15話
「「「キィィイイイイイッ!!」」」
草原に、マンティスの金切り声が響き渡る。
そして……陣を張り、武器を持って待ち構える俺たちの前で、シナレアの街は魔物に占領された。
「くそっ……!」
零れ落ちる誰かの悪態。それは、シナレアの街で冒険者をしていた者全員の内心の代弁だった。
俺は声にこそ出さなかったが、胸の内は怒りとやるせなさで一杯だった。目の前で、守るべき街を、何もせずに奪われたのだ。ならばこれから奪い返せばいい、死者が出ていないのだからよくやった方だ……理性はそう言うが、感情はそうじゃないと叫び続けている。
「……守るぞ」
沸き立つ感情を抑えきれず、告げたのはそんな言葉。
「まだ、街の奴らは避難の途中だ。街はまた作ればいいが……人はそうじゃねぇ。死んだらやり直せないんだ! だから、絶対に守れ! 街を奪われたのならッ! 人だけは守り抜くぞッ!」
全身の血が沸騰する。怒りと怒りと怒りと、己の無力さを呪う悪意、魔物の理不尽に対する反骨心、守れない悲しみ、守るという決意。それらがごちゃ混ぜになった感情全てを乗せて。
俺は、喉も裂けよとばかりに声を張り上げた。
「幸い、この怒りをぶつける敵は向こうから来てくれやがる。お前ら、武器を構えろ。怒りで心を満たせ。体を震わせろ。……敵をブチ殺せッ!!」
「「「おおおおおッ!」」」
一斉に上がる鬨の声。
それは、冒険者たちから、軍の兵士から、騎士たちから、魔導師たちから。
あっという間に伝播し、草原の空気を震わせる。
そして、角笛は鳴る。
全軍ーーーー兵数にして二千の討伐軍は動き出した。
街を廃墟へと変え、瓦礫を乗り越えやってくる魔物たちを、血祭りに上げるため。
◇◆◇
騎士団長レイモンドは【鷹の目】を使い戦場を俯瞰していた。
通常の戦争では、軍を右翼・左翼・中央の三つに分け、相互に連携して戦うのが定石なのだが、今回は魔物が相手だ。敵はそのように分かれていない、というよりも統率自体存在しない。辛うじて魔物同士で争わない程度である。それを見ると、今回の魔王種は未だ成長途中なのかもしれない。
運が良かった……心底そう思う。かつて存在した魔王種は万を超える魔物を従え、人類を滅ぼしかけたというのだから。そんな化け物に成長する前に発見することができたのは僥倖と言える。
ともあれ、人間相手を想定した訓練を積んでいる騎士や軍は魔物の相手は不慣れと言わざるを得ない。いかに精鋭揃いとはいえ魔物は一体一体が強力な点を含めて考えれば苦戦することも考えられた。
その点、冒険者たちは非常に良くやってくれている。
騎士団が戦い方や間合いの感覚の調整をしている間に、殴りかかるように魔物に強襲をかけている。それも、あのオスカーというギルド長の指示に従いながら、だ。あの無法者どもの手綱をあそこまでしっかりと握るとは、ギルド長はさぞかし優秀な人間なのだろうな。
であれば、こんなところで死んでもらうわけにはいかない。戦いは魔王種を倒せば終わるが、我らにはその後の復興が待っている。その時、長となれるのはオスカーだろうからな。
「リネハン! 魔術の準備はどうだ?」
「六割方といったところだな」
部隊最後列では、宮廷魔術師二百五十人による詠唱が朗々と響き渡っていた。
複数の魔術師の同時詠唱による大規模魔術、儀式魔術。扱いの難しいこの魔術は、戦闘ではなく研究を本文とする宮廷魔導師たちが力を存分に発揮出来る貴重な場面の一つである。
故に、気合は十分。
魔術師舞台を統括するリネハンとしても、石に噛り付いてでも成功させる所存だ。
「そうか。……お、どうやら騎士部隊も、魔物相手の感覚に慣れてきた様子だな」
冒険者たちの手慣れた様子と違い、どこかぎこちなかった騎士たちの動きがずいぶんと良くなっている。距離を取って視野を広く持ち、剣を正眼に構える。膝は軽く曲げてすぐに動けるように。先に仕掛けず、相手の攻撃を待ってカウンターで仕留める。
堅実で手堅い、魔物を相手にする時の基本の戦い方だ。
言葉にするとただそれだけだが、一瞬の判断の中に常と違う思考を織り交ぜるのは非常に難しい。
故に、その調節に戸惑っていたのだが、もう問題はなさそうだ。
「さて、後は魔術の完成まで時間を稼いでくれれば、作戦の第一段階は終了だ」
「ああ。魔術師部隊としても、この術が実戦で使われるのはこれが初めてだからな。どれほどの戦果が挙げられるのか楽しみだよ」
レイモンドとリネハンはそう言って、互いに笑いあう。
少なくともこの時までは、この戦闘は順調に進んでいたのだ。
「――――何っ!?」
「どうした!?」
会話を終え、再び【鷹の目】を使い戦場を俯瞰したレイモンドが驚きの声を上げる。
「馬鹿な、早すぎるっ」
リネハンには届かぬ視線の向こう。
ついに、マンティス属最上位種、グレーテストマンティス。
敵の首魁が、動きを見せた。
【気配察知】
ザカリーを捕食したことで入手した。一定範囲内の生物の気配を感じ取ることができる。察知範囲、精度は熟練度によって拡大する。
ノエル「出番まだかなー」