8話
オスカーとの対談から二週間が経った。
三日前、正式に《魔の森》の調査依頼が発令され、幾つかのパーティが指名された。また、難易度Aの依頼として一般にも公開され、新たに一つパーティが加わったようだ。
指名は当然、わたしたちにも来た。
忘れててくれないかなーとか、急な用事を思い出したりとかしないかなぁなんて期待しなかったといえば嘘になるが、まあそんな訳のわからない事態になることはなく。
普通に準備を整え、普通にギルドに行き、普通にオスカーに捕まえられて門まで連行されたのだった。
「ったく、話はしてあったはずだよな? なんで朝一番に依頼なんて吟味してやがる」
やだなぁ、逃げたかったからに決まってるじゃない。真面目なご主人様を言いくるめるの、大変だったのに、その努力を水の泡にしてくれやがりましたよコイツ。
許さん。
「……(ノエル、どうするのー!?)」
(笑っとけばいいよ〜)
焦りに焦って空笑いを始めるユリ。
上司に言いつけられた仕事を故意にサボろうとしたって考えると分かるけどね、命を大事に、だよ?
オスカーは盛大にため息を吐くと、首根っこを捕まえていたユリをぺいっと放り出した。
(きゃん!)
「……言い出したのはノエルなんだからね?」
(実際に逃げようとしたのはユリだもーん)
「そうだけど! そうだけどぉ〜」
呆れた様子で再びため息を吐くオスカー。
そこに、一人の男が近寄ってきた。
「オスカーさん、そいつらですか? 今回護衛するってのは」
「ザカリーか。そうだ、こいつらが異変を発見してくれたおかげで早期に対処を始めることができた。万全を期すために同行させる、今回は頼むぞ」
「はあ……」
ザカリーは気の抜けた声を返すと、ジロリとこちらを見た。
ユリの全身を値踏みするように見回すと下卑た笑みを浮かべる。
……何かあったときに切り捨てるのはコイツで確定だね。オスカーを考えていたけど、全然マシだったよ。
わたしの黒い考えには気付くはずもなく、ザカリーは口を開く。
「依頼だから護衛はするが、最低限するべきことはやってもらうぜ? 俺たちが受けたのは調査依頼だ。護衛はついで。トロいことしてっと捨て駒にするからな?」
「ザカリー」
オスカーが低い声を発した。
ゾクリとするような圧迫感がある。
流石、やはり凄腕の冒険者だ。
ザカリーは舌打ちをしながらその場を離れていった。
「……はぁ」
へたり込み、わたしに覆い被さるユリ。
これだけはザカリーに感謝だね、ユリの体温が心地良いよ!
「すまんな。あんなんでも実力だけはあるからな、ギルドとしても強く出られん」
「い、いえ」
(飼い犬の躾くらいちゃんとしてよ)
「ノエル!?」
おっといけない心の闇が。
慌てるユリをぽよぽよして受け流していると時間になったらしい。
わたしたちの周り……というか、オスカーの周りに人が集まり始める。ユリは慌ててその場で立ち上がった。
Aランクパーティ3つ、言わずと知れたこの街の最高戦力たち。
彼らが一箇所に集まるのは壮観の一言だ。
わたしにとっては知らない人ばかりだが、なんと言うか、オーラとでも呼ぶべきものが漂っている。
「皆、今回はよく集まってくれた」
わたしとユリを含めた15人を前に、オスカーが話し出す。
「把握しているとは思うが、概要を説明する。そこにいる駆け出しが、ヒポネ草の採取のために《魔の森》近郊に向かったところ、マンティスに遭遇し戦闘になった。そのマンティスは討伐されたが、これにより《魔の森》の魔物が外に出ていることが判明。原因の調査を必要と判断した。
知っての通り、マンティスの繁殖方法は親であるグレーターマンティスが卵を守るというものだ。このことから、産卵が重なったあるいはグレーターマンティスを超える魔物が現れた可能性が高い。
以上より、今回の調査の目的は、グレーターマンティス二匹あるいはそれに準ずる魔物の確認とする。
何か質問はあるか?」
「その同行するFランク……あっと……」
「ゆ、ユリと言いますっ」
「ああ、ユリだが、戦闘力はどの程度なんだ? 護衛対象の実力くらいは知っておきたい」
む、わたしのご主人様を呼び捨て?
いやでも、言ってることはもっともだし、守ってくれる気もあるみたい。
むむむ。
「はっ! 戦えない奴は死ぬだけだろう? 雑魚を気にかける必要なんてねーよ」
「ザカリー!」
……まあその考えにはわたしも同意だけどね。
でもお前は許さない。
調査隊の空気が若干悪くなるが、ザカリーは気にしていないようだ。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべ、でかい態度で突っ立っている。
「はぁ……ユリの実力だが、1日でゴブリンを20匹ほど狩ってきたって記録がある。それに、遭遇したというマンティスも自分で倒したそうだ」
「……ほぅ」
一瞬、空気がざわついた。
質問をした男も目を細め、何かを見極めようとするかのように鋭い眼光を投げかける。
ランクFがランクCの魔物を倒すというのは、そういうことなのだ。
……けど。
この視線、ウザい。
「「「…………ッ!!!」」」
わたしが軽く威圧をかけた瞬間、こちらを見ていた人たちが息を呑んだ。手が背中の武器に添えられている人もいる。
空気が、凍りつく。
……この場で戦闘をするつもりはない。それに、敵対していない相手に喧嘩り売る気もない。今回は警告だけだ。
だから、不躾な人たちをジロリと睨めつけると(目ないけど)、念を押すように一瞬強めてから威圧を解く。
空気が一気に弛緩する。
ちなみにこの威圧。
なんて説明すればいいかよくわからないんだけど、《存在の濃度》を高めることで出来るようになった。
気配? みたいな? を集中させることで圧倒するような威圧感が出るのだ。これは魔力で増幅できる。
【魔力量増加:特大】をもつわたしなら、Aランクの冒険者にも通用する威圧が出来るってわけ。
あ、ザカリーは威圧してないよ。
え、理由?
嫌だなぁ、それ聞いちゃう?
だってさぁ……
警戒させちゃ、釣れるものも釣れないでしょ?
ノエル「今回は時間を飛ばしました」
ユリ「あとがき詐……」
ノエル「それ以上言っちゃダメー!」
【身体強化】
パッシブスキル。マンティスを捕食したことで入手した。身体能力が向上する効果を持つスキルだが、何故かノエルには効果が薄い。
ノエル「え? 【身体強化】って外れスキルじゃないの?」
ユリ「持ってるマンティスはランクCで結構強いんだよね。パワーも強いし」
ノエル「なんでボクには効果がないのー!?」