カナエ 体育祭
体育祭では皆、真剣勝負だ。
力と力のぶつかり合い。
もちろん最低限、無茶なことは避けるが、熱が入りすぎて傷を負ったりしてしまう。
彼は熱が入りすぎて傷を負ったわけではない。
カナエは靴を脱ぎ、水道を使って傷口を洗っていた。
膝の傷からは痛々しい出血。
痛みを我慢するように、唇を噛み締めている。
先程の障害物走で負傷してしまったのだ。
彼はサッカー部のエースなので、決して運動神経が悪いわけではないのだが…。
「おい、カナエ!大丈夫かよ!」
声をかけたのは、クラスメイトの門脇だった。
「うわ、ひどいな…ちゃんと保健医員のとこ行こう!
歩けるか?」
「…平気」
門脇となぜか目を合わせないように、カナエは顔を伏せる。
二人は普段仲が良いのだが、どこかよそよそしい。
「平気な傷じゃねーだろ!
ほら、一緒に行こう」
手を伸ばしてカナエの肩を持とうとすら門脇だが、カナエは無言で振り払い、靴を履いた。
その態度に門脇は訝しがる。
「どうした?
なんか、らしくないぞ。
さっきの障害物走だって…」
「……フツーだよ」
足が濡れたまま、カナエはその場を離れた。
何かにイラついているのか、黙ったまま…よろよろと歩く。
向かった先は、臨時保健テント。
体育祭で負傷する生徒は多い。
ベッドで休憩させる生徒には保健室を使い、簡単な治療には校庭から少し離れた一角で、保健係が待機している臨時保健テントにて手当てをする。
カナエがテントに近づくと、当番のユキノが睨み付けてきた。
「…ば、絆創膏——」
「なんですぐ来なかったの?」
パイプ椅子にカナエが座るなり、彼女は腕を組んで問い詰める。
「あたし、カナエが怪我したの、見てた」
彼女はカナエの幼なじみ。
優しい言葉はかけないが、ぼうっとしがちなカナエを睨み付けながらも何かと世話を焼く。
そして彼女は怒ると怖かった。
「ごめん…」
「…とにかく、手当てするから。
早く見せなさいよ」
血が滲みだしている傷口を見て、女生徒は顔を曇らせる。
慣れた手つきで、消毒をしていく。
「…………」
「…なに?」
沈黙を破ったのはユキノ。
カナエはそれでもしばらく黙っていたが、意を決したように静かに息を吸う。
「さっき、見た…」
必至に言葉をつなぐカナエだが、彼女は冷たい目のまま包帯を手に取る。
「その、…か、門脇と二人で…なに話してたの」
障害物走で並んでいる時、カナエはユキノのいるテントを見ていた。
そこに門脇と並んだ彼女の姿があったのだ。
カナエを通して、門脇とも話をしたことはあるが二人きりはない。
……いつも自分がいた場所に、門脇が立っている。
その二人の姿にひどく動揺して、ただでさえ注意力散漫な彼は派手に転んでしまったのだ。
だが、そんな事は彼女に言えなかった。
「あいつ、怪我してなかったのに。
なんでここにいたの」
ユキノは答えない。
黙ったまま、慣れた手つきで包帯を巻いていく。
さすがにムッとしたのか、カナエは珍しく声を上げる。
「ユキノ、答えてよ…!」
「は?」
そのまま、ぎゅ、と包帯を両手で締め付ける。
痛みで、カナエは言葉を切った。
ひどく冷たいユキノの瞳が、彼を覗き込んでいる。
「まさか、そんなくっだらない理由で傷を作ったわけ?
………ムカつくんだけど」
驚くカナエ。
力を緩められたが、顔は俯けたまま下を向いている。
彼の血が滲みだした包帯に、ユキノの涙が染み込んでいく。
彼女は泣いていた。
「謝りなさいよ」
「あ………ごめん」
カナエは彼女の頭を撫でる。
涙を見せなくないのか、下を向いたまま隠すように拭っている。
「カナエが競技に出るから、準備で近くに寄ったあいつにちょっと当番代わってもらったの。
そしたら怪我して……
…心配したんだからね、カナエの馬鹿」
「…ごめん……ありがとう」
「ほんと馬鹿なんだから」
ユキノの頭を撫でるカナエは、穏やかに微笑んでいた。
「…ねぇ、もう少し、ここにいていい?」
「なんでそんなこと聞くの?
馬鹿じゃない?」