26話
草原を吹き抜ける穏やかな風を浴びながら、馬車はのんびりと進んでいく。
そんな中、わたしはユリの腕の中でぐったりと液状化していた。
(うぅ……ユリ、酷いよ……)
「ごめんごめん。ノエルを自慢したくて」
あの後わたしは散々弄ばれた。
スライムは基本的に《非攻撃的》な魔物だ。戦闘力の低さ、素材の有用性の低さもあり、遭遇したとしても戦闘になることは少ない。従魔にするにしてももっとマシな魔物は星の数ほどいる。だから、スライムに触れる機会というのは意外なほど少ないもので、固体とも液体ともつかぬ絶妙な触り心地に魅了されてしまったらしい。
現に今も、何やら物欲しそうな視線をわたしに向けている。
ダメだよ、わたしの体はユリだけのものなんだから!
「スライムって強いんだなあ」
何度目かの戦闘の後、ロイはぼやくように言った。最弱の代名詞でもあるスライムが、ゴブリンやウルフといった、下級とはいえ肉食の魔物を鎧袖一触に倒すのを見て、自分の知識が信じられなくなってきたらしい。
「あはは。ノエルが特別なだけで、普通のスライムはこんなに強くないよ。多分、ノエルは上位スライムなんだ」
「上位スライム……確か、有色がその証」
「へえ……確かに空色だ」
戦闘を終え、ロイとミアにまじまじと見られるわたし。さっきの醜態を思い出して冷や汗が流れる。
(……ゆ、ユリぃ)
普段よりも粘度が下がって液状に近くなっている。ユリはそんなわたしを苦笑いしながら抱え直し、
「ノエルが嫌がってるから、触るのは無しね」
「「ええぇ……」」
心底残念そうに項垂れるロイとミア。た、助かった……。事あるごとにあんな事されてたら冗談抜きに殺られる。精神的に。
よくモフモフされてる小動物さんたちに心の中で合掌した。
そんなわたしたちのとなりで、
「うう、ロイがミアと……うううーー!」
「…………」
荒ぶるデリアの肩を同情するように叩くニック。その視線は……ミア、かな?
……ほう。
ほうほうほう。
いやぁ、青春ですなー。
ロイもミアも鈍感系だろうから、二人とも苦労するねぇ。
旅の楽しみが一つ増えたね。
そんな彼らをニヤニヤと見つめながら、歩くこと三十分ほど。
(ユリー)
「なに?」
わたしはユリに念話を飛ばす。
(村が近いみたいだよ)
人の匂いだった。
◇◆◇
ポールが中に入ると、静かだった村は一気に活気付いた。
初めにポールを見つけたのは、外で遊んでいた数人の子ども。彼らが歓声を上げて駆け寄ってきたのが始まりで、その声を聞いた人が家から顔を覗かせ事態に気がつくとあっという間に囲まれたのだ。
(すごい人だね〜)
「そうだね。でも、みんな楽しそう」
村という閉鎖的な環境に住む彼らにとって、外は憧れの場所なのだろう。そこからやって来るわたしたちという存在は最高の話のネタになるんだと思う。
意外なことに、鷹の爪の四人も子どもたちに囲まれていた。みんなあたふたとしていて、見ていて面白い。
……わたし? ユリと馬車の陰に隠れてるよ。テンションの上がった子どもの勢いには付いていけないよ。
情けないと言うことなかれ。遊ぶ子どもはプロボクサーよりも運動量が多いなんて話もあるくらいなのだから。
「……あの」
「はい?」
細い声に振り返ると、馬車から女の子がひょっこりと顔を出していた。
「ポール様は……?」
「えっと、あそこ」
未だ村人たちに囲まれたポールを指差すユリ。そちらを見た少女は困ったような表情をすると、馬車から出てユリの隣に立った。
「えっと……?」
「あ、すみません。私はポール様の奴隷でアニタです。馬車の中では商品の準備をいつすればいいか分からないので、ここにいさせてください」
「あ、うん。そういうことか」
二人の会話を聞きながら、わたしはアニタの様子を確認する。
着ているのは丈夫そうな麻の服。体も清潔で、特に虐げられている様子はない。
ポールが言っていたのは本当みたいだね。
「あ、わたしはユリって言うんだ。その、冒険者をやってて、ポールさんには迷ってた時に会ってそのまま同行させてもらってるの」
「ユリ様ですか。はい、伺ってます」
「さ、様?」
「その、私から見ると、皆目上になるので……」
ああ、奴隷だもんね。
わたしはそれで納得したけど、ユリはそうじゃなかった。
「わたしなんてただの駆け出しの冒険者だから、できれば……」
アニタはゆっくりと首を振り、
「この国では、冒険者は自由民と呼ばれ、平民よりも上の地位になります。他国の方もこの地位です。なので、私から見ると、ユリ様は二階級上の立場なんです」
「でも……」
ユリはそれでも食い下がろうとしたが、わたしが止めた。
(ユリ、そのくらいにしよう。ここはもう、違う国なんだから)
「……うん」
ユリはゆっくりと頷いた。
「そうだね……里とあの街も、決まりとかは随分違うもんね」
(そういうこと)
けれど、冒険者が平民よりも上の立場っていうのは違和感があるね。
ファーレンガッハ王国では、高ランクの人を除いて冒険者は軽視される。それは、その体を資本にその日暮らしをする、という生活の不安定さからくるものだ。
それが、隣国のグリモワールでは自由民。
不思議なものだね。
「その……ポールさんって、どんな人かな」
「え……そうですね」
それ聞くんかい、とは思ったけど、雇い主のことを知りたいのは私も同じだ。道中の行動でそれなりに信用はしてるけど、判断材料が少なすぎるしね。
というわけで聞き耳を立てる。
「ポール様には、感謝してるんです。私たちみんな」
「……そうなの?」
「はい」
半信半疑のユリに、アニタは即座に頷きを返す。
「私たちは同じ村の出身なんです」
そしてアニタは、自らの出自を話し始めた。
彼女たちが暮らしていたのは、ここと同じような開拓村の一つだった。比較的魔物の少ない地で、税もそこまで重いわけでもなく……移動の自由はないものの、特に不都合なく生活していた。
だが、数年前。大規模な飢饉が起こった。
その事実は王都にまで伝わっており、税は幾許かは軽くなったものの、残った食料では全員が冬を越すことなどできはしない。
誰かが生贄になる以外の選択肢はなかった。
そこに訪れたのがポールだという。
彼は村の状況を知ると、すぐさま物資の援助を申し出た。
だが、彼は一商人に過ぎない。何とか不足を補えるだけの物資をかき集めたものの、それは一つの村を救える程度の物でしかなかった。
何の対価もなく援助してしまうと、他の村からの要請を断ることは難しい。それができるだけの力は彼にはなく、また大店を持つ商人も、自らの店を守らなければならない。慈善事業に手を貸してくれる者はいなかった。
そこで、ポールが利用したのが奴隷契約だ。
ちょうど人手を必要としていたポールに数人の借金奴隷を預け、村は食料を手に入れたのだ。
四人の少女の人生を代償に。
「それがきっかけで、ポール様は行商を始めました。店を持つために貯めていたお金を使って開拓村を回り、足りない物資を届ける商売を行うようになったのです。おかげで、同行する私たちも、年に一度は家族に会うことができますから。本当に感謝してるんですよ」
そう言ったアニタは屈託なく笑っていた。
そこには、自分の境遇を嘆いたり、人生を悲観しているような色はない。
ただ純粋に、自分たちを救ってくれた一人の商人への、感謝の気持ちで溢れていた。
なんというか……うん。
良い人に拾われて、良かったね。




