20話
ノエルのターン!
ーーーー儀式級魔術《煉獄》。
宮廷魔導師二百人という人数が同時に詠唱を行い、生半可な魔力の持ち主では死に至るほどに莫大な魔力を消費し行使される、火属性魔術では最高の威力を誇る一撃だ。
軍、騎士団、そして冒険者。
彼らが必死になって稼いだ時間は、確かに実を結んだ。
開戦直後から続けられた詠唱は遂に完成し、その馬鹿げた威力を解き放つ。
そして、爆音が轟いた。
第三の太陽かと見紛うほどの焔が、マンティスの群れの中央へと着弾し、爆ぜる。
広がる炎、そして衝撃波。
それは、最低でもランクCの魔物たちを、貴様らはたかが、大きいだけの虫ケラであるとーーそう嘲笑うかのように、鎧袖一触に薙ぎ払った。
爆風は、離れた位置にある本陣まで吹き荒れた。
最前線で戦う者、マンティスまでもがその威力に目を見張り、吹き飛ばされないよう必死で地面に縋り付く。
戦いを継続するような余力などなく、一命を取り留めたマンティスも戦意を喪失しその場を逃げ去る。
その光景を作り出した魔導師団、指揮を取る騎士団長は歓喜し、
ーーーーそして、絶望を見る。
煉獄が吹き荒れた場は、何もかもが燃えて消え去った。
草は燃え尽き灰となり、魔物は塵と化す。地面は溶け出した硝子に覆われ、歩くたびに妙な音を立てる。
そこに唯一、伸びる影。
如何に儀式級魔術と言えど、魔物の首魁、討伐ランクSのバケモノまでは、殺し切れなかったのだ。
全身を憤怒で赤黒く染め、ゆっくりとその巨体を進めるグレーテストマンティス。
それを見て、敗北を悟る。
そして、蹂躙が始まった。
「ああああああ……」
聞こえる、誰かの断末魔。
手当たり次第に殺戮しながら、グレーテストマンティスは荒野を進む。
それが、突出していたユリやオスカーたちのところまで来るのに、そう時間はかからなかった。
「あ……」
ユリの口からそんな声が漏れる。
呆然と、己に向けて振るわれる鈍色の鎌を眺め、そして、
ドンッ
突然横から突き飛ばされる。
そして、ユリが直前までいたその場所では、一人の少女が鎌に胸を貫かれていた。
◇◆◇
「カフッ、ぅ、くぅ……」
胸が熱い。
燃えるようだ。
咳き込むと、口の端から何かがツウ……と垂れた。
力が抜けそうになるのを必死で堪え、胸を貫いている鎌を掴むと無理やり引き抜く。
「カハッ」
激痛が走り、地面に鮮血が撒き散らされる。がくり、と膝が折れて倒れそうになる。
「お前は……」
「黙れ」
ここで、ユリに正体がバレるわけにはいかない。何かを言いかけたオスカーを睨んで黙らせ、なんとか呼吸を整えて口を開く。
「……早く逃げろ」
「だが」
「お前たちに何ができる?」
スキル【魔力変換:生命】のおかげで、痛みは大分和らいできた。視線をグレーテストマンティスからそらさないまま、言葉を背後へとたたきつける。
「何もできないなら、せめて最後まであきらめるな。生きるために足掻け」
「……お前はどうするんだ」
ああ、まったく。
この期に及んで、わたしの心配とか。
……いや、違うか。
街のためとか、ギルドの利益とか、そんなこと言っても意味のない状況だから、わたしなんかの心配ができるのだ。
やっぱこの人、なんだかんだでいい人みたいだ。
「戦ってみてダメなら逃げるよ。それより、さっさとユ……その子連れてどこかに行ってもらえる? 全力が出せない」
今は、魔力を垂れ流しにして全力で威圧をかけてどうにか抑え込んでいる状態なのだ。それも圧倒とかじゃなくて、単に警戒させて睨みあいに持ち込んだだけ。
一瞬でも気が緩んだら、魔力が尽きたら、あるいはグレーテストマンティスが開戦を決めたら。
それだけで抑えられなくなる。
本格的に余裕がないのだ。
「く……分かった。この借りは、必ず返す」
「地の果てまで追ってでも返済させるから覚悟しておいてよ」
そんなやり取りを最後に、オスカーたちはユリを連れてその場を去っていった。
「さて……」
邪魔がなくなったのを確認し、威圧を緩める。
このバケモノと戦うのに、余分な魔力を使っている余裕はない。
わたしの戦意を感じ取ったのだろう。グレーテストマンティスはゆらりと鎌を揺らすと、
「キィィイイイイイッ!!」
横なぎにふるわれた鎌を屈んでかわすと、地を蹴って距離をとる。
魔力を練り上げ、魔術を発動。
「《操炎》」
炎を生み出し、意のままに操る中級魔術。威力は《爆裂》に劣るが、使い勝手の良さは群を抜いている。そしてーーーー炎を直接操るという性質上、術師の力量が如実に表れる魔術とも言える。
「はぁっ!」
わたしが生み出した炎は右手に収束すると鞭のような形状をとる。そして、右腕の動きに従って変幻自在の軌道を描いた。
「キィィイイイ!?」
何度も身に弱点である炎の直撃を受け、苛立ったような声を上げるグレーテストマンティス。なんとか鎌で防ごうとするが、そのたびに炎の鞭は、まるで意思を持ったかのようにするりと避けていく。
そう見えるのも当然なんだけどね。
何せこの鞭、《操炎》の魔術で生み出されたがゆえに、わたしの意思をダイレクトに反映する。その結果、腕の軌道と鞭の軌道が全く別物になるということが起こっているのだ。
通常の魔物が相手ならば、何の意味もなさない魔力の浪費だ。だが見ての通り、意思を持ち、相手の動作から次の動きを予測する知能を持つ相手にはかなりの効果を発揮する。
鎌の射程外から何度も鞭の攻撃を加えるわたしに苛立ったグレーテストマンティスが、大きく鎌を振り上げて突っ込んでくる。
それを見て、わたしの口には笑みが浮かんだ。
大振りになれば当然、攻撃は単調になる。
恐るべき速さで、しかし何のひねりもなくただ一直線にわたしに向かって振り下ろされる鎌を避けると懐に潜り込み、左手をグレーテストマンティスの脚に押し当てた。
そして、
ジュゥァアアアアッ!!
触れた場所がどろりと溶け、白煙が立ち上る。
わたしの持つ最強の攻撃、【酸攻撃】だ。
「ふふ……見切ったよ」
だが、目的はそれだけじゃない。
「グレーテストマンティス、所持スキルは【剛力】【堅牢】、そして……ユニークスキル【統率者】。力が強く、硬く、他の魔物を従える、か。なんてチート」
最後の部分は、わたしが言えたことじゃないか、と軽く笑った。
わたしがしたのは単純。【酸攻撃】で削り取ったグレーテストマンティスの一部を【吸収】して解析したのだ。相手を倒していないためかスキルを奪うことはできなかったが、相手の持ち札は分かった。一度でも直接攻撃を加えれば相手の手札を丸裸にできる。さっきわたしはグレーテストマンティスのスキルをチートと言ったが、わたしのこの能力のほうがよほどチートだ。
おそらく、最後にあったスキル【統率者】が魔王種の条件なのだろう。他の魔物を従える王。そのままだ。
ってことは、これを奪えばわたしも魔王になるのかな? 自然と笑みがこぼれる。強くなると決めた今、コイツを倒せれば最上級の糧となる。
「キィィイイイイイッ!!」
「黙れっ!!」
物理攻撃なら【物理攻撃90%カット】である程度耐えられるわたしだが、魔術攻撃には弱い。生命力自体は普通にスライム相当だから食らえば一撃だろう。
だから警戒して距離を取っていたのだが、グレーテストマンティスも例に漏れず脳筋ステと分かったので遠慮なく攻め立てる。多少の傷は【魔力変換:生命】で癒し、致命傷だけは受けないよう気を付けながら【酸攻撃】を連打する。《操炎》も継続してグレーテストマンティスの目を惑わしているので面白いように攻撃が当たる。
「これなら!」
イケる!
そう確信し、動きの鈍ったグレーテストマンティスを相手に一気にカタをつけようと踏み込んだ。
その時だった。
じっとこちらを見つめるグレーテストマンティスの視線にゾクリとしたものを感じ、咄嗟にその場を飛び退いた。
転瞬、空気が爆発する。
グレーテストマンティスを中心に風が渦巻き、一帯を薙ぎ払った。その余波だけで、わたしは内蔵がぐちゃぐちゃにかき回されるような激痛を覚える。そのまま吹き飛ばされ、何度も地面に叩きつけられた。
「ぁ、かふぅっ……」
まともに呼吸ができない。
全身がばらばらになりそうだ。
飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止め、漫然と思う。
アイツに魔術のスキルはなかったはず。なのに、何故……?
わたしが食らったのはどう考えても、風の魔術だった。
そして、ハッとする。
スキルなく魔術を使っているのは、わたしも同じだ。
つまりーーーー剣技などと同じように、魔術などというスキルは存在しない。魔術が使えるかどうかは、スキルでは判断できないのだ。
「見誤った……」
余波だけでこの威力。
いや、魔術攻撃に対する威力減衰スキルを持っていないからか。
とにかく、グレーテストマンティスとの戦いの難易度が格段に上がったことは確かだった。
何とか立ち上がれるまでに回復したからだを引きずるように持ち上げ、睨みつける。
第二ラウンドの開幕だ。
忘れてるかもですが、この世界には太陽が二つあります。