30話
神殿の少女……巫女見習いのリディア。彼女は、微笑みを崩さないまま、わたしたちを見まわした。
ポール、《鷹の爪》四人、ユリ。腕に抱かれる、わたし。
……? 気のせいかな。一瞬、リディアの笑みが深くなった気がする。
「この村を救ってくださったポールさんのお知り合いの方々です。どうぞ中へ。寒村ゆえ大したことはできませんが、精いっぱいおもてなしをさせていただきます」
「ええ、よろしくお願いしますね、リディアさん」
リディアは慣れた様子で頭を下げる。ゆったりとして優雅な動作だった。言葉遣いといい動作の一つ一つといい、ただの村人の所作ではない。
リディアは頭を上げると、「ご案内します」とわたしたちを教会の中へと誘った。
小さいが花壇などもある庭を通り、扉をくぐる。祈りを捧げるための場だろうか、天窓から光が降り注ぐ広い空間で、一度立ち止まる。
「皆様にご加護がございますよう」
両手を握り合わせた、地球でも祈りや許しを請うときのポーズで、リディアが祈る。
数秒して伏せていた顔を上げると、そのまま奥の扉へと歩みを進めた。
「おかけになってお待ちください。お飲み物は、香茶でよろしいでしょうか」
「はい」
ポールが軽くうなずくと、リディアは「かしこまりました」と言って隣の部屋へ向かった。ポールが腰を下ろしたのを見て、《鷹の爪》の四人は息を吐いて椅子に座った。
「さて」
椅子に座らず、一歩下がった位置に立つユリを見て、ポールが困ったように笑う。
「ユリさんも、座ってください。護衛が座らないというのは、相手の用意した警備を疑うことになるのです」
「あ……失礼しました」
慌てた様子でユリが席に着いた。
普通、護衛や使用人が雇い主と同じ席に座る、というのは失礼になる。というか地球ではそれが常識だ。この世界に来てからも、冒険者生活ではあまり常識の壁は感じなかったから、こういう経験は初めてだ。不思議な感覚である。
けれど、ユリに立っているようにといったわたしとしては、ちょっと罪悪感を感じる。
(ごめんね、間違っていたみたい)
「ううん。大丈夫だよ」
「とはいえ、通常であれば護衛が立つのは正しい行為です。ここが私が懇意にしている教会だから例外であるだけです」
そっと囁き合うわたしたちに、ポールがさりげなくフォローを入れる。
……いや、少し違う。ポールの視線は、《鷹の爪》の四人に向いていた。
「冒険者であるならばこのくらいは知っておいてください。護衛が座っては万が一の事態に対応できないし、何より仕事中に気を抜くとは何事ですか」
「「「「すみません……」」」」
初心者冒険者である四人は、ポールの叱責を受けてうなだれた。まあ仕方がないね。
ポールが口を閉じると、タイミングを見計らっていたかのように扉が開き、リディアが顔をのぞかせた。手に持ったお盆の上に、湯気の立つカップを七つ乗せている。
「お飲み物をお持ちしました。……お話は終わりましたか?」
「ええ、おかげさまで」
どうやら、中の様子を把握していたらしい。これは、警備はきちんとしていますよ、というアピールになる……のかな? わたしとしてはちょっとした脅しだと受け取りたいところだけど、世界が違うと何とも言えない。
よくこれまでやってこれたね……。まともな交渉をした相手が脳筋だけでよかったよ。
リディアは全員の前にカップを置くと腰を下ろし、お茶を一口飲んだ。それに続くようにしてポールもカップを傾ける。護衛の面々は伺うように二人を見て、ぎこちない動作でそれに倣う。リンゴにも似た甘い香りが、カップを満たす若草色の香茶から漂っている。
「カモミールですか」
こくりと喉を鳴らしたあと、ポールが軽い口調でそう言った。リディアはふわりと微笑み頷く。
「ええ。皆さん、緊張している様子だったので」
「お気遣い、ありがとうございます」
「(カモミールはリラックス効果があるハーブなんだよ。それと、内臓の病気にも効果があるよ。甘い香りがするから、里でもよく飲んだんだ)」
なるほど、香茶……ハーブティーというわけね。名前や効用は地球と変わらないらしい。
これはまた、妙な類似点が見つかった。
わたしたちがそんな念話を交わしていると、ポールとリディアは軽い雑談を始めていた。ここまでの旅路の様子をリディアが尋ね、ポールが答えるという内容だ。穏やかな笑みで話すポールの話を、リディアは目を輝かせながら聞いている。ただ、時折ユリ……ではなく、その腕の中にいるわたしに視線が向くのが気になった。
わずかに警戒を強めるが、不審なところなどどこにもない。視線以外はいたって普通だし、敵意や害意も感じられない。
単純に、人間に従う魔物が珍しいだけなのだろうか。
「では、そろそろ」
ポールの用事は本当に顔合わせだけだったようで、もう2、3の世間話をすると腰を上げた。
「そうですね」
リディアもうなずき、ポールに続く。そのまま外へ……と思いきや、二人は別の扉へと向かった。入ってきた時よりも大きな、厳かな雰囲気を持つ扉だ。リディアが取っ手に手を触れると、ぎぃと重々しい音を立ててゆっくりと開いた。
「護衛の皆さまは初心冒険者である伺っております。せっかくですので、祝福の確認をしていかれてはいかがでしょうか」
くるりとこちらに向き直り、リディアはそう言い放った。