27話
ポールたちが群がる子どもたちから解放されたのは昼を過ぎてからだった。ロイたち鷹の爪のメンバーもぐったりとしている。
二十人以上の子どもたちの相手をするのは、冒険者といえど流石に大変だったようだ。
疲れた様子の彼らとともに、これからしばらくお世話になる宿へと向かう。
こんな小さな村だ、外から来る人用の宿など一つしかない。
だが、
「私がいつもお世話になっているところでして。当然、宿泊客が来ることはほとんどないので普段は食事処として生計を立てているらしいのですが、なかなか美味しいのですよ」
とポールが嬉しそうに言っているのを見ると期待感が増してくる。
……まあ、わたしには味覚がないから食事とか関係ないんだけどね……。
でも、楽しそうなユリの顔を見られたので満足だよ。
ポールの案内で連れられた建物の中に入る。
木造の二階建てで、造りは頑丈そうで少し大きめだが普通の家だ。
「ポールさん、お待ちしていましたよ」
「ご無沙汰してます、サラさん」
受付にいた妙齢の美女とポールが親しげな挨拶をした。
……え、なになに、どういう関係?
お世話になっているとも言ってたけど、何があったの?
(現地妻だったりするのかなー?)
「げんっ!?」
突然変な声を出したユリに視線が集まり、ユリは真っ赤な顔で俯いた。
「(変なこと言わないでっ)」
(でも、なんか妙に仲良さそうじゃない?)
「(……そうだけどさっ)」
だよね、やっぱりユリもそう思うよね?
わたしが可笑しかったり、これがこの世界の平均だったりするわけじゃないよね。
再び笑顔で話し始める二人を眺めながら、わたしたちはこそこそと妄想を膨らませていたのだった。
パンと肉を焼いたもの、ちょとしたサラダとバランスの整った昼食を食べた後、さすがに疲れたわたしたちは部屋に上がって休むことにした。
思えば、まだグレーテストマンティスとの戦いの翌日である。昨夜も眠ったのは固い地面の上だし、今日は朝から護衛をしながら歩き通した。そんなので疲れがとれるはずがない、むしろ溜まっている。
(それー!)
「わぷっ」
いつもの浴スライムでユリの体を綺麗にすると、ユリはローブを脱ぎ棄ててベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
(ボクもだよ……。けど、来たね。グリモワール)
まだ、ここは辺境に数多ある開拓村の一つ。入るのに身分証の検査すらされず、またアニタの話では、移住の自由を持たない平民の村。
だが、確かにここは、ファーレンガッハ王国の権力が通じない、まぎれもない他国だ。
国家権力にからめとられることを危惧していたわたしとしては、まずは一安心、と言ったところかな。
「うん……でも、ちょっと不安だな」
(知らない場所だもんね。ボクもだよ)
「それもそうなんだけど……」
ユリがわたしをきゅっと抱きしめる。
ああ、そういうことか。
「みんな、無事かなあ」
避難で別れた、街の人たち。
彼らは、家もなく、食料も少ない状態で他の街まで徒歩で移動することになるのだ。
街の外には魔物や盗賊もいる。
そんな、溢れる脅威に対して戦力と言えるのは、疲弊した軍に若手の冒険者たち。守るべきものの数と比べて十分とは言えない。
まあ……ユリは、単純に寂しがっているだけだと思うけどね。
(そっちが心配なのも分かるけど、ボクたちもこれからどうするのか考えなくちゃ)
「え? ポールさんの護衛じゃないの?」
(初めの契約はこの村までだよ。それに、ボクとしては、ギルドがある街に行った方が良いと思うんだ)
というか、あんな安い報酬でこれから先も護衛を請け負うつもりなのか。
あれはわたしたちが道に迷っていたから、村まで案内してもらうという迷惑料を差し引いた額だった。だが今は、無事に村に到着し、迷っているとは言えない。
更に、道中活躍していたのは明らかにユリ……というかわたしだ。ロイ達《鷹の爪》の実力では、護衛自体は務まるかもしれないが戦闘に時間がかかり過ぎる上に体力の浪費も激しく、気配察知能力も低い。午前中だけでここまで来れた功績はわたしたちのものだ。
総括、あんな報酬ではぼったくりも良いところ。
護衛を請け負うならそれでもいいけど、相応の金額を請求するべきだ。
「そっかあ。うーん……後で、ポールさんにこれからの予定を聞いてみようかな」
ユリはそう言うと、口に手を当ててあくびをした。
「ふわぁ……眠くなってきちゃった……」
(そっか。お休み、ユリ)
「お休み……ノエル……」
ユリがすうすうと穏やかな寝息を立てるのを感じて、ちょっと安心する。
なんだかんだで肩肘を張り過ぎているような気がしていたのだ。
……それも当然か。
魔の森の調査に始まり、わたしが人を殺すのを見て、街が破壊され、戦いに飛び込み、知り合いと別れた。そこから休む間もなくここまでやってきたのだ。
(ぅん……わたしも眠いなあ)
急速に襲ってきた眠気に、疲れているのはわたしも同じかと苦笑する。
そして、ゆっくりと意識を手放す。
(あれは……ポール……?)
その最後に、宿を出ていくポールの気配を察知し、だがそんなことは眠気の前にすぐにどうでもよくなった。
そして、わたしは眠りに落ちていった。
◇◆◇
サラと別れ宿を出たポールは、路地裏にある目立たない酒場へと足を運んだ。
古びた扉を押すと、ギィ……と古めかしい音を立てて開く。
そんな外見とは裏腹に、小奇麗に整えられたその酒場には、一人の先客がいた。
「おお、ポールか。待っていたぞ」
「お久しぶりです、オブリーさん」
先客の名はオブリー。ポールが以前世話になり、それから付き合いの続いている男だ。
オブリー自身が言うには、親がある程度まとまった資産を残したため、特に仕事をしたりはせずに色々なところを歩いて周り、好きなことをして生活しているとのこと。そんな生活をしているためか、行商をしているポールから行ったことのない場所の話を聞くのが最近では一番の楽しみだと言う。
オブリーは酒の注がれたコップを傾けながら渋い声で言う。
「ずいぶんと早かったな。夜になると思っていたのだが」
「幸運にも、優秀な護衛を雇えまして」
「ほう。駆け出しを雇うことが多いお前にしては珍しいな」
確かにポールは、護衛には初心者のパーティを雇うことが多い。それは単純に、長期間拘束してしまう行商の護衛という依頼をあまり実力のある冒険者が受けないということもあるが、それ以上に、金欠になりやすい駆け出し冒険者に対する気遣いでもあったりする。
そして、ポールと長い付き合いであるオブリーはそのことを知っていた。
「迷っていたらしく、拾ったんですよ」
「なるほど、そんな事だろうと思ったよ」
苦笑するポールの返答にオブリーは肩を竦める。
「で、その護衛が中々面白い人でしてね」
「ほう?」
そうしてポールの口から、空色のスライムを連れたハーフエルフの話が出る。
オブリーは終始楽しげに相槌を打っていたが、一瞬だけその目の奥に浮かんだ獰猛な光に気付いた者はいなかった。
(へえ……空色のスライムね。かの覚醒魔王の同種と伝えられる特殊進化個体……おもしろいことになってきやがった)
一通り話し終え、ポールが席を立った後のこと。
その酒場からカラスが一羽、どこかへと飛び去って行った。