ユキノ 文化祭
キャンプファイアを灯す後夜祭には、暗黙の約束として必ずカップル同士で過ごす。
それは男子から、あるいは女子から、異性を誘う恒例イベント…
…らしい。
高校に入学したときから、それとなく聞いていたイベント。
なにも知らなかった一年目は、面倒だったから帰って寝ていたけど。
今回は…参加してみたいと思った。
去年カナエが、行きたかったなって言ってたから。
まぁ、一回くらい行ってみてもいいのかも。
つまらなければ帰ればいいし。
「とはいえ…」
あたしは少し気恥ずかしかった。
カナエを誘うってことは、少なからず色眼鏡で見られる…かもしれないから。
ぼんやりしてて、のんびりしてても、カナエは男だ。
こういうとき、幼なじみっていう肩書きは邪魔だ。
なんとなく一緒にいることが、急に恥ずかしくなる。カナエはどう思ってるんだか分からないけど…。
教室の後片付けをしながら、あたしはため息を吐く。
周りの女子は次に声をかけられるのは自分じゃないか、とそわそわしている。…あたしには無縁だ。
カナエの姿も見当たらない。
もしかしたら誰かに声をかけられたのかも。
ぼーっとしてるから後夜祭の約束でもしちゃったかも。
……そう思うと、ため息が止まらない。
「なぁ、あんた、二組のユキノっしょ?
今いいか?」
声に顔を上げる。知らない男子。
男子の後ろから複数の男たちが、面白そうにあたしとのやり取りを見ている。
どこであたしの名前を聞いたんだろう?
出し物の喫茶店で、色んな生徒を見たから名乗ったのかもしれないけど、そんなのいちいち覚えてない。
「後夜祭さぁ、オレと一緒に過ごさねえ?
まだ独りなんだろ?」
……は?
あたしは目の前の男子から視線を外す。
「……なんであんたと?」
顔を背ける。
男たちがなにやら楽しそうにげらげらと笑っている。
気持ち悪い。
誰だか分からないし。
「うわ、噂通りの雪女ー。な、いーから行こうぜ!」
急に手をつかむ見知らぬその男子。
…さわんないでよ。
怒鳴ろうとした時、あたしの後ろから声がした。
「……ユキノ」
振り返る。
気弱そうな声を必至で強くして。
頬を真っ赤にして。
立っていたのは、カナエだった。
「あー?なんだよお前?」
普段のぼーっとした態度から想像もつかない、必死な顔。
カナエは黙ってあたしの手を掴んで、そのまま教室を出て廊下を走った。
男子は後ろから何か叫んでいるが、みるみる聞こえなくなる。
あたしはカナエに引っ張られるように走っていく。
校庭まで出て、誰かとカナエがぶつかった。
「…ってーな!
あ?なんだよカナエじゃん」
相手は『王様』の榊先輩だった。
変なあだ名なのは、生徒会長だから。
でもやっぱり少し普通の生徒と違う雰囲気。
カナエによく声をかけてくれる、明るい先輩。
「ちょーどいいや、俺様の妹分を捜してるんだけど……って、なになに!
どういう状況なわけ?」
肩をさすりながらいつものように話そうとしたみたいだけど、あたしと手を繋いでるのを見て驚いてる。
にやにやしながら、あたしとカナエを交互に見ていた。
いつも一緒にいるのを見られてはいるけど、この状態はさすがに恥ずかしい。
あたしが黙って俯いていると、カナエがぎゅっと手を強く握った。
「こ…………………こ、後夜祭、だからっ」
「ん?」
精一杯だったらしい。
カナエはそう言って、また走りだした。あたしの手を握りながら。
『後夜祭だから。』
走ってるからどきどきしてるのか、カナエの言葉にどきどきしてるのか分からない。
『後夜祭だから。』
…………だから、何よ。
あたしの手を握って走るのに疲れて、こいつが立ち止まったら。
その先の言葉を問い詰めてやろう。
それまでは、
…一緒にその手を繋いでてあげる。