこか無理しているように見えた。

 ……ユリの過去に、何があったんだろうか。


「森といっても、あの《魔の森》じゃないから安心してね。あ、魔の森っていうのはノエルと初めて会った場所のことだよ」

(あの黒い場所?)

「うん、そうだよ」

(黒い森は入らないほうがいいよー。なんかね、危ない感じがする)

「ふふ、あそこに入れるのは高ランク冒険者だけだよ。少なくともあと数年は行くことはないから安心して」

(良かった~)


 いや、あの森、なんか本気でヤバいから。

 外と中で全然空気が違う。

 入ろうとすると本能が警鐘を鳴らすのだ。


 ユリはわたしを抱えたまま、昨日の門とは反対方向に歩いて行く。


「こっちの森は初心者用だから安心してね」

(はーい)


 三十分ほど歩くと森に着く。

 ユリは杖を引き抜くと、周りを警戒しながら歩き始めた。

 腕にわたしを抱えたまま。

 というか、【犬の嗅覚】があるからそんなに警戒しなくても良いのにね。

 お、知らない臭いが……ってくさい!?

 十年間歯を磨いていない人の口臭を間近で嗅いだような臭いだよっ!?


(ユリ、変な臭いがする……こっちに近づいてきてるよ~)

「へ? あ、と、うん! どっち?」

(あっち~)


 わたしが示した方向から、薄汚い緑の小鬼が三匹ほど出てくる。

 手にはボロボロの棍棒、茶色に汚れた布を一枚腰に巻いただけの野蛮な姿。

 ゴブリンだ。


「三匹もっ? え、ええと、わたしが注意を引くからノエルは――――」

(えいっ)


 臭いに耐えきれず、さっさと攻撃してしまった。酸で満たした触手を一薙ぎ、それだけで終わる。緑の赤黒い血が飛び散り、むせ返るような臭いがその場に広がる。


(終わったよ~)

「……ノエル強いね……」

(えへへ)


 マンティス倒した後だから今更だよね。

 いや、あの時は前半回避に徹してたし苦戦してたように見えたのかな?

 まあどっちにしろ、酸で溶かせる相手ならわたしの敵じゃないね。


 その日は結局、ゴブリンを倒すのよりも探すのに時間がかかり森の中を走り回ることになった。

 そして、初心者用の森(入口付近)からゴブリンの姿が消えた……が、一週間で元に戻ったという。

 ゴブリンの繁殖力パネェ。

 そして、わたしはパッシブスキル【夜目】を手に入れた。

 夜戦ができるようになったよ!




   ◇◆◇




 ギルドに戻り、二十匹近いゴブリンの耳を取り出す。これが討伐証明部位なのだそうだ。

 受け取ったエイミーは目を白黒とさせていた。


「これはまた……たくさん狩ったんですね」

「ノエルが凄かったんです!」

(えへへ~)


 ふふふ、褒められるのって嬉しいね。

 でも、そんなに簡単に手の内さらしちゃだめだよ。

 そんなわたしの思いも虚しく、今日の出来事を嬉々として語るユリ。


「……で、それでそれで……」


 十五分ほどで話疲れたのか一息つくユリ。

 聞いていたエイミーは苦笑いだ。


「ではこれ、報酬です。がんばったのね、ユリさん」

「ありがとうございますっ」


 ユリはきらきらとした瞳で受け取った報酬を見つめる。

 初めて自分の力で勝ち取った討伐報酬だ、喜びもひとしおだろう。

 倒したのはわたしだけど……そんな野暮なことは言わない。


「こほん。それで、ユリさん」

「は、はい」


 雰囲気の変化を感じ取ったユリが緊張した様子を見せる。

 これはあれかな。

 昨日の件かな。


「ギルド長が会いたいと仰っています。これから時間いいですか?」

「は、はい」


 先導するエイミーに付いて二階へと上がる。

 廊下の一番奥の、大きな扉のある部屋がギルド長のいる部屋なのだとか。

 エイミーがコンコンと扉を叩く。


「エイミーです。ユリさんをお連れしました」


 奥から野太い声が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼します」


 ぎぃ、と鈍い音を立てて扉が開く。

 中にいたのは、よく日に焼けた、禿頭の男。


「え、ええええええええええと、Fランク冒険者のユリでしゅっ」


 …………。

 噛んだ。

 かわいい。


 ギルド長と思わしき人物はそんなユリを見て苦笑を浮かべる。


「よく来てくれた。俺がギルド長のオスカーだ。まずは、座ってくれ」


「ひゃいっ」


 さて。

 このギルド長は、ユリをどう扱うんだろう?

 マンティスについての報告を持ってきたのが初心者だからと言って放置しないあたり、優秀な人物なんだろう。

 ただ、時に優秀さは人間味を失わせる。


 もし貴方が、人の命よりもギルドの利益を採り、


 わたしのご主人様を使い捨てにするようなことがあれば、





 許さないよ?





 さあ。

 化かし合いの時間だよ。


「にゅわぁっ!?」

(…………)


 そのあと、何もないところですっ転んだユリに気勢をそがれてしまったわたしだった。

 でもかわいいから許すっ

ノエル「ゴブリン臭かったなぁ」

ユリ「わたしはあまり感じなかったけど、不潔だなあとは思うよね」

ノエル「ユリはボクが綺麗にするよ! さて、今回は【流動】とセットで使う【固定】だよ!」


【固定】

アクティブスキル。使用者の体の形状を任意に変更できる。魔力量によっては体積を変えることも可能。熟練度に応じて体の一部に用いるなど応用の幅が広がる。


ノエル「マンティスくらいの大きさなら余裕だね。具体的には前世のわたしをはねた4トントラック3つ分くらいかな」

ユリ「…………?」

ノエル「分からなくてもいいよ〜」

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