4.英雄の召喚
朝凪一機珍道中
一機「なぁなぁ、アッシュ。あの変身どうだった? おもちゃ売れそう?」
?「お前な、バンダイの無い世界でどうやっておもちゃ売るつもりなんだ?」
一機「いやだってほら、みんな見てるし」
?「そんな世界を超えて映像見る力、俺らにしかねぇよ。自分のハチャメチャな能力を他人に当てはめるのはいつものことだが、あの力を自分のもの扱いするの早過ぎだろ」
一機「一年もすりゃ慣れるだろ」
?「神様になって一年で慣れる奴いねぇ」
4.召喚の英雄
白の教団本部 調理室
白の教団本部は白い壁に囲まれた街、その中央にある大きな建物だ。白い石で作られた本部には厨房があり、教団関係者の胃袋を支える。
「ワーウルフの村、全然穀物取れないのになんか送ってきたの。せっかくだからパンにして返すから、手伝って」
エディはハクアに頼まれ、ワーウルフ達に渡すパンを焼いていた。今日ばかりは女騎士の鎧ではなく、メイドの様にエプロンドレスを着ての作業だ。
作っているのは保存の利くビスケットの様な堅焼きパンだ。ワーウルフは禿山に追いやられて、痩せた土地故に農業がままならない。なのにどういうわけか、なけなしの穀物を送ってきたのだ。
このままではワーウルフが飢えてしまう。そこで巫女であるハクアは穀物をパンにして返そうと考えたのだ。パンを作るには穀物のみならず卵や牛乳が必要なのだが、それを調達するには家畜を飼うしかない。だが、家畜の飼育には食べる以上に大量の穀物が必要だ。
ワーウルフ達が送ってきた穀物は麦。彼らは粉を引くこともせず、このまま炊いて食べる。石臼に必要な石も調達出来ない山なのだ。
「白の教団とは一体なんなんだ?」
エディが直面したのは、根本的な疑問であった。生地を捏ねながらハクアに聞いた。パラペラ城は白の教団と協力関係にあることは聞いていたが、詳しいことをエディは知らない。そういうのはシェード達が把握してくれるので自分でやる必要が無かったのだ。
モンスターやそのハーフを多く抱える教団。宗教関係の施設にしては、宗教的タブーを欠片も見せない町の雰囲気。全てが疑問だった。
「あら、今晩は丸焼きですね」
ハクアは匂いで、厨房の片隅で焼かれる肉や魚を発見する。野菜も蒸しているところだった。宗教にありがちな食物タブーもこの通り見当たらない。白の教団とは、どんな神を祀っているのか。
「私たちの神は、『ベル』という名です。弾圧される者を守ってくれる神なのです。他の神様と違って、あまり厳しい規則が無いのも特徴です」
「ベル……聞いたことくらいはあるけど」
エディも神話で名前くらい聞いたことはあった。慈愛の神、ベル。少数であることを理由に弾圧される者を守護する神。それに縋るのが、白の教団だ。
神の正体がわかったところで、エディはもっと深く入り込んだ質問をする。
「で、私は何のために連れて来られたの? 生贄?」
「生贄なんてとんでもない。数少ないルールとして、生贄は禁止されているのですよ」
ハクアは慌てて訂正する。どうやら、白の教団にとっては生贄という概念がタブーらしい。
「それじゃ、私を人質にして国の改宗を求めるのか?」
「それも禁止です。神は無理矢理信仰を返させることを禁止しています」
これもハクアによると禁止らしい。基本的に宗教戦争の種を自ら撒かない様にルールが定められているのか。
「では、私は何のために連れてこられた?」
「最近、あなたの周りでおかしなことがありませんでしたか? 急に自分が弱くなったとか、モンスターが強く感じたとか、会ったばかりの男性を好きになったとか」
エディの疑問に答えるため、ハクアは例を出していく。その例を聞いたエディはハッとなった。全てに心当たりがあるからだ。
「それって……」
最近、自分の魔法は確かに弱まった。それに、巨大化したポイズンスライム。あれも関係ありだったのだ。夙夜と会う以前からモンスターと戦っていたエディは、そのポイズンスライム以外にも奇妙なモンスターを目にしていた。
そして、決定的なのは夙夜。普通、覗き目的の与太者はとりあえず叩きのめすはずが、何故かそれをしなかった。それは初めて会う男にも関わらず、半裸を見られても構わないと思ってしまったからだ。そんな奇妙な話があるものか。男女問わず、知らない人に肌を晒すのは憚られるはずだ。
「私は一体どうしたというのだ?」
その奇妙さがハクアの話を信用する契機となった。
「とにかく、取り返しのつかないことになる前でよかった。あなたは防げないほど強力な魔法で操られていたんです」
ハクアがその理由を明かした。強力な魔法。それで夙夜に対する態度が寛容になっていたのと、魔法が弱体化させられていたというのか。エディは戸惑った。それほど強力な魔法を自覚させずにかける存在がいるというのか。
「これはベル様からのお告げです。『異世界より現れし者が、この世界を荒らす』と。私は巫女ですので、ベル様から世界を守る力の一部を借りてあなたにかけられた魅了と弱体化の魔法を解除しました。そして、あなたの元に現れた穿池夙夜こそ、私たちが住む世界とは別の世界、つまり異世界より現れし者です」
「そうなのか」
エディは事情を飲み込んだ。異世界というものがあり、夙夜はそこの侵略者なのだと理解した。後は簡単だ。敵さえわかれば、弱体化が解かれれば戦える。
「彼らが活躍するために、世界では不自然なことが起きています。本来なら他者の領域を犯すことを禁じている白の教団のビラがパラペラ城下に貼られていたのも、異世界から来たものが暴れるため、そしてこの世界の住人を引き裂くため……」
「なら、私が討とう。冷静に見て、あの与太者、何か特殊なアイテムに頼っていて本人の戦闘能力は低い、素人同然とみた」
エディが生地を机に叩きつけながら言うと、ハクアが止めた。
「あ、夙夜と戦おうとしないで」
「何? 弱体化は解かれた、問題は無いはずだ」
エディは不思議に思った。弱体化を解除したのなら憂いは無いはずだ。まだ何か、戦えない理由があるのだろうか。
「彼らはこちらの世界に彼らを呼んだ存在によって、ある特性を与えられているとベル様は告げていました。不自然に思いませんか? 素人同然の人間が弱体化したとはいえあなたが勝てないモンスターを倒せたのか。そして、都合よく敵の増援も無くあなたを無事助けられたのか」
ハクアの言うことに、エディは『特性』を見出す。イヴから聞いた話、夙夜は気を失った自分を担いで来たらしい。そこからエディは、素人が気絶した人間を抱えてモンスターと戦えない、つまり自分が倒れた場所から城まで何にも襲われなかった可能性を考えた。
「都合が良すぎないか?」
「それこそ特性。彼らは自分に都合がいいよう運命をねじ曲げる特性を与えられているみたいです。これもベル様からのお告げで、私も直面したことないんですけど。つまり、あなたが戦っても夙夜に都合がいいことが起きて事故って負けます」
エディはハクアの軽い言い方とは反対に戦慄した。実力ではなく、運で負ける可能性があるというのか。本当だとすれば恐ろしい特性だ。
「彼らには絶対勝利が約束されています。ベル様はこれを『主人公補正』と呼んでらっしゃいました」
「結構詳しく教えてくれるのね、ベル様」
神様というのは神話や物語からして、エディは曖昧なことしか教えてくれないと思っていた。ところがこのベル様。かなり詳しく教えてくれる。
当然といえば当然。世界の危機なのだから。物語でのお告げがボヤけたものばかりなのは、全部明かしたら面白くないからであり、面白い面白くないでお告げをするほどいい加減な神様はいない。
「お告げの方法が特殊だから、結構疲れちゃうのですよ。毎夜相手を探すのも大変ですし、皆さん『巫女様の相手なんて恐れ多い』って、している時もかなり遠慮気味ですし。お告げの内容も事細かに覚えないといけませんし」
「大変そうね……」
「条件さえ満たせば一人でも相手が男女どちらでもいいんですが、一人だとそこまでいけなくなってしまいまして」
巫女は巫女なりに苦労しているのだ。これも世界のため。
「で、私は結局何のために連れて来られたんだ? 魔法の解除のためか?」
「いいえ、さっきも言った主人公補正に対抗しうる者を呼ぶのにあなたが必要なんです」
エディは話を戻す。彼女がここに連れて来られたのには理由がある。夙夜に対抗しうる者、それを呼ぶのに必要なのだとか。エディは冗談めかして予想した。
「対抗か。それほど強い者が私のファンだとか?」
「ある意味正解です。夙夜達異世界から呼ばれた者に与えられた主人公補正は所詮作り物。だったら、私たちは本物の主人公を呼べばいいんです。それを呼ぶのに、あなたが必要なのです」
冗談のつもりが、かなり近いところを捉えてしまった様だ。エディは自分で言いながらも驚愕する。自分にそれほど強力な者を呼ぶ因子があるというのは、知るよしもなかったことなのだ。
ハクアはビスケットの生地を麺棒で伸ばして説明する。
「本物の主人公、ベル様は『人の名を背負う者』と呼んでました。私たちの世界にはいないらしく、それが夙夜を呼んだ黒幕がこの世界を狙った理由でもあります」
ハクアはビスケットの生地を切り分けて平にしながら、話を続けた。
「本物の主人公とやらが、私を求めているのか?」
「ベル様によると、違う世界のあなたを愛していたが、失ってしまった主人公みたいなんです。だから、あなたを今度こそ守りたいという後悔を手掛かりに召喚するんです」
エディは夙夜の件から、自分の住んでいるこの世界以外に、世界があることは聞いた。だが、その他の世界に自分がいるとはどういうことか。理解しかけた内容が、またよくわからなくなってしまった。
「待て待て、違う世界の私だと?」
「複数の世界は平行しています。つまり、同じ名前と外見を持つ人間がいて、その共通点こそ異世界間での召喚の手掛かりとなるのです」
エディは話の内容を整理する。この世界には夙夜達の様な主人公補正という『自分に都合のよいことを起こせる能力』を与えられた者に対抗できる人間がいない。そこで、ベルは夙夜達とは違い、初めから同じ能力を持つ『本物の主人公』、『人の名を背負いし者』を呼ぶことにした。そのためにエディが必要らしい。
「私の住むこの世界と夙夜の住んでいた世界以外にも世界は存在する。それらの世界は平行世界であるため、違う世界にも私が存在するということか。平行世界ってなんだ?」
「平行世界とは、共通する部分の多い世界を指す言葉です。歴史、文化、世界の中核を成す人物、それらが共通する世界を平行世界というのです」
エディには平行世界という概念が無かったため、理解を妨げていた。創作の進んだ世界ならば、一般的な概念ではある。ハクアは噛み砕いて説明しておいた。
「近い世界になると、辿る結末が違うだけでほぼ同じ、なんて世界もあります」
「なるほど。で、その平行世界の私はある者に愛されていたが死んだと。そして、その者の後悔とこの世界の私を結び付けて召喚するのだな」
エディにも段々事情が理解できた。
「召喚は準備中ですが、もうすぐ整います。それまでに夙夜が攻め込まなければいいんですが……」
ハクアの言葉に、エディも納得した。自分に都合のいいことを起こす能力。つまり、奴の目の前では念入りに準備した確実な召喚すら奴に都合が悪いという理由だけで失敗しかねない。なるべく影響の少ない段階で行うのが吉だ。
「そうだな、奴の能力を鑑みるに、『ちょうど召喚の儀式の準備が出来た段階』で攻め込むことに成功しそうだ。防衛の準備はしよう。その時、儀式に一番近いのは私だろう」
エディは夙夜の襲撃に備え、準備をすることにした。だが、まだハクアの話を全て信じたわけではない。夙夜とハクアならどちらかと言えば協力関係にある組織の代表ということで、ハクアを信じるだけのことだ。
エディが鎧を纏い、儀式の場所に来た。儀式が行われるのは、本部中央の地下祭壇である。広い空間にポツンと置かれた神の石像。床一面には複雑な魔方陣が描かれていた。一面大理石の空間は白く、ロウソク数本の明かりでも眩しいくらいだった。
ハクアは巫女の装束である白いローブに身を包んでいた。エディはなるべく早く、その英雄を召喚して彼と意思疎通を図りたかった。準備を急ピッチで進め、さっさと召喚することになった。
「すまない、ハクア。貴女には負担を強いる」
「いえ、考えてもみればよく知らない人に背中は預けられませんもんね。あなたの意向を汲みます」
魔方陣は既に完成。あとは召喚するだけだ。モンスター達が神の像に魔力を貯めていた。鰤の半魚人や蛇の尾を持つ亀など、エディも知る強力なモンスター達がいた。
「ブリーストにシェンカク、知能の高いモンスター達か」
「彼らは人間を襲うモンスターではありません。意思が通じれば、手を借りることができます」
エディは、人間の扱う魔法がモンスターからもたらされたという学説を思い出す。トンデモ学説と非難されるそれだが、実は単に人間至上主義が蔓延した学府の都合で否定されているだけとシェードは言っていた。
「さあ、召喚を始めましょう。前倒ししたのにちょうど良く夙夜が現れる可能性があります。警備は既に厳重です」
ハクアが儀式の準備に取り掛かった。エディは半信半疑であった。この儀式が成功したら世界が滅ぶと言われてもまだ信じられるくらいには。この位置は守るのも阻止するのも都合がいい。
ハクアが嘘を吐いているようには見えないが、宗教が絡むと本気で危ないことをやらかす連中もいる。エディはそういう意味でも儀式を見極める必要があった。
「我、現世を救いし守り主の住まう帳を叩かん」
緊張感の面持ちでエディが召喚を見守る。ハクアが魔方陣の中央で呪文の一節を読み始めた時、ブリーストの一人が慌てて祭壇に入ってきた。
ビックリしたハクアは詠唱を打ち切られた。
「大変です! 夙夜が来ました!」
「ひゃい! ……そうですか。無理をしない様に迎撃して下さい!」
夙夜による襲撃の知らせを受け、ハクアは迎撃の指示を出した。エディは情報を集め、戦況を確認する。
「状況は?」
「攻め込んできたのは夙夜とあなたの部下であるシェードさん、そしてワーウルフの村の娘です」
シェードが来た、という事実にエディはことの重大さを感じる。あの聡い男が協力関係にある白の教団に攻め入るなど、何かに操られているとしか思えない。
白の教団はエディの知る限り、帝国に刃向かった覚えは無い。そもそもシェードが賢いとエディが思うのは、敵の本拠地をこんな少人数で攻めようなど考えたりしない男だからなのだ。自分が知らない裏切り行為を白の教団が働いているとしても、切り込み隊長でもないシェードがたった三人で攻め込むなどあり得ないのだ。
「シェード、やはり操られて……」
あの男らしからぬ行動が、エディにハクアを信用させた。半信半疑から完信零疑くらいに傾く。突拍子も無い話さえ、信頼する部下の奇行と自分に起きた出来事があれば、信じるしかなあ。
ハクアは魔方陣の中心で何かの呪文を再び唱えている。
「わ、我、現世を救いし守り主の住まう帳を叩かん。竜の星を囲う三つの……間違えた、ええっと」
ハクアは完全にテンパって呪文を間違えた。すっかり半泣きである。エディはハラハラしながら顛末を見守り、ハクアを疑ったことを恥じた。こんな巫女に世界を滅せるものか。
「落ち着いて」
「あ、はい。えっと、星はネクロフィアダークネス、アトランティックオーシャン、ギアテイクメカニクル、あと一つは……ネイチャーフォートレス!」
なんとか呪文を思い出し、ハクアは詠唱を再開する。これが巫女でいいのか、エディは不安になった。元々タブーも少ない教団だ。決まった祭礼とかも無いのかもしれない。
「我、現世を救いし守り主の住まう帳を叩かん。竜の星を囲う四方の輝きよ、眠りを解き給え。母なる海に溺れし星の青、人智に硬められし星の赤、調和を図りし星の緑、今暗黒の星に明星となりて英雄の導とならん」
魔方陣が赤、緑、青に輝き出す。これは行ける。エディはそう思ったが、ハクアがヘマしない様に黙って見ていることにした。
「導は白き巫女への道となり、救世への旅路とならん」
ハクアも詠唱が終盤になるにつれて、心臓が痛いほど高鳴った。失敗は出来ない。重責に慣れていない彼女には、荷が重い仕事だった。
「今、呼び醒ませ。紅き瞳の、双刃の麗しき剣聖よ!」
「エディ!」
詠唱が終わりかけたところで、祭壇に夙夜達が突入してきた。夙夜は『龍の翼』の予測能力で現在行われている儀式の危険性を即座に察知する。
『危険度:測定不能』
「マズイ、何やらかす気だ!」
夙夜が魔方陣を睨む。シェードとレイカが妨害を試みるが、その必要は無かった。
「大召喚、『ワールドトランザ……」
ガリッと、ハッキリ舌を噛む音が聞こえた。慌て過ぎてハクアは噛んでしまったのだ。魔方陣から輝きが失われ、召喚は失敗に終わった。
「ハクア、すぐにもう一度!」
「し、舌が……ごめんなさい」
エディが発破をかけたが、ハクアは泣きながら取り乱していた。敵が目の前にいる中、何度も呪文を間違えて心がすっかり折れていた。
ハクアが口を押さえて悶絶していると、彼女の足元に爆撃が加えられた。夙夜の龍の翼による攻撃だ。
「ハクア! こいつ、非戦闘員に!」
エディが転倒したハクアに近寄ると、彼女は泡を吹いて気絶していた。エディは例え戦術の要とはいえ、非戦闘員を攻撃する行為を好まなかった。無力化にこの様な爆撃はやり過ぎである。少し手元が狂えば、ハクアを傷付けていた。
「さすがは、夙夜というところか」
「やりますね」
シェードとレイカが夙夜の攻撃を絶賛する。エディはレイカを知らないが、あくまでもプロの兵士であるシェードが素人の夙夜を、しかもこの様な危険行為を褒めるなど彼女には信じられなかった。
寒気がする。目の前のシェードが彼女の知るシェードでは無い気がしていた。ハクアの話したことは本当なのだ。出来れば自分の頭がおかしいのだと思いたかった。
「シェード、貴方……」
よく知る部下さえ、人が変わった様だ。誰が夙夜を呼び、こんなことをしているのか。とにかく、今はハクアの意思を遂げねばならない。
こうなったら、数回聞いただけの呪文だが自分でやるしかない。エディは覚悟を決めた。
「我、現世を救いし守り主の住まう帳を叩かん。竜の星を囲う四方の輝きよ、眠りを解き給え。母なる海に溺れし星の青、人智に硬められし星の赤、調和を図りし星の緑、今暗黒の星に明星となりて英雄の導とならん。導は白き巫女への道となり、救世への旅路とならん。今、呼び醒ませ。紅き瞳の、双刃の麗しき剣聖よ」
ここまで噛まずに言えたが、魔方陣は反応しない。よく見ると、魔方陣は先ほどの爆撃で損傷していた。
「クソッ! これではなんともできん!」
「巫女様! 大丈夫ですか?」
音を聞きつけたのか、歯噛みするエディの下に教団スタッフが駆け付けた。教団では数少ない人間のスタッフだ。
「あいつら!」
「あれが魔法を教えた黒幕か。巫女を連れていかれる前に倒すぞ!」
夙夜がスタッフを目で追い、シェードは攻撃を続行しようとする。このままでは、彼は自身の主義に反する殺人をしてしまう。エディは何としても止めなければならなかった。
「やめろシェード! 非戦闘員を巻き込むのがお前のやり方だったのか!」
シェードはハクアを拾うスタッフ達に斬りかかる。エディは葛藤した。仲間を攻撃しなければ、仲間を守ることが出来ない。命の危機ではなく、主義の危機という分かりずらいもの故、槍に迷いが出る。
一方のシェードは本来の彼ならば躊躇うはずの行為も迷わず行う。
「やめろぉっ!」
シェードの剣がスタッフに迫る。エディは彼女なりに精いっぱい叫んだ。その時、破損した筈の魔法陣が紅く光った。
「なんだ?」
「馬鹿な、魔法陣は壊したはず!」
夙夜とシェードが本能的に危機感を感じて撤退する。魔法陣は煌々と燃え上がり、その中から小さな影が出現した。
「ハクア! 渡すか!」
どさくさに紛れてハクアを避難させたスタッフを、夙夜が追う。その時、魔法陣から現れた影が彼に飛びかかる。
『危険度:不明』
「こいつ!」
邪魔された夙夜は影に向き合う。影は黒い炎を纏っており、手にした剣でそれを振り払った。
「ナンセンスだな!」
中から現れたのは、小柄な少女だった。腰の下まで伸ばした黒髪に紅い瞳、アホ毛が何かを探知してピクピク動いている。白いシャツの上から黒いパーカーを羽織り、赤いチェックのプリーツスカートを穿いているという、夙夜のいた世界から来た様な服装であった。
顔立ちはあどけなさが残りつつも整った美少女だが、表情は硬い。
背負っているのは、剣である。鞘が二本分背負われているが、一本は既に少女の手に収まっている。
「うーむ」
少女はアホ毛を動かして、状況をリサーチする。彼女の視界には、夙夜の予知能力と同様に情報が映し出される。
『エネミー1:学ラン。剣士。プレイヤー?』
『エネミー2:兵士。敵NPCか』
『魔法陣:用途不明』
『場所:不明』
彼女がエディを視界に入れた時、反応が一気に変わった。
「え、エディ? 何でエディが?」
『エディ・R・ルーベイ:一致度63%』
「私の名前を知っているのか?」
エディはそこで、ハクアが英雄の召喚にエディが必要だと言っていたのを思い出す。魔法陣から出てきた、ということは、この少女は異世界から来た存在。その異世界には自分と同じ名前で外見の人がいて、この少女と顔見知りなのだろう。だから、エディを召喚の依り代に必要とした。
「ええい、巫女が逃げてしまった! とりあえず、エディの洗脳だけ解くぞ!」
夙夜がエディに向き直る。少女はエディとシェード達を視界に収め、またアホ毛を揺らした。
『エディ:バフスキル無し』
『エネミー2:魔法使用』
『エネミー3:魔法使用』
「おい、洗脳されてんのはお前のパーティーメンバーだろ?」
彼女には、魔法の痕跡が見えるのだ。夙夜にそれを伝えるが、彼は聞く耳を持たない。
「馬鹿な! 俺の仲間の方が洗脳されているってのか!」
「おうよ。ほい」
少女が何かの瓶をシェードとレイカに投げる。それは彼らにぶつかるなり、青い光になって消えた。すると、シェード達の様子が変わる。
「あれ? エディ、俺は何でこんなとこに?」
「私は一体……あ、そんな……」
なにやら、夢から覚めたかの様な反応であった。レイカは、夙夜に対して怒りの表情を向けていた。当然だ。夙夜は彼女の仲間を殺したのだから。
「魔法が解けた……?」
「そういうアイテムだからな。何となく魔法にかかっているって、エディの反応で予想出来た」
少女は夙夜の前に立つ。夙夜が洗脳されていると思っているエディに攻撃する。
「エディ、君はそいつに操られているんだ!」
「させるか!」
それを防ぐ様にレイカは夙夜に向かって攻撃を仕掛けた。夙夜の強さを目の当たりにした彼女ではあるが、怒りでそんなことを忘れていた。
「貴様! 仲間の仇だ!」
「くっ、レイカも操られた!」
レイカの攻撃の軌道が、夙夜には見える。それを回避して反撃を叩き込もうとした時、少女が割り込んで二人を止める。
「待て、こいつは俺がやる。この、直江遊人、いや、墨炎がな!」
少女は直江遊人、または墨炎と名乗る。この世界に呼ばれた英雄、墨炎の初陣が始まろうとしていた。
墨炎
直江遊人
『ドラゴンプラネット』第一部及び『ドラゴンプラネット2』の主人公。本当は男だが、ゲーム中のアバターが少女の姿をした墨炎。
フルダイブゲーム、ドラゴンプラネットオンラインで激闘を繰り広げた『人の名を背負いし者』。進化した人類『インフィニティ』でもあり、無意識化で膨大なデータを収集参照する観察能力『観察眼』を有する。