25話
「いやあ、助かりました。本当にありがとうございます」
何度も頭を下げ礼を言う男。
簡素な木綿の服を着た細身の彼は予想通り商人で、ポールと名乗っていた。冬を越え蓄えも減り、種蒔きが始まったばかりのこの時期は開拓村では物入りになる。そこを狙って村を巡り、行商紛いのことをしているとのこと。
(ってことは、この辺りに詳しいよね)
「そうだ! あの、ポールさん……」
道に迷っていたことを思い出し、早速同行を願い出るユリ。ポールも護衛の実力には不安があったようで、道案内と少しのお金を報酬に護衛として雇ってもらえることになった。
ちなみに、報酬の額が下がったのはユリが遠慮したからだ。これにはポールも苦笑いを浮かべていた。
旅路に同行するということで、メンバーを簡単に紹介してもらった。
旅商人にして雇い主のポールさんは言うまでもないだろう。
護衛の四人組パーティ《鷹の爪》。なんとも大仰で辛そうな名前だが、初心者パーティらしい。これは戦闘を見ても分かる。男女二人ずつで構成されており、前衛二後衛二のバランスの良い構成だ。
まず、リーダーのロイ。明るい茶色の髪に同じ色の瞳、小柄な体の少年だ。装備は革鎧にロングソードという標準的なもの。このパーティの司令塔をこなすそうだ。
重戦士のニック。大柄で身長はニメートル近い。全身を金属鎧で包んでいるため顔や表情は分からないが、どうやら無口な性格みたいだ。装備は盾と片手剣。前で戦線を支える役を担うのだろう。
弓使いのデリア。動きやすそうな狩人風の服を着て、癖のある赤毛を二つに分けている。勝気な表情がよく似合う。
魔術師のミア。黒を基調とした、いかにもという服装。さらりとした水色の髪を肩で切り揃えた無口で無表情の子だ。先ほどの戦闘では水の初級魔術《水刃》を使っていた。
この四人が冒険者パーティ《鷹の爪》のメンバーだそうだ。全員同じ村の出身で、その縁で仲良くなったらしい。
ユリが自己紹介をすると、ロイが目を輝かせて口を開いた。
「ユリさんはソロで活動してるんですよね! 尊敬します!」
「い、いえ……そんな……」
ロイは素直な性格のようだ。賛辞をストレートに伝えられたユリは照れと困惑が混ざったような表情であたふたとしている。
「…………」
ニックは無言で頷いてロイの言葉に賛成の意を示していた。
「ふん。強いのは従魔で、貴女じゃないわよね」
「従魔の実力はテイマーの実力。拗ねるのはいいけど、不用意に貶すのは良くない」
そっぽを向くデリアを嗜めるミア。
何というか……これだけで、このパーティの関係性が分かってしまう。
まあ、仲の良いことで何よりだ。
「では、ユリさん。道中宜しくお願いします」
「は、はいっ、こちらこそよろしくお願いします」
ポールと頭を下げあい挨拶は終了。
と、いうわけで。
尋問タイムといきますか♪
気配察知に引っかかったのは、全部で九人。
鷹の爪の四人にポールを加えて、さて、残りの四人は?
「…………え?」
そのことをユリに伝える。
少し呆然とし、
「ポールさん。馬車にいる四人は一体……?」
問いが発せられた。
《鷹の爪》の面々は気づいていなかったらしく、目を見開いていた。
ポールは一瞬顔をこわばらせ、諦めるように溜め息を吐く。
「分かりますか。……彼女たちは私の奴隷です。怪しいものではないですよ」
その返答にユリの顔が曇る。
それを見たポールは慌てて付け加えた。
「いえ、奴隷と言っても、想像しているものとは大分違うと思います。今ではサンドラ以外では奴隷はほとんど見られないので、酷い扱いをされるものというイメージがあると思いますが、そうではないんです。衣食住は保証されますし、単に給料が出ないだけで、あとは通常の従業員とほとんど変わらないんですよ」
「でも……」
(貴族の家で働く平民も似たようなものじゃない? 自由意思なんてないでしょ?)
彼らの身分が奴隷だとされないのは、単に見栄えの問題だ。奴隷は物、この考え方はこの世界でも同じ。貴族の扱うものを下賤な奴隷に触れさせるのは外聞が悪い……どうせそんなところだろう。
だとすれば、彼らは奴隷と何ら変わりはない。命令には絶対服従であり、場合によっては夜の世話までさせられるのだから。
「それにこの時代、供給はほとんどありません。そもそも奴隷には犯罪奴隷と借金奴隷二種類ありまして、前者は刑罰ですし、後者は借金分働けば解放されます。不当な理由で奴隷になることはまずないのですよ」
最後に、金額も金額ですし、と付け加えるポール。
金額ってことは、奴隷は随分と高価なものなようだ。日本でいう耐久消費財的な扱いなのかもしれない。
いずれにしろ、使い潰されるようなことはないってこと。
「ただサンドラは別ですが。あの国における奴隷はイメージ通りの……というよりも、あの国の奴隷のイメージが広まっている、という節があります。奴隷は人にあらず、という言葉を体現したのがあの国と言えるでしょうね」
まあとにかく、この国では奴隷と言ってもそうひどい扱いをされているわけではありません。
ポールはそう締めた。
ユリもそう言われては何も言い返せないのか、黙ったままだ。
(ユリは優しいね)
わたしはそう念話を送った。
ユリの問いかけるような視線を感じながら言葉を続ける。
(ボクは魔物だから、特に何も思わなかったよ。関係ないからね)
ユリは、そう言ったわたしの体をきゅっと抱きしめた。
「ノエルは、魔物だけど、わたしの仲間だよ。だからそんなこと言わないでほしいな」
(……ありがとう)
照れ隠しにぽよぽよと跳ねるとユリがくすぐったそうに笑う。
……調子は戻ったみたいだね。
「ぇと、そのスライムはユリさんの従魔ですよね! 戦い見てましたけど強いんですね!」
「……(コクコク)」
「そうね」
ロイが気まずい空気を吹き飛ばすように明るく言うと、ニックは無言で頷きミアは興味深そうに覗きこむ。デリアは一人、
「ふん、ゴブリンくらい……」
と呟いていたが、他の三人がわたしをないから眺め始めると慌てた様子で駆け寄ってきた。
胸に抱えていたわたしを差し出すように抱え直すユリ。
え、ちょっと、待って。
「えへへ、かわいいでしょ」
ユリの思わぬ裏切りにどっと冷や汗が流れ出る。そんなわたしに構うことなく、六本の腕が迫り来る。
「ぷるぷるしてるな」
「…………」
「これがスライムの手触り。興味深い」
「えっと……うぅ……えいっ」
ぎゃー! あ、ちょっと、どこ触ってんの!? やめろー!
初めはオロオロしていただけのデリアも途中から参戦し、けれど流石に酸を出すわけにもいかず……わたしはユリの腕の中で弄ばれ続けるのだった。