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「ただいま帰りましたわ」
「ルイン!お帰りなさい!!」
馬車が到着する音が聞こえたのだろう。線の細い女性が車椅子のルインを抱きしめた。
「お茶会はどうだった?」
「つつがなく終わりました。皆さん、とてもお優しい方々でしたので安心いたしました。」
母は優しい人だ。また私がかんしゃくを起こしたと知ったら自分を責めて寝込んでしまう。ルインは何かいいたさ気なムーメイを視線で止め、母にただいまのキスをした。
母はルインの返事を聞き、輝くような笑顔を浮かべた。
「よかった!これでこのノグドシェル家も安泰ね!!」
「へ?あ、はい、そうです、ね?」
どういうこと?傍らに立つムーメイに視線で問いかけるも、彼もまた怪訝な顔をしている。
「今回ね、ルインには黙っていたけどお見合いだったの!」
・・・・・・は?
「今回、沢山の令嬢とご婦人方がいたでしょう?あれはね、実はお見合い相手を決める集まりだったのよ。」
なんだそれきいてない
「ルインがまた何か言われるんじゃないかって心配だったのだけれど・・・。お優しい方ばかりならよかったわ!」
「お、奥様。お嬢様はお疲れのようですので、お休みになりたいと・・・」
「あらごめんなさい私ったら!興奮しちゃって!疲れているところごめんなさいね。ムーメイ、ルインのこと頼みますね?」
「はい。」
上機嫌で去っていく母を死んだ目で見送る。
「ねえムーメイ。」
「はい。」
「そんな場所でいつも通りかんしゃくおこした私が嫁にいけると思う?」
返事は返ってこなかった。嫌味なほど有能な従者でもどうにもならないことがあるようだ。
一晩飲みあかして出た答えは、あんな場所こちらから願い下げだ、と言うことだ。あんな屈辱をあびて我慢できるほど気が長くない。そして何より、こんな女を嫁に迎えたい人間なんぞおらんだろう。
「ううううううムーメイぃぃぃぃ・・・みずぅぅぅぅ・・・」
「はいはい・・・。うわ酒クサっっ!」
非常に前向きな答えの代償は、二日酔いだった。花も恥らう18歳がなんてこと。
「で?お嬢様。結論は出たんですか?」
心配げなムーメイに、ルインは胸を張って答えた。
「結婚はしないことにするわ!!!」
次の瞬間、トイレに駆け込んだ主を見送りながらムーメイは嘆息した。
「・・・新しい主人探そうかなぁ。」
母には悪いが、ウチには兄さまがいるからそちらに期待していただこう。兄も結婚して子供は三人。跡継ぎには困らないし、仲はいい。いけず後家な妹にも目を瞑ってくれるでしょう!
そう考えて、合同嫁探し大会など無かったことにした数日後。我が家に激震が走った。
「ルイン!ルイン!大変よ見て頂戴!!」
めったに走らない母が、大慌てで部屋にやってくるからどうしたのかと思えば。
「手紙?」
「お見合いのお誘いよ!!!」
「なんですって!?」
驚きすぎて車椅子から転げ落ちろうになるも、間一髪でムーメイが支えてくれる。
「あなたに、ルイン=ノグドシェルにお見合いを申し込む!、ですって!やったわねルイン!」
「な、何かの間違いじゃ・・・?」
「そんなわけないわ!だってここにそう書いてあるもの!」
母が誇らしげに広げた手紙は、かすかに花の香りがした。上等な透かし紙には流麗な文字で、ルインへの見合い・・・つまりは婚約したいという旨が書かれていた。
「で、でもいったい誰が・・・・?」
ルインは困惑しながら呟いた。彼女は先の茶会で大失敗を犯した。自分と結婚したい、などという奇特な人物がいるとは思えなかったのだ。
「ウィシュス=アーメルン・・・?聞いたことがないわ・・・?」
「アーメルン?アーメルンですって!?」
母のたどたどしい声を聴いた瞬間、ルインは大声を上げて今度こそ車椅子から転げ落ちた。
「ルイン様!?」
慌てて抱き上げたムーメイが見たのは、あまりのことに蒼白になったルインだ。
「アーメルン公爵家・・・。隣国、獣人の国の貴族よ・・・」
それを聞いた母は卒倒した。