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5 (ムーメイSIDE)

当主様とお嬢様が馬車の事故にあわれた。

その報告を聞いたとき、私はよくぞ倒れなかったものだと今でも感心する。ことの重大さが分かっていなかったのもあるが、迅速に治癒院へと向かうことができた。

だが、そこで見たのは、聞いたのは当主様の死と主人であるルインの大怪我であった。


自分より五つも小さな女の子が、両足を切り落とさなければならない?あの可憐で、わがままで、外で遊ぶのが大好きなルインお嬢様が。

今すぐルインのそばに行きたかった。だが彼女は治療であり、命すらも危ぶまれる状態だ。近づけるはずなどない。私はルインの処置が終わるまで、治癒室の前で待ち続けた。主従の関係であろうとも、私と彼女は幼馴染だ。帰るように言われても、首を振ってルインを待ち続ける私に諦めたのだろう。奥様と御子息様は私がそこに居ることを許してくださった。


朝日が昇るころ、ルインは治癒室から運ばれてきた。顔色はまるで死んでいるように生気がなく、小柄な体は更に小さくなってしまった。だが私はルインが生きていることに安堵し、その場で泣き崩れてしまった。・・・その後、何が起こるかも知らずに。


ルインは数日間目を覚まさなかった。これで眠ったままなら衰弱死する、と医者に告げられたが、私は彼女が絶対に帰ってくると信じて幾日も看病し続けた。

事故から三日。ようやくルインは目を覚ました。一挙に襲ってきた安堵に、私は涙が止まらなかった。


「お父様は?」


ぼんやりとし、何が起こったのかわかっていないルイン。その時、すぐに分かった。ルインの中では、事故の時から時間が止まっているのだと。

すぐに眠りに落ちそうな彼女に私が薬湯を飲ませる間、奥様は何が起こったかを気丈にも説明された。


「あなたの脚は、無くなってしまったの。」


そうおっしゃられ、泣き崩れる奥様。私も涙があふれてきた。


「夢ね・・・。これはきっと悪い夢なんだわ・・・。」


そう呟き、ルインは目をきつく閉じ失神するように眠ってしまった。彼女の、光を失ったことのなかった美しい橙色の瞳は、そのとき何も写していなかった。


それからのルインは、まさに夢と現実を行ったり来たりしているようだった。傷の痛みにうめき、暴れ、悪夢にうなされては飛び起き、現実が夢だと思い込んだ。日に日にやせ衰えていく幼馴染を見ているなにもできない自分がいやになるも、ルインの傍を離れることだけはできなかった。


事故から半年ほどたったころだろうか。脚の傷は治ったが心の傷はいまだ深く、ルインは夢の中に居る。このときの私は、ルインがこのまま夢の中でまどろむのもいいのかもしれない、と思っていた。あのような辛い事故を受け止め、この地獄のような現実を生きるよりも、彼女は事故の前で止めてしまった時間で生きるほうが幸せなのかもしれない、と。私はルインが夢から醒めるのを、諦めかけていたのだ。一番彼女の傍にいながら。私はそのときの自分を殴り飛ばしてやりたい。ふざけるな、と。


ある日のことだ。気に入らないお貴族様がお帰りになった後、何も反応を示さなかったルインが喋ったのだ。


「ねえムーメイ。私はかわいそうな子?」


茫洋とした橙色の瞳が、徐々に焦点を結び始める。


「ル、ルイン?」


半年振りに、ルインの言葉をきいた。この半年間口走っていた、意味の結ばない言葉とは違う。静かに、少しずつだが、ルインの目は覚醒に近づいてきている。目はだんだんと開かれ、焦点を結び、無表情だった顔は怒りへと、長すぎる眠りから覚醒していく。


「そんなこと、絶対に許せない!!!!」


目を見開いて、命を搾り出すようにルインは叫んだ。声はかすれ、以前の滑らかな声とは似ても似つかない。だがそこには激情が込められ、私の心を打ち抜いた。


「この私が、なんであんな奴らに見下されなきゃいけないのよ!!同情される筋

合いなんてないわ!哀れみって、つまりは私のほうがあんな奴らよりも下に見られてるってことでしょう!?ふざけるんじゃないわよ!!」


涙を流し、息を荒げ、いったいどこにそんな力が隠されていたのかとききたくなるほどに、力に満ちた叫びだった。同情なんていらない。お前らなんかに見下されるのなんてまっぴらごめんだ。


おてんばで、使用人や孤児院の子供にも分け隔てなく接するルインだが、その実プライドは誰よりも高い。ほかの令嬢のように威張り散らしたりなどはしない。だが、相手に侮辱されたときの猛追っぷりは背筋が凍るものがある。最も低い男爵という爵位でありながら、権力を盾にする令嬢をあざわらい、身一つで食らいついていく。権力では絶対に手に入れられない、その誇りと才覚で相手を追い詰めていく。それも当然だ。権力しか持たない令嬢は、権力に屈しないルインをどう扱っていいのか分からないのだ。


ルインお嬢様は、その苛烈な精神がむき出しになっているときが最高に美しい。


「私はかわいそうなんかじゃない。私が私、ルインとして誇りをもって生き続ける限り、私はかわいそうなんかじゃないわ!!」


これこそルインだ。いつもの、ルインが帰ってきた。

顔をぐしゃぐしゃにしながらしゃくりあげるお嬢様の涙をぬぐい、私は事故以来始めて心からの笑顔を浮かべた。


「ルイン。もうお昼寝はいいんですか?」

「もう十分よ。私、長い夢を見ていたみたい。永い、永い夢。でも、子供じゃないんだからいつまでも夢なんか見ていられないの。 」


やせ細ったルインの手を握り、ゆっくりと助け起こす。


「さあ、やる事は沢山あるわ。もちろん手伝ってくれるでしょう?」


ぼろぼろの体で不適に笑うルイン。彼女は戻ってきた。あまりの嬉しさに、笑みがとまらない。


「仰せのままに、ルインお嬢様」

この身が滅ぶまで、あなたにお使えいたします。


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