19話
ユリは森の中を駆けていた。
ノエルから避難が始まったことは聞いていたし、軍や騎士団が到着したらしいことも知っている。
騎士団といえば、一人一人が冒険者ランクに直せば最低でもDを超える精鋭揃い。それに加えて千人以上の軍隊までいるのだから、そこにユリが一人加わったところでどうにもならないことは分かりきっている。
そう、分かってはいるのだ。
ユリが行く意味など欠片たりとも存在しないことに。
でも……森にまでマンティスがやって来ているのを見たら、じっとしていることなどできはしなかった。
せめて!
せめて、避難が終わっていることだけでも確認しよう。
そう胸の中で言い訳をして、洞窟を出てきたのだ。ノエルが狩りに行っている間にそっと出てきたのは、どこかでそれが言い訳に過ぎないことに、ユリ自身も気づいていたからなのだろう。
そうして飛び出した森は、不自然に静まり返っていた。
洞窟の入り口からちょっとだけ見えたマンティスもすでに移動してしまったらしく、この辺りには見当たらない。もしかしたら、もう追い抜いてしまったのかもしれない。
マンティス以外にも、ゴブリンやウルフ一匹すら見当たらない森の中は、一言でいえば不気味だった。
ユリの地を蹴る足音、荒い呼吸音、風が木々を揺らし葉の擦れる音。
普段は背景として存在し、意識を向けないそれらが、やけに大きく聞こえていた。
「はあ、はあ……ようやく出口かな……?」
すでに二時間近くは走り続けている。魔術師、つまり後衛職であるユリは体力の限界が近かった。
それでもと最後の一歩を踏み出し、森を抜ける。
「オスカーさん!?」
そこでは、数匹のマンティスと調査隊で一緒だったメンバーが戦っていた。
荒く息を吐くオスカーが斧を振り、なんとか攻撃を凌いでいる。
劣勢だ。
戦いに関しては素人も同然であるユリにすら分かる。
「オスカーさっ」
踏み出そうとした足を無理やり引き留め、呼吸を整える。
ユリは後衛だ。ここで飛び出していってもできることはない。
落ち着け、落ち着け、落ち着けーーーー
あの《魔の森》の調査の時みたいに、足手まといになりたいの?
そう自分に問いかける。
いや、違う。
そうじゃない。
だったら、焦っちゃだめだ。
杖を構え、魔力を練り上げる。
あげた視線の先にいるマンティスに向けて、できる限り強力な魔術を。
「ーーーー《爆裂》!」
足りない魔力はノエルから引き出し放った魔術は、バランスを崩したオスカーに襲いかかろうとしていたマンティスの頭部を綺麗に吹き飛ばした。
「なっ!?」
思わず、といった様子で振り返ったオスカーの目が見開かれる。
死んだと判断していたユリが現れたのだ、それも、当然と言えるだろう。
「後ろっ!」
「キィィイイッ!」
マンティスはその一瞬を突いてきた。
鈍色に光る鎌がオスカーに襲いかかる。
「らぁあっ!」
間一髪。
マンティスの鎌は、間に飛び込んだジョージの盾に受け止められる。
「《爆裂》!」
ユリの放った魔術が飛ぶ。
が、不意打ちだった先ほどとは違い、体格に見合わぬ俊敏さでマンティスは魔術を避けた。
「そんなっ」
「やつらにそんな大技は通じない! 初級の《火球》でいいから、隙を狙って確実に当てるんだ!」
驚愕の声をあげたユリにオスカーが助言する。戦力として扱われているという事実が、ユリの胸を熱くした。
「はいっ」
初級魔術《火球》を構築、そのまま待機。
マンティスの一挙一動を睨みつけ、隙ができるのを待つ。
オスカーとジョージ二人の守りを抜けないことに苛立ったのか、マンティスが大きく鎌をふるう。それをふたりはかがんで避け、地面に突き刺さった鎌を抜こうとマンティスの動きが一瞬止まった。
「そこっ」
待機させた《火球》を遅延発動。ユリの掌に炎が生まれ、マンティスに直撃する。
「キィイイ!」
「やった!」
《火球》は初級魔術であるため、マンティスを一撃で倒すような威力は持たない。
が、それでも、確実にダメージは通る。
仰け反ったマンティスに、オスカー達が追撃をかける。
そのまま押し切り、一先ずの危機は去ったのだった。
◇◆◇
比較的余裕のあるメンバーに周囲の警戒を頼むと、オスカーはユリに向き直って座る。
その目にあるのは、決して感謝や歓迎の色ではない。
それを理解したユリが顔色を悪くする。
「先ずは……何をしに来た」
低い声が響く。
オスカーからすれば、ユリは不安要素だ。
彼女の連れていた従魔が暴走し、冒険者が殺されたのは紛れも無い事実。己の従魔を制御できない未熟なテイマー。それが、今のユリの評価だ。
なので、オスカーはユリを信用できない。
「……その、街を見に来て……森を出たら、オスカーさん達が……だから……」
ユリの声が、小さく消えていく。
従魔の暴走。
ユリもノエルもテイマー、従魔として活動して日が浅いために知らないことだが、これを起こしたテイマーへの視線は厳しい。
本来魔物とは敵であり、その敵を操っているのがテイマーだ。だから、魔物を制御できないテイマーは、身の内に敵を引き込む害悪でしかない。
「暴走を引き起こしておいてよく顔を出せたな」
「っ……あれは……」
一瞬怯んだユリだったが、逡巡し、顔を上げるとオスカーを睨みつけた。
「あれはザカリーさ……ザカリーたちが悪いです。殺されそうになったのでその前に殺した。それだけです」
「ほう?」
森の洞窟で、ノエルと話したのだ。
調査の時はノエルの暴走と見せかけてその場を切り抜けたが、万が一追求された時にどう応えるのかを。
ノエルとしては、ザカリーたちを殺したことをどう受け止めるのか、それを決めて欲しかったが故のこと。その会話がこんな形で役に立つのは完全に想定外だっただろう。
「ノエルの暴走ではありません。わたしが命令したことです」
ユリは、自分が助かるためにザカリーたちを殺したことを受け入れたのだ。
オスカーはユリをじっと見つめると大きく息を吐いた。
「……まあ、そういうことにしておこう。で、戦いに参加するということでいいのか?」
「はいっ」
話は終わりだとオスカーが立ち上がり、ユリもその背中に付いていく。
次の獲物を探して周囲を見回し、そして、
ーーーー爆音が轟いた。
ノエル「なんでユリは一人で突っ走るかなぁ!?」




