ミナミ 文化祭
イベントにはなにかとトラブルが起こる。
それは準備期間に起こることが一番、多い。
……そう言っていた先輩たちの言葉を実感した。
「何言ってんのよ、門脇くん!
仮装パーティーなんて前例ないから先生からの賛成が得られるか分からないし、花火も近隣から苦情きたらどう対処するの!」
「だからさミナミ、花火は長谷川先生も同意していただいてるし、近隣にも説明すれば分かってくれるよ!
仮装はハロウィン近いし、基準を決めれば大丈夫だろ!」
「でも、その格好で校外に出て、ばか騒ぎしたらどうするの?」
私と門脇くんの言い合いを、後輩の実行委員達は黙って見守っていた。
たぶん驚いているんだと思う。
私と門脇くんはイベント委員会での『二年最強タッグ』と言われていて、息の合ったペアだったから。
その二人の初めての激しい対立。
発端は、後夜祭のイベントプログラムについて。
毎年参加条件に工夫を凝らしていて、今年は仮装と花火がしたい、という生徒の案が上がったのだ。
前例のないことだったけど、面白そうと門脇くんが採用しようとした。
個人的には大賛成だけど…仮装や花火はやりすぎだと思った。
でも、こんなに白熱してしまうなんて…。
普段なら門脇くんもどこかで折れてくれるのに、今回ばかりは折れないし。
強情な門脇くんに勝手に苛立って、私もつい反論してしまう。
「この案は絶対大丈夫だって!
俺に任せておけば大丈夫だよ!
そうだろ、みんな!」
「待ってよ、絶対大丈夫って、どうして言い切れるの?
いつも最悪の事も含めて考えてきたじゃない!」
「だからっ…、そんなのやってみなきゃ分からないだろっ!
ミナミは黙って見てろよっ!」
さすがに苛立ったのか怒鳴る門脇くん。
そんな言い方に、私もかっと、頭に血が上る。
「じゃあもう勝手にしなさいよ!」
たまらず私は席を立って、集まっていた教室から飛び出してしまった。
逃げるように走って、教室に飛び込んだ。
下校時刻は過ぎてるから、誰もいない。
…良かった。
荒い息のまま、たまらず廊下で泣いてしまう。
「あんな言い方……っ!」
…分かってる。皆がやりたいってことも。
花火だって、文化祭最終日の父母が同席した後なら住民の理解も得やすいだろう。
仮装だって、なんだか楽しそう。
でも、…私の意見は聞き入れてくれないの?
…つくづく自分の真面目さが嫌になる。
そもそも、もっと言い方を選べばよかった。
せっかく皆が出してくれた案なのに…個人的な気持ちで左右して…。
でも、…『黙って見てろ』なんて…。
がら、と扉が開く音。
思わず窓の方に顔を向けた。
誰にも見られたくない。慌てて頬をぬぐうけど、涙は溢れてくるばかり。
でも足音は近づいてくる。足音は私の前でぴたり、と止まった。
「……ごめん、ミナミ…俺の言い方、良くなかった」
思わず振り返る。門脇くんだった。
泣いてる私を見て、さらに悲しそうな顔をした。
「でも、さ…あの案は……準備を練ればきっとできるはずだ。
俺個人的にも、やりたいし…
だからつい…ごめん」
私の頬に手を伸ばして、門脇くんは優しく涙を拭った。
そして、柔らかい笑顔で私に言う。
「もー、俺一人じゃ絶対無理だ。
皆をまとめることすらできないんだから。
誰かさんがいないと、ぜーんぜんできる気がしない」
だからお願いします。
そう言って、彼は深く頭を下げた。
その言葉で、私はもっと泣いてしまったけれど。
申し訳なさと、嬉しさで。
あれから皆で練りに練った文化祭のプログラムは無事生徒会へ提出されて、開催許可がおりた。
『毎年恒例のベストカップル賞は、このお二人でしたー!』
実行委員の一人がはりきって、最後のイベントを盛り上げている。
私と門脇くんの仕事ももうすぐ終わり。
この後は後夜祭が残ってるけど、委員会最後の文化祭。
門脇くんは生徒会の役員も兼任しているから、何らかの形でまたイベントには携われるけど。
基本的に三年目からは委員会には属さないので、これで卒業。
楽しかったけど…名残惜しい。
そんな思いを噛み締めながら、実行委員会代表として壇上に上がり、ベストカップルの二人に景品を渡す。
門脇くんも生徒会関係者代表として、景品を渡した。
『ありがとうございました!
……さて、今回の特別賞に参りましょう!』
台本にはない。
ベストカップルの二人が壇上からおりて、私と門脇くんだけが残る。
門脇くんはにこにこと笑うだけ。
困惑しているのは私だけだ。
『この素晴らしい文化祭をまとめてきた、ベストタッグに!
特別賞でーす!
おめでとうございますー!』
「………え」
歓声が上がる。私の隣にいる門脇くんは、少し困ったように微笑んでいた。
「驚いた?
皆で考えてたんだよ。
ミナミの最後の文化祭だから、後夜祭楽しんでもらおうって。
…ま、俺も含めてくれるとは思ってなかったけど」
他の実行委員が笑顔で景品を持ってきた。
その景品は……
「お二人は文化祭の功労者です。
後夜祭管理は俺たちに任せてください!
必ず先輩たちを楽しませるんで!」
手渡されたのは、衣装だった。
「…つまり、参加権ってこと?」
私が衣装の入った紙袋を見て呟くと、門脇くんは私の手を取る。
「当然、後夜祭は俺と一緒に過ごすよな?
俺たち、ベストタッグなんだからさ」
まだ、一緒にいれる。
門脇くんの言葉に、胸が熱くなる。
「…よろしくお願いします」
私は嬉しくて、なんだか泣きそうになった。
「俺の方こそ」
日が傾きはじめ、緋色に空が染まる。
二人の時間がいま、始まった。
『……………仮装が俺の案だってことは、永遠に伏せとかないとな』
彼は言葉を胸にしまう。
仮装した可愛い姿が見たかったから、なんて理由…真面目な彼女が怒ること間違いなしだから。