門脇 体育祭
「門脇、次の競技の機材運ぶの手伝ってくれねーか?」
「ねぇ!赤組がまた喧嘩してんだけど!」
「門脇先輩ー!
会長がパン食い競争したいって無茶苦茶言ってるんですよぉ…」
体育祭の総指揮をとるのは、本来生徒会会長の榊。
だが彼は競技に参加して自分の部隊を優勝させて、天下を獲るんだ!と相変わらずやりたい放題。
頼みの副会長の雨宮は、臨時で放送の総指揮をとっている。
なので、榊の無茶苦茶をなんとかするのは門脇の役回りだった。
会計兼イベント委員の彼が一番面倒な裏方を担当している。
「わかった!すぐ行く!」
当の本人は全く嫌がる素振りも見せず、むしろ精力的に飛び回っていた。
彼は誰かが困っているのを黙って見過ごせないのだ。自分のことよりも、第一に誰かのために動く。
「あ、門脇くん。
体育倉庫からフラッグ探してきてくれない?
たぶん一箱あったと思うから」
「わかりました!」
先生に言われ、体育館の横にあるプレハブに走る門脇。
「そーいえば、去年も同じことしてたなぁ」
門脇は部活動に属していないため(生徒会が忙しすぎて入れない)、この備品室であるプレハブに入ることはない。
だが、過去に入ったことがあることを思い出した。
初めての体育祭企画で、同じように奔走してた時。
備品室に野球ボールを取りに行ったことがあった。
初めて中に入り、電気をつけながら暗がりを進んでいくと、目当ての部屋の電気が付いていた。
――中を覗くと、誰かが棚に手を伸ばしている。
背を向けているので、良く分からない。
見ると、使わなくなった木箱に乗って、棚の上にあるストップウォッチの箱を取ろうとしている。
しかし木箱から、きしむ音がした。
「っ、あぶない!」
門脇は慌てて駆け寄った。同時に木箱が壊れ、彼女はバランスを崩した。
「きゃあっ」
あと一瞬遅ければ、落ちてきたストップウォッチの箱に当たっていただろう。
「いつつ……大丈夫か?」
女生徒を庇い、身を挺して盾になった門脇は背中をさする。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
彼女の顔を見て、記憶を手繰る。
見たことのある顔…すぐにイベント委員と気付いた。
「いや、平気だよ、たいしたことない。
無事で良かった」
心底安心したように笑顔を向ける。彼女もつられて笑ってしまう。
「はい、ストップウォッチ。
えっと、確かイベント委員のミナミさんだったよね?
合ってる?」
「え?……あ、うん。
でも、あたしの名前、なんで知ってるの?」
がさがさと倉庫を探し周りながら、当然でしょーと言う。
「これでも生徒会役員だから!
って言いたいとこだけど、会議の時に出席してたっしょ?
名簿で見たけど、ミナミって名前珍しいよなー」
彼女は口を開けて驚いていた。
なんてことないように言っているが、体育祭の時に挨拶したのはイベント委員だけではない。
三十人は超える人数の中で会議は行われた。
名簿で見たと言うが、さらりと見ただけではとても覚えきれない。
この能力ゆえに、門脇は生徒会で役員を任されているのだ。
「あ、あたしも…知ってるわ。
門脇くん、だったよね?
生徒会役員の…」
彼女の頬がほんのり紅くなる。
が、門脇は彼女を背にしているので、その事に気付かない。
「お、嬉しいなぁ、覚えてくれてたんだ!
いや、会長の榊とか雨宮とかは、目立つから俺が霞んじゃうんだけどねー。
……んー、どこだ野球ボール…?」
「あ、あたしも探すよ!
備品整理は生徒会じゃなくて、イベント委員の役割でもあるし…」
「いいんだよ、俺が頼まれたんだし」
彼の笑顔は屈託ない。
嫌な仕事だとか、面倒だとか、全く思ってないのだ。
イベント委員は生徒会と共同で組むが、決定権がないので言ってしまえば生徒会の雑用係のようなものだ。
だから、そんな些末な仕事を本来であれば彼が請け負うことはない。
「でも…生徒会の仕事もあるのに…なにも門脇くんがやることないじゃない」
断ればいい。
会計の彼にはもともと仕事が山積み。
そこへ飛び込んでくる新たな仕事を、門脇は決して断らない。
…それでは彼が一番疲れてしまう。
「えー、だってさーみんな頑張ってんじゃん。
俺が頑張ってるの手伝えば、体育祭楽しくなるの手伝えるっしょ?
だから全力で頑張らないわけ、いかないでしょ!」
必至で真剣で、優しい。
彼の瞳は真っ直ぐだった。
ミナミは息を呑んだ。
彼がかっこよかったからではない。
自分が、先程まで面倒だとか迷惑だとか——『そう』思っていたから…。
「あたし、脚立、持ってくるね!」
「え?いいの?」
ミナミは笑う。先程の門脇の笑顔のように、真っ直ぐな瞳で。
「いいの!
あなたが頑張るの、あたしも手伝いたいから!」
彼女の直球な言葉に、一瞬驚くが苦笑する門脇だった。
彼がミナミと話したのは、これが初めて。
あれから一年、精力的に奔走する彼をミナミは先読みして手助けをしてくれた。
今では、彼にとって一番に頼れる……
「あ、やっぱりここにいたのね!
フラッグ頼まれたんでしょ?
そっちじゃなくて、こっちの部屋にあるわよ!
あたしも運ぶから手伝って!」
「お、ミナミ、せんきゅー」
いつの間に来ていたのか、かけられたミナミの声に門脇は嬉しそうにはにかんだ。
「なんつーか、女房役的…な感じ?」
誰にも聞こえないように呟いて、必至に走るミナミを追いかけた。