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椎野 修学旅行

正直、ちょっと浮かれていた。


うちの高校には姉妹校が国内外にたくさんあって、修学旅行の際にはその姉妹校を拠点として回るのが定例となっている。

今回は生徒会の提案で、イタリアとイギリスの姉妹校を回ることになった。

当然ながら管理運営は生徒会に任され、現地管理の為に副会長の雨宮先輩が特別引率として参加している。


希望が無事通って、あたしはイタリアに行くことができた。

部活の皆から町並みがとても綺麗だと聞いていたから、すごく楽しみだったし。

…誰にも言ってないけれど、ヒロトと一緒のメンバーになれたから嬉しくて。


二人で夕焼けの町並みを見れたら、今度こそ…想いを言える気がする。

そんな一大決心をこっそりと自分の中で決めた。


なのに、またいなくなった。


「もー!どこに行ったのよっ!」


ヒロトがいないと気付いたのは、昼食をとった後。

班の集合時間を過ぎても現れない。

元々自由気ままで団体行動に向いていない気性だけれど、今回は海外。

班長としてもさすがに探さないわけにはいかなかった。

というか、いつの間にかヒロトを探すのはいつもあたしの役目。

先生までもヒロトがいないのをあたしに報告してくる。まぁ幽霊部員ではあるけど、一応同じ水泳部だし…。

ただ、クラスの女子から聞くと、ヒロトは赤毛で長身なのも手伝って、睨まれるとかなり怖い…らしい。

男子からも一目置かれている。まぁ運動神経は良いからかな。

とはいえ、あたしの前のヒロトは普通の男子と大差ないから、怖いなんて思ったことはない。

だから周りからヒロトのことで頼られるのは、なんだか特別感があって勝手に嬉しい。


そんなことより……


「ここどこぉ……?」


海外では携帯も使えない。

かつ、慣れない場所を歩き回ったのがいけなかったみたい。


「もうっ!あたしが迷子になっちゃったじゃないのよっ、ヒロトのバカッ」


八つ当たり。

遺跡や寺院が隣接する観光場所から離れ、人通りの少ない裏町に入ってしまった。

人に聞こうとしても、まず言葉が分からない。

完全にお手上げ。


どうしよう…まさか海外に置いていかれるってことはないだろうけど…。

ため息が止まらない。

ぐるぐると頭に嫌な予感が巡っていく。


この異国でたった一人な気がした。


ふと上を見ると、海側を向いた高台があった。


「あの高台に行けば通りがわかるかも…」


捜し回ってから一時間。

あたしの額にうっすら汗が浮かぶ。

慌てて走っていたので、角を横切る男たちに気付かず、勢いよくぶつかってしまった。


「きゃっ…ごめんなさ…」


思わず顔が引きつる。

尻餅をついたあたしの前に立っていたのは、いかにも悪そうな雰囲気の男三人組。

しかもあたしがぶつかったせいでか、一人の男の胸にはジェラートがひっついていた。


「…げっ…」


案の定、男はあたしを睨み付けて何やら叫んでいた。

言葉が分からなくても、眼光が鋭くなっていく男たちを見れば状況は読める。


なにやら叫びなから、がしりと腕を掴まれた。


「うわ、え、やばい。

ご、ごめんなさい…わ、えとっ」


危険を直感するが、不安と恐怖で言葉が出ない。


どうしよう…どうしよう…


こわい、たすけて、誰か…誰か。


「…ひ……ヒロト…」


ぎゃあ、と叫び声。


目を開けるとあたしの腕を掴んでいた男が、鼻を両手で抑えていた。


「…逃げるぞ」


顔を上げると、ヒロトがいた。

あたしの手を引き、路地裏を走り回り、階段を上がる。

あたしが眺めていた高台に、いつの間にか上がってきていた。


「ここまでくりゃ大丈夫だろ…椎野、怪我は……」


「ばかっ!」


つないだ手を振りほどく。

荒い息を落ち着かせる暇もないほど、あたしは動揺していた。


「どこ行ってたのよっ!

いつも…いつも急に、どっか行っちゃって…」


涙がぼろぼろ頬を伝う。

ヒロトは驚いていたけど、小さくごめんと返した。

見たことない真剣な顔で。


「めっちゃ…びっくりして…怖かった…」


「…悪い」


ぽん、と頭を撫でる。

気持ちが落ち着くまで、ヒロトは黙って傍にいてくれた。

ずっとあたしの手を握って、どこにも行かなかった。


「椎野、あれ」


優しく呟くように言う。

高台から見下ろしたイタリアの町並みは綺麗だった。

紅い夕日が山肌に建つ家々を照らし、海の色も紅く染めている。


「…………きれい……」


「…だな」


微笑んでしまう。

見たかった町並みを、一緒に見ることができたから。


いつもの校内では見れない、ヒロトの穏やかな横顔。


感じる、指の温かさ。


「少し、落ち着いてきたか?」


濡れた頬に触れる指先まで、夕日で紅い。

ヒロトはあたしの目を覗き込みながら言う。


「…うん、ありがとう。

もう帰ろっか。ここからなら通りが分かるから…」


手を離そうとしたあたしの指を、強く握るヒロト。


「……ヒロト?」


紅い。

夕日のせいなのか、それとも。


「…いいじゃん、このままで」


「え、でももう大丈夫…」


「うるせぇ、行くぞ」


そのまま、手を繋いで歩く。

穏やかで優しい風が、火照っていくあたしの頬を冷ましていった。


「ここにいましたか」


高台の下には、いつの間にか雨宮先輩が立っていた。

確か雨宮先輩はイタリアの管轄だったはず。

さすがに引率の先輩に迷惑をかけてしまったようだ。

その顔はいつもより不機嫌そう…どんな時でも軽く含むような笑みをしているのに。


「楽しそうなところに水を差しますが、君たちには罰を受けてもらいます」


「は?なんでだよ。

俺はただ…」


「ほう。僕に口答えした罰を君には追加しましょう。

早く来なさい、帰りますよ」


有無を言わさぬ威圧感。

ヒロトもさすがにこれ以上抵抗せず、黙って雨宮先輩の後をついていった。


「なんであんな怒ってんだよ…」


「雨宮先輩がイタリア管理だからだよ…」



皆から後で聞いたことだけれど、


戻ってきたヒロトが、あたしがいなくなったのを聞いて血相変えて走りだしたらしい。


あんな顔のヒロトは見たことない…それくらい焦っていたと。

それに、



……あれからヒロトは、一度もあたしの横を離れなかった。

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