10話
残酷な描写があります。苦手な人はご注意を。
死が目前に迫り、どうしようもなくなった時、人は本性を現すという。
最期に他人を気遣える者。
最後まで抗おうとする者。
諦めに浸り立ち尽くす者。
せめて前を向いて死のうと目を見開く者。
そしてーーーー
他人を犠牲に生き残ろうとする者。
さて、あなたはどれに当てはまるだろうか?
◇◆◇
襲いかかってきたのは、グレーターマンティスが二体にグレーテストマンティスが一体。
討伐ランクA+、支配級……一国の軍が相手にするような敵が目の前にいる。いかにここにいるのが最高戦力だとは言え、一つの街程度の戦力ではたかが知れている。初めからランクAを超える相手を倒すことなど視野に入れていないのだ……事ここまでくれば、ひたすら逃げるだけである。
というか、彼奴ら……わたしの【犬の嗅覚】にかからなかったぞ?
たとえ隠密行動に優れていたとしても、匂いまでは消せない。故にこのスキルは索敵において最強なのだ。
それを奴らは掻い潜った。
これは一体……?
「クソがぁッ!! お前ら逃げろ! ここは俺が食い止めるッ!!」
「オスカーさん!?」
大斧を振りかざし、オスカーが叫ぶ。
「ハッ! 引退した老兵の最期にゃ勿体無いほどの舞台だ! ここが俺の死に場所だぁッ!!」
……凄い。
連続で振るわれる、二体のグレーターマンティスの鎌。
オスカーはそれを、純粋に斧の技のみで防ぎ切っていた。
「俺も手伝います! そして、生きて戻りましょう! あの街にはまだオスカーさんが必要だ!」
「バカ野郎が……やるぞ!」
そうして、死地へと飛び込んでいくジョージとその他数名。
オスカー……慕われているんだね。
(ユリ、早く逃げよう。ここはわたしたちには過ぎた戦場だよ)
「う……うん。そうだよね……」
ユリは、その場から動かない。
顔は蒼白になり、足は震え……それでも。
(ユリッ!!)
「でも、……でも……」
(早く逃げて! ユリに何が出来るっていうの!? ゴブリンすらまともに倒せないのに!)
「っ、でも」
未練がましく「でも」と繰り返すユリに、わたしは焦る。
ヤバい、このままじゃ本当にヤバい。
周囲から、大量のマンティスが此処に集まりつつある。
完全に包囲されたら……わたしが全力を出しても、逃げ切れるかどうか分からない。
(ユリぃ!)
その間にも、オスカーさんたちの戦況は刻一刻と悪化している。
オスカーさんが卓越した技術で攻撃を捌き、防いでいるから戦線は保たれている。
が、討伐まで持っていくには圧倒的に火力が足りない。
全員が守りに徹し、グレーテストマンティスが手出しをしていない今でこの状況なのだ。
保たない。
それがはっきりと分かる。
(早く逃げてッ!!)
ユリは顔をくしゃくしゃに歪め、ようやく一歩を踏み出した。
オスカーさんたちには申し訳ないけど、それでも、わたしが最優先するのはユリの生存。切り捨てさせてもらおうーーーー
「グァッ!?」
「ジョージ!」
背後からの叫びに、ユリの歩みが止まった。
止まってしまった。
そうなればもう、動かない。
そしてそこに、悪魔の声が響き渡った。
「おぉ? ここに分不相応のガキがいるじゃねぇか」
ザカリーッ!!
お前、一体何を!?
「丁度いいーーーーお前、死んで時間稼ぎしてこい」
薄っすらと、裂けるように歪む唇。
その酷薄な笑みは、狂気の色に濁っていた。
「そうすりゃオスカーさんたちは死ななくてすむ。ーーーー汚ねぇハーフエルフの血で人間様が救えるんだ、良い買い物だろう?」
「…………ぅぁ」
ザカリーはユリに詰め寄ると首を掴んで持ち上げ、マンティスに向かって歩みを進める。
「気味の悪りぃスライムいるしな。良かったな、死ぬときは一人じゃないぜ。……なぁ、下等生物が」
そして、わたしはブチ切れた。
(死ぬのはお前だ……粗大ゴミ)
わたしの体から伸びた十の触手がザカリーの体を貫き、断末魔すら叫ばせずに飲み込んだ。
後には、白煙を上げる白骨だけが残る。
ユリ「ノ、エル……?」
ノエル「ごめんユリ。けど、ユリが死ぬのは我慢できないんだよ」
【夜目】
パッシブスキル。ゴブリンを捕食したことで入手した。夜であっても視界を確保できる。