椎野 文化祭
「……あれ、ヒロトは?」
もう後夜祭のキャンプファイアは始まっていた。
今年の参加条件は、仮装すること。
衣装は後夜祭実行委員から受け取る。
もうみんなすでに衣装を着て、それぞれ校庭に集まりはじめてる。
………ヒロト以外。
出し物の屋台もサボろうとしてたから、きっと後夜祭も高みの見物をしてるに違いない。
ただでさえ授業もサボりがちなんだから、また担任の浦川から怒鳴られるだろう。
…しょうがないな。
階段を上がり、教室を覗き込んでいく。
体育館の裏にもいなかったけれど、まさか三年目のクラスにはいないだろうし。
……必至だなぁ、あたし。
それは委員長という立場上、彼が気になるというのもある。
でもそれだけじゃなく、ヒロトをいつも探してしまっている自分がいた。
いまみたいに、必至で。
………なんでだろう。
「あ、榊会長!」
ちょうど三階の階段を降りるところに、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「やっぱ椎野か」
仮装してるから雰囲気はだいぶ違うけれど。
あたしが走り寄ると、会長はいつもより楽しそうに笑っていた。
「あの、」
「いや、あいつだろ?
屋上で待ってたみてーだから、早く行ってやんな」
聞く前に会長は、ヒロトがいることを教えてくれた。
「え、待ってたって…約束してないですけど?」
「椎野が追っかけてくるって分かってんだよ。
照れ屋さんだからさ。
…あいつもどこにいんだろーなー……
んじゃ、ごゆっくり」
ひらひらと手を振って、そのまま廊下を歩いていく会長。
会長というのは、あだ名ではなく生徒会長の略。
あだ名で『王様』と呼ばれる変わり者。
一個下のヒロトとはなんだかんだ言ってよく一緒にいるから、仲が良い。
…捕まえて遊んでるってのもあるけれど。
それより、待ってるって………屋上で?
ヒロトが?
疑問を抱きつつ、屋上の階段を上る。
がちゃ、と乾いた金属の音が異様に響いた。
空は青紫。
夜が夕日を完全に押し退けて、一番星がいよいよ瞬こうとしている。
「…おせーよ、椎野」
目の前に、夕日みたいに赤い髪の彼が寝そべっていた。
あたしは黙ってその横に座る。
「…約束してないですけど?
片付けサボってると、浦川先生からまた呼び出しされちゃうよ?」
「あー、教室にいると……うるせーから。
後夜祭だろ、これから」
後夜祭に誘われるというのは、暗黙の告白を含んでいる。
ヒロトはモテるから。
髪の毛赤く染めてても、サボり魔でも、不良っぽくても。
…優しい、から。
ちくりと胸を指す痛み。
音が聞こえればいいのに。
「ふぅん…モテるねー」
「どーだか。でも、
オレのこと見つけられんのは……一人しかいねーよ」
沈黙。
「…………誰よそれ」
いい加減苛立ってしまう。
むっとした顔を抑えられず、唇を尖らせていたら
ヒロトは顔を腕で隠して、何故かため息を吐いていた。
「ぜんぜん伝わってねー……くそ、あの野郎……」
「は?!なにが?!」
「…椎野さぁ」
どん。
痺れるような、強い音。
校庭から上がる打ち上げ花火だった。屋上だとかなり近くで聞こえる。
「キレー……」
思わず二人で固まってしまう。
どん。
夜空に光の花が浮かんでいた。
「なんか…よかった、こーやってヒロトと花火一緒に見れて」
嬉しくって、つい頬がゆるんでしまう。笑顔でヒロトにそう言ったら、舌打ちされた。
「なんで舌打ちすんのよ!」
「……うっせ、カタブツ」
どん。
屋上の特等席。二人だけの、空。
ヒロトはあたしの横で、少しだけ、嬉しそうに笑っていた。