4
ブックマークや評価、とても嬉しいです。今後もひたすら更新に励みます。
御者の絶叫、激しい衝撃、強く抱きしめられる感触。そのときの記憶はそれしか覚えていない。
次の記憶は白いベッドの上だった。やつれきったムーメイに、大声で泣きつかれた。私はなにが起こったのかまだ分かっておらず、すぐさま現れた母や兄、兄嫁。彼らにこう聞いてしまったのだ。
「お父様はどこ?」
凍りついたように固まった皆の顔を見回し、私はぼんやりと大変なことが起こっているらしい、と思った。
ムーメイに薬湯を飲まされながら、父と私は馬車の事故に巻き込まれたこと。父は死に、私は大怪我をおったが生き延びたことも聞かされた。・・・そして、脚がなくなったことも。
「あのね、ルイン。よくきいてほしいの。あなたの、ね、あなたの・・・・」
母は私の手を握りながら、ぼろぼろと涙をこぼした。何度も何度もつっかえながら、搾り出すように母は言った。
「あなたの脚は、無くなってしまったの。」
最初は冗談を言っているのだと思った。だが、泣き崩れる母に、それを慰める兄。いっそう激しく涙をこぼすムーメイ。すべてが、真実だと語っていた。
「夢ね・・・。これはきっと悪い夢なんだわ・・・。」
父様が死に、私の脚もどこかへいってしまった。そんなこと、悪い夢だ。こんな夢、覚めてしまえばいつも通りの家族が待っている。
そう思い、私は瞳を閉じた。きつく、もう何も見ないように。
それから、私は夢と現実の狭間で生きているようだった。
傷口は発狂しそうに痛いし、事故の瞬間が何度も何度も思い出されてまともに眠れなかった。ここは現実なのか。悪夢なんじゃないか。記憶は途切れ途切れで、何が現実なのかも分からない。まさに気が狂った状態だったはずだ。なにより、脚がなくなったこと。これが一番辛かった。日に日に衰弱していき、生きる気力も失いかけたときだった。ある日、見舞いに来た知り合いにこういわれたのだ。
「まだお若いのに、こんな大怪我なんてかわいそう。」
いつもはぼんやりとした意識がなぜかこのときだけは醒めて、彼女の言葉が深く私の心を抉ったのだ。
見舞いに来る人の多くが、その言葉を多く言った。
若いのに、女の子なのに、かわいらしいのに。「かわいそうに。」と。
私は脚がなくなってしまった。脚がないなんてかわいそう。そのかわいそうってのは何なの?
「ねえムーメイ。私はかわいそうな子?」
久しぶりに声をだした気がする。いつもぼんやりした夢の中にいるような気がして、話しかけられても何を言っているのか理解できなかった。やつれきったムーメイがひどく驚いた顔をしているのを見て、私は少し笑ってしまった。
「ル、ルイン・・・?」
どこか嬉しそうな、縋るような目をしてムーメイは私の目を覗き込んだ。
思い出してみれば、ムーメイだけはかわいそうな子扱いしなかった。ムーメイだけが、私を私として扱ってくれた。ただ一人変わらず《・・・・》
その時、私の中の何かが叫んだ。
「かわいそうなルインお嬢さん」。医者、見舞いに来る人。家族ですらない者が私をかわいそうと同情し、哀れみ、自分より下位の存在として見下している!自分がそうならなくてよかった、と安心しているのだ。
「そんなこと、絶対に許せない!!!!」
一気に視界が赤く染まるような。怒りという言葉では表しきれない、自分では到底制御不可能な激情がうなりをあげる。
「この私が、なんであんな奴らに見下されなきゃいけないのよ!!同情される筋
合いなんてないわ!哀れみって、つまりは私のほうがあんな奴らよりも下に見られてるってことでしょう!?ふざけるんじゃないわよ!!」
誰がかわいそうだって?たしかに私には脚がない。それは発狂寸前まで私を追い詰めた。辛くて悲しくて痛くて絶望そのものだった。だが、それは私にとっての、私だけのものだ。ぜったいに、誰にも理解なんてできない。させない。同情なんてもってのほかだ。
私にはまだ腕がある。考える頭がある。喋る口もある。そして何より、私の心、誇りは何も汚されてなどいない。
父は文字通り命を賭して私を助けた。自分の命をなげうってまで、私を生かそうとした。それなのに、今の私はただ呼吸をしているだけで、生きてなどいない!それでは父に顔向けができないではないか!
「私はかわいそうなんかじゃない。私が私、ルインとして誇りをもって生き続ける限り、私はかわいそうなんかじゃないわ!!」
人間なんてあっけなく死ぬ。だが、だからこそ真剣に、お天道様に、何より自分に顔向けできるように生きるべきだ。神様は私たちに試練を与えるだけで助けることなど絶対にしてくれない。だからいつか死を迎えるとき、あの瞬間に、私は誇りをもって死にたい。そう、父のように。
さようなら、かわいそうなルイン=ノグドシェル。あなたはここでお別れ。私はここから生きていく。脚がなくとも、手が千切れようと。私は私に誇りを持つ。父が守り、愛した私を、もう誰にも「かわいそう」などといわせるものか!
ぼろぼろと涙をこぼす私の顔をそっと拭き、ムーメイも泣きながら微笑んだ。
「ルイン。もうお昼寝はいいんですか?」
「もう十分よ。私、長い夢を見ていたみたい。永い、永い夢。でも、子供じゃないんだからいつまでも夢なんか見ていられないの。 」
私はムーメイの手をとり、動かない体を叱咤してゆっくりと起き上がる。
「さあ、やる事は沢山あるわ。もちろん手伝ってくれるでしょう?」
起き上がるだけで精一杯の私の、精一杯の強がり。ムーメイは、にっこりと笑っ
た。
「仰せのままに、ルインお嬢様」
さあ、私を哀れんだ高慢な奴らを見返してやりましょう。