ヒカル 体育祭
今日は体育祭。
高一〜高三まで全員参加する大行事。
青・赤・黄と三部隊に分かれ、学年関係なく戦うチーム対抗戦。
もちろん公平の為に競技に出られる学年の人数は決まっている。
仲間で力を合わせて戦う、学年を越えた親交会のようなものでもある。
とはいえ、さすがに小学のように大多数が張り切る様子はなく、授業の延長のように早く終わればいいのにと話す…
———のが、通年の姿だった。
だが、子供の心そのままに全力で楽しむ者がいるので、いまは過去の話。
「ぉおっしゃあ!また一着ぅ!」
歓声の中心にいるのは…榊だ。
最下位だったバトンを一着でゴールし、満面の笑みで仲間の輪に飛び込む。
「オレがいるってーのに、負けるわけいかねーだろ!
オメーら!しっかりついてこいよ!」
この高校の生徒会長でもあるせいか、カリスマ性あるいは兄貴体質があり、クラスの士気は高まる一方だった。
そんなクラスメイトの楽しそうな様子を、一人離れて羨ましく見ているヒカル。
人手不足ということで、彼女は放送席で体育祭の放送を手伝っていたのだ。
放送席でマイクを握る彼女の先輩…雨宮の隣で。
『滑舌がいい』という門脇の言葉とヒカルが不馴れな機材もあるということで、雨宮が放送席の監督も兼任した。
「楽しそうですね、榊先輩」
同じ部隊に入れたかは分からないが、競技に参加できなかったのが残念。
ヒカルはそう思いつつ、ため息を漏らす。
「ふん……よそ見をするなんて余裕ですね」
雨宮の冷たい口調に、びくり、と肩を震わせる。
ヒカルが恐る恐る目を向けると、雨宮は冷たい目で頬杖をついていた。
「三分後に流すCD、準備してあるんですか?」
「え………あっ!」
彼女は我に返る。
慌ててCDをセットして、曲目を選び、一時停止。
よほど焦ったのか、両手で顔を覆っている。
雨宮は時間になったのを確認し、長い指先で機材を操作する。
ヒカルは先輩の雨宮が苦手だった。
何回か同じ生徒会の榊や門脇に『嫌われているのでは』と相談したこともある。
雨宮が人に向ける優しい微笑みを、ヒカルに向けてしたことはない。
いつもどこか、怒ったように冷たい。
だからヒカルは、『嫌われているのでは』と少し沈んでいた。
「…次は競技が終わるまで音楽だけですね」
「あ、じゃあ、あの、休憩しますか?
…お茶持ってきますよ」
席を立ち離れようとした、彼女の手首を引く雨宮。
「あの…先輩?」
困っているヒカルを、雨宮は横目で見返す。
やはりその目は、冷たい。
「休憩。…なに言ってるんですか?
よそ見をするような人は休憩なんかありませんよ。
……しかも榊を、楽しそうに」
一層、その手首を強く握る。
…ヒカルに向ける視線が怖いくらい冷たい。
普段の微笑からは想像出来ない程、雨宮の目は怖かった。
どこか狂気を帯びたように。
「…榊のこと、好きなんですか?」
かた、と椅子を引き、立ち上がる。ヒカルの手首は握ったまま。
彼の背は彼女より高い……まるで彼女に向ける瞳が蔑むような角度。
「ち、違います…ただ…」
雨宮からの目線がそらせない。
小さく震えながら、ヒカルはごめんなさいと謝罪の言葉を続ける。
「…ご…ごめん、なさい……み、見てたわけじゃなくて…」
「ふぅん、言い訳ですか?」
じっとヒカルを覗き込む。
手首を握られているので、顔を隠すこともできない。泣きそうになるヒカルの耳元で囁く雨宮。
「…お前と一緒にいて楽しいと思っていたのは、俺だけか?」
「え…」
思わず顔を上げると、雨宮は不機嫌そうな顔になっていた。…いや、少し悲しそうに。
女生徒の鼓動が高鳴る。
「私も…」
思いがけない言葉だった。
その言葉に、ヒカルの中ですべてが繋がる。
生徒会の外に向けられるあの静かな微笑。丁寧な態度。
まるで整った人形のよう。
でも、いま目の前にいるのは、血の通った人間…。
だから怖かったのだ、彼女にとって。
雨宮から人間らしさを感じなかったから。
「私も、楽しいです。先輩」
「……ふん」
笑うヒカルに、照れたように目をそらす。
雨宮は再び不機嫌そうに椅子へ座った。
「お茶をいれるんじゃなかったのか?」
「先輩とお話ししたいんです。…だめですか?」
「ふん」
雨宮は目をそらし、校庭を見つめる。
その楽しそうな二人の姿を…雨宮を睨み付けるように見ている榊。
拳を握りしめ、今にも殴り込みそうだった。
「…かってにすればいい」
もちろん、その敵意を向けた視線に、雨宮は気づいている。
その視線に、頬杖で隠しているが、雨宮はそっと口の端で笑って返した。