33話
お久しぶりです……!
ずっと投稿できずすみません。やたらと忙しく、ゆっくりにはなりますが、スランプは抜けたみたいなので投稿再開します!
次の日。
ポールの商売はこれまでと同様に午前中で終了し、宿で昼食を食べるとその後は自由時間となった。
アニタたち奴隷組が慌ただしく片付けをしている中、ユリに抱えられながらポールに近付く。
「あの、ポールさん」
「はい? ああ、ユリさんですか。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ポールは愛想の良い笑みを浮かべる。
「どうしたんですか?」
指示を出すのをやめてこちらに向き直るポールに、ユリはおずおずと言葉を投げかけた。
「……あの、神殿に向かいたいんです。それで、何か手続きのようなものが必要かどうか知りたくて」
「なるほど……。理由を聞いても?」
「リディアさんと話がしたいんです。あと、前回はノエルが迷惑をかけてしまったのでお詫びを」
ポールは軽くうなずき、言葉を返す。
「分かりました。特に手続きが必要なわけではありませんが、先に伝えておいた方が良いと思います。後で行ってきますね」
「よろしくお願いします。明日行くよう伝えてください」
「分かりました」
結果は後で、か。
話ができるのは明日になりそうだ。
「ユリさん!」
ユリとポールの話が終わったのを見計らってか、足音とともに声が聞こえた。聞き覚えのある少年の声。振り返ると、《鷹の爪》リーダー、ロイがこちらに向けて手を振っていた。その周りには、他のメンバー三人もいる。
駆け寄ってくる彼らに向き直る。
「どうしたの?」
首を傾げるユリ。
ロイは軽く息を整えると口を開いた。
「これから村を見て回るつもりなんです。ユリさんもどうですか?」
……見て回るほどのもの、あったっけ。
そんな、ちょっと失礼な感想を抱く。まあ、どうせヒマだし、いいんじゃないかな。
「えっと、ご一緒していいのかな」
「もちろん! みんなも良いよね?」
振り返って確認するロイ。先に了解を取ってなかったのか。
少し眉をひそめるデリア、無言で頷くニック。無表情ながら目をキラキラとさせるミアにビクッとする。
……あ、あの、お触り厳禁でお願いしますね。
ユリの腕にまとわりつくように、身体の粘度を高める。ユリがそっと微笑んだ。
……ほっ。
「というわけだから、一緒に回りましょう」
ユリは嬉しそうに頷く。
「うん!」
そして、5人で村の中心部へと足を向ける。
……一時間ほど経ち。
すでに観光は終わっていた。
まあ当然である。小さな村だ、わざわざ見て回るところなどない。地球育ちのわたしは、一面に広がる青々とした田畑にちょっと感動したけれど、それもこの世界で育った人にとってはどこでも見られる光景である。
早々に暇になってしまったので、小さな酒場のような場所に入って時間をつぶすことに。
ああ、さっさと部屋に戻ってユリと過ごしたい。
「みんな、何飲む?」
「「「エール」」」
「だよね」
……エールって、お酒!?
いやあんたら、どう見ても未成年だよね? アルコール飲んじゃダメでしょう。しかもこんな真昼間から。
いや、ファンタジー世界だから、もしかしたら飲酒制限とかないのかな?
ユリに聞いてみると、
「別に制限はないよ。というより、水よりも保存が効くから安いんだ」
(な、なるほど)
うーん。昔のロンドンみたいなものなのかな。
「それに、エールなんて弱いお酒で酔う人なんていないよ」
衝撃の事実。この世界の人はみんなお酒に強い。
「高校生になったのだから飲んでみろ」と、たまに顔を出す叔父に飲まされた時を思い出す。母が好きだったというフルーティが売りのビールでさえ、何とも言えない苦味と気持ち悪い酩酊感で全く飲むことができなかった……。
(ユリは何を飲むの……?)
「わたしは香茶。葡萄酒や蜂蜜酒みたいな甘いのが好きなんだけど、高いから」
そしてユリも酒好きな件。
確かに、メニューを見るとユリが言ったものは値段がエールの数倍とお高い。マンティス素材で稼いだ今であれば飲めないことはないが、初級冒険者の飲むものではないということだろう。
……うん。頑張って強くなろう。ユリに、食べたいものを食べてもらうために。
決意を新たにしていると、注文した品々が運ばれてくる。真昼間だけあって空いているため、思ったよりも早い。まあ飲み物なんて器に注ぐだけなわけだけど。
ジョッキ4杯のエールに、湯気を立てたハーブティのカップ。
……合わない。ものっそい、合わない。
「それじゃ、今回の仕事の成功とユリさんとの縁を祝して、乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」」
打ち合わされる4つのジョッキ、そして控えめに掲げられたティーカップ。やっぱないわ。
「ロイさんたちは、グリモワールで活動してるんだよね」
「え? あ、はい。そうだね」
一気にジョッキの半分くらいを飲み干しているのに、まったく酔いを感じさせない表情。お酒に強いというのは本当らしい。
「グリモワールってどんなところ?」
「何、興味あるの?」
「うん、しばらくこっちで活動しようと思ってるんだ」
デリアに頷きを返す。デリアはふーんと呟くと、視線を逸らして口にした。
「悪くはない、んじゃないかしら。冒険者の地位も高いし、地方はのどかよ。首都は……」
そこで、デリアは一瞬言葉を途切れさせる。宙を彷徨う視線の先にあるのは、
「気にするな」
「……そう」
相変わらず鎧を着込んだニックだ。顔を隠すフェイスガードを半分だけ上げ、口元だけを出してエールを呷っている。
相変わらず、その顔は隠されている。
「首都は、悪い場所じゃないのよ。ただ、ちょっと事件があって、私たちはあまり好んでないわ」
「……私も首都は嫌い」
ミアもそれに同意する。表情を見るに、ロイも同意している。
つまり、これは《鷹の爪》の総意ということ。4人の心証を同時に悪くする何かが、首都にはあったということ。
うーん……。
偏った情報で判断する怖さは知っている。誤った判断で動いた愚か者の末路の悲惨さも。身を以て知っている。
だからこそわたしは、そう簡単に判断はできない。現時点では、首都に行くべきか否かは分からない。
けれど、何があったのかは分からないが、ユリが嫌な目に合うとしたら。
……調べる必要がありそうだね。
「……すみません! お代わりお願いします!」
「少々お待ちくださーい!」
突然ロイが発した声に、淀みかけていた空気が再び流れ出す。気まずそうな顔をしていたユリが、詰めていた息をそっと吐き出した。
店員が運んできたエールを受け取りつつ、ロイが口を開く。
「ユリさんは冒険者になってどれくらい経つんですか? あれだけの実力だから、結構先輩ですよね」
「え? あー……」
虚を突かれたような顔でユリが固まる。
「従魔との信頼関係がよく分かる。長く組んでる証拠」
「ま、まあ……実力は認めてるわ」
次々と賛同の声を上げる《鷹の爪》の面々。
まあそれは当然と言える。彼らからすれば、護衛中の危機を救ってくれたのがユリだ。正確に言えばわたしなのだが、従魔の実力はテイマーの実力。それだけの従魔を従えている、という事実がユリの格を表しているのである。
「いや、あの……実は」
過分な褒め言葉に、ユリが戸惑った声を上げる……その時。
大きな音を立て、木製の扉が開く。
「あれ? ポールさん?」
「と、もう一人。誰?」
ユリとミアが疑問の声を上げる。
こちらに気付いて片手を上げ、近付いてくるポールの隣にいる男。長い髪をオールバックにしており、その瞳は猛禽類を思わせるほどに鋭い。服の上からでも分かる硬質な身体が威圧感を放っている。
曲がりなりにも冒険者であるこのテーブルの誰よりも、強者の風格を持っていた。
「へぇ、彼らがお前が雇った護衛か、ポール」
ポールは微笑みながら答える。
「ええ……オブリーさん」
オブリー。
その名は、深くわたしの中に刻み込まれた。




