11話
前話に引き続き、残酷な描写があります。苦手な人はご注意を。
思い出す。
覚悟を決めたユリの顔、そして言った言葉。
『ノエルは……わたし以外の人も、守ってくれる?』
『わたしにも、守りたい人がいるから』
思い出す。
わたしがノエルに伝えた言葉。
(ボクが最優先するのはユリだよ。そして、ボクが敵に情けをかけることはない)
(それでも、ユリの守りたいものはボクの守りたいものでもある。……それじゃダメ?)
そうしたら、ユリは。
小さく微笑んで、『ありがとう』と言ってくれた。
だから……ごめん、ユリ。
わたしがザカリーを捕食したことで、その場の空気が凍った。
しゃがみ込んだユリは呆然とこちらを見ている。
その眼の前で、わたしは、ザカリーの仲間を殺していった。
触手を一薙するごとに、鮮血が舞う。
殺す、殺す、殺す。
そして喰らう。
悲鳴を上げ、逃げ惑い、許しを請うても変わらない。
そうーーーー殺す。
敵対した者に、死を。
無慈悲なまでに残酷に。
わたしは殺意を振り撒いた。
「ノ、エル……?」
(ごめん、ユリ)
「ノエルッ!?」
(ボクのこと、嫌いになってもいいよ)
「なにをーーーー」
そしてわたしは、ユリを一息に飲み込んだ。
その場に白骨が追加される。
ーーーー人間の肉体の情報、解析完了。
ーーーー変化、開始。
そうして形取った姿は、なんの因果か、前世のわたしにそっくりだった。
小柄な体、腰まで伸びる長い黒髪、白い肌。猫のような瞳にすっと伸びた鼻。
捕食した一人から奪い取ったスキル【鷹の瞳】で全体を俯瞰するように視認する。
「お前らは」
残っているのは、グレーターマンティスと戦うオスカーたちだけだ。
カマキリどもを威圧で押さえ込み、わたしは口を開く。
「わたしの敵?」
「お前は……?」
「ユリの連れていたスライムだよ」
「なッ!?」
ぎょっと眼を見開くオスカー。
ああ、イライラする。
「さっさと答えて。敵?」
「……いや」
オスカーは少なくとも、この場ですぐ討伐するという短絡的な道を選ばなかった。
そして、それが正解だ。
「そう。……お前たちは運が良い」
そう言うと、冒険者たちは呆れた様子を見せる。
……気持ちは分かるよ。
「わたしは今、機嫌が悪い。そこのカマキリどもなら丁度良い八つ当たりの相手にはなりそうだね」
「それはっ」
「さっさと退け、邪魔だ」
威圧を弱めると、弾かれたように動き出す粗大ゴミ。
「キィィイイイイイッ!!」
「囀るな、ゴミ」
振り下ろされた刃を真正面から掴み取る。それなりの負荷が腕にかかるが、この程度なら問題はない。
スライム状態のときには大した効果を感じられなかった【身体強化】。それが、仮初とはいえ肉体を得たことで本領を発揮したのだ。
膨大な魔力に裏打ちされたこのスキルは、凶悪なまでの性能を生み出す。
下位種であるマンティスから得た【身体強化】が上位種であるグレーターマンティスを圧倒したのだ。
「この程度? なら……死ぬだけだね」
【吸収】と【酸攻撃】を発動。
強酸が鎌を容赦なく溶かしていく。
「この体ならあるいは? 試してみようかな」
手のひらに魔力を集中、球状にして切り離す。
遠隔で操作し、体外に放出。
着火。
ボゥッ、と火が上がる。
初級魔術《火球》だ。
「……できたし。やっぱあの体が問題なのかな」
嘆息しながらマンティスに向かって投げつけると、わたしの初めての魔術は思いの外効果を発した。
圧縮された魔力により生み出された火球は、着弾後、破裂したのだ。
轟音とともに炎が広がり、一匹のグレーターマンティスを焼く尽くした。
もう一匹は後ろに下がり避けたようである。
一匹減ったカマキリ軍団から軽く距離を取る。
周囲を確認すると、オスカーたちは無事この場から離れたようだ。まだマンティスも集まり切ってはないので、あの人たちならば切り抜けられるだろう。
というか、そこまで面倒見る義理はないね。逃げきれなければそこまでのことだ。
再びグレーターマンティスに向き直る。
今のわたしなら、グレーターマンティス程度なら一対一で倒せる。二対一でも負けはしない。
ただ、その後ろにいるグレーテストマンティスは別格だ。
あれは本当に格が違う。
勝てない。
見るだけでそうと分かるほど、その存在感は圧倒的だった。
なんとか隙を作って逃げなければ……そう思うも、どうしたらいいか分からない。
数分とも数秒とも分からない睨み合い……手のひらがじっとりと、嫌な汗で濡れた。
そして、気が付けば……目の前から、マンティスの姿はなくなっていた。
「…………へ?」
思わず気の抜けた声が漏れる。
ついさっきまで睨み合っていたはずの相手は、本当にいつの間にか……中に溶けたかのように消えていたのだ。
その動向に全神経を集中させていたにも関わらず。
わたしに何一つ悟られることなく。
それを理解したわたしの背中に薄ら寒いものが走った。
助かった……のだけど。
その実力差に、素直に喜べないわたしがいた。
◇◆◇
某所。
《魔の森》を監視する、二つの影があった。
「…………ん?」
「どうかしたか?」
「いえ、何でも」
「そうか」
…………。
(あれ、空……だよね? なんで此処に?)
(取り敢えず助けとこっか。知り合いを殺したら寝覚めが悪いし)
(殺す必要性もないしね……)
(これで死んでもあとは知らね。そこまでする義理はないし)
(ま、足掻きなさいよ……この、腐りきった世界の中で、ね)
ノエル「なんとかなった……かぁ」
ノエル「でもあのカマキリ、なんでいなくなったんだろう?」
ノエル「…………まあいっか」
【鷹の目】
アクティブスキル。ザカリーの取り巻きの一人を捕食して入手したスキル。視力が良くなり、視点を飛ばすことが可能になる。
ノエル「…………一人は寂しいよ、ユリ」