22話
エピローグその1
ぼんやりと空を見上げていた。
すでに、あの戦いの名残は消えていた。
風が吹き、雲が流れているのが見える。
様々な感情が胸の内に去来する。
それは、良くも悪くも胸を満たし、飽和させる。
もうぐちゃぐちゃで、わけがわからなかった。
ただ、何も考えたくない。
しばらくそうした後、大きく息を吐くと立ち上がる。
ここで寝ていても、何にもならない。
それだけは分かっていたからだ。
細切れになったグレーテストマンティスを吸収する。
かなりの能力の強化、そしてスキルの所得。
増えたのは二つ。
【剛力】、そして【堅牢】。
魔物を従える【統率者】は、何故か増えなかった。
重い体を引き摺るようにして進む。
瓦礫と化した街の中に、懐かしい気配を感じる。
人化を解き、スライムとなってその胸に飛び込んだ。
(ユリ!)
「ノエル!?」
未だ、迷いは消えない。
胸を満たす訳のわからない感情もなくならない。
けれど、ユリは……ユリだけは絶対に守る。
その誓いもまた、消えてはいなかった。
◇◆◇
夜遅く、ユリが眠りに落ちた後のこと。
わたしは、崩壊したギルドの代わりとなっている大きな天幕の中、オスカーと向かい合っていた。
「取り敢えず、恩を返してもらうよ」
そう前置きして、要求を伝える。
わたしが望むのは二つだけだ。
自由を妨げない程度のランクで冒険者登録をしてもらうこと、わたしのことは他言しないこと。それだけ。命の値段にしては安いものだろう。
「まあ、そのくらいならいいだろう。お前には借りが多すぎるからな、少しでも返しておかなければ何を言われるか分からん」
「嫌だなぁ、そんなことないと思うよ?」
「そこで断定しないあたり、交渉というものをよく知っている。……魔物のお前がどこで学んだ?」
この程度、日常生活の中でも身につくでしょう。じゃなきゃ生きていけないし。割とマジで。
けれどそれは、わたしの最上級の秘密だ。
だから、笑ってこう答える。
「女の秘密を探るのは最大の禁忌だって、神話も言ってるよ」
「ふん、つまらん」
「あれ、面白い交渉をお望み?」
それなら叶えてあげてもいいけど、と真っ黒な笑みを浮かべると、オスカーは慌てて首を振った。
わたしにとって面白い交渉とはドス黒く彩られたドロッドロのものなので残念だ。
「とにかく……了承した。お前はランクCの冒険者として登録され、その情報は他には一切漏らさない。だが、今回の戦闘に関しては報告義務がある。そのことは了解しておいてくれ」
「はぁ。この国、嫌いじゃなかったんだけどねー」
そう言えば、オスカーは即座にその真意を理解した。
「何処に行くつもりだ?」
「魔道王朝グリモワール。調べてみたいこともあるしね」
視線で「止めないでね?」と問えば、オスカーは肩を竦めて明後日の方角を見て小さなカードをいじり始める。その態度が「俺は知らん。何も聞いていない」と言っていた。
分かってもらえてないよりだ。こんな小さなことで、知り合いを失いたくはない。
「……ほれ、ギルド証だ」
「ありがと」
しばらくして、触っていたカードを投げ渡される。ユリも持っている、剣と盾の紋章が入った黒字のカードだ。
「B以上になれば、特権を認められる代わりに指名依頼や強制召集の対象となることがある。何をするかは知らんが、それが負担になるのならそのランクに留まることを勧める」
「ん、了解」
わたしはオスカーと目を合わせると、ゆっくりと頭を下げた。息を飲む音が聞こえてくる。
……失礼な。
「ユリを守ってくれてありがとう。……じゃあね」
「ああ。……お前たちの行く末に幸多からんことを」
「そっちも。幸多からんことを」
それで、わたしは天幕を出てスライムに戻る。
翌朝、わたしとユリはその場を去った。
ノエル、ちょっとだけオスカーさんと仲良くなりました。すぐに別れるんですが。
さて、オスカーさんはこれから後始末。がんばれ〜
あ、本編では書きませんよ。
次回はエピローグその2。
視点を移して色々と裏の動きを書きます。