01話 天啓:エッチガタコウ
我が輩はニートである。名乗る名なぞ最早無い。
……って、まあそんな事より、実は今俺は決意を固めたところだったのだ。
そう、
『中韓民国の工作員め!
我が天罰を与えてくれようぞ!!』
っと。
なぜ、そんな決意を固めたのかというと……
何時のように気ままにネットの海を漂って巡回していれば、
我が国に対する暴論が出るわ出るわ。
そこでまあ、ここは一つ善良なる市民としては
彼らに親切にも各種の忠告をしてやらねばとはりきった。
すると言いたい放題支離滅裂な頭の悪いことを言い返してきたのだ!
そもそも普通日本人は『日本人として』とか自ら国籍アピールしないものだ。
偽装だろあの『アイム ザパニーズ』共、
かのタイタニック事件の昔から変わらぬ奴らめ。
幾ら正論をぶつけようともそもそもあの連中には日本語が通じないのだ。
なにせ母国語じゃないからな!
そもそも永住や帰化する時にはアメリカなどは
国に忠誠を誓わせていると言うのに、
それに引き換えお人好しな我が国と言えば……。
そして、我が『力』まで馬鹿にしやがって、
これでは、ネット越しではラチがあかない。
癪だがここは一つ奴らの言う通り我が神秘なる力でもって目にもの見せてやろう。
ああ、スーパーハカーならここで華麗にリアルを特定して曝しているところだが、
生憎とそのようなスキルは無い。
ならば、代わりに我が持つスキル、
奴らが馬鹿にした我が秘術をもって懲らしめてくれようぞ!
……奇跡も魔法もあるんだぞ!
っと。
そう息巻いて俺は儀式を始める準備を整えていくのであった。
- だが、その時は知らなかった。
それこそが
……全ては
『小梅の罠』だ
そうとも気付かずに、俺は……。
さて、正しい魔術儀式をはじめるにはまず儀式場を整えねばならない。
そこで俺は普段遣いの部屋着(ヒマラヤ原産の山羊毛のセーター)の上に
掛けてあった魔術師として正装を纏い外見を取り繕う。
そのまま姿見で身だしなみを整え最後にクイッと眼鏡を直し、
魔道書『アル=アジフ』日本語版:2000年発行
(ハードカバー税抜き2,300円)を片手に、久々に暗黒魔術の実行の為、
近場の儀式場へと外出することにした。
* * *
まず玄関に向かうと、ちゃんと俺の靴がまだあった。
しばらく外出していないから『ひょっとしたら靴が無くなっているかも』などと、
心配などしてはいないぞ!
最早俺の靴しかないのだから在って当たり前だ!
……そう当たり前なんだ。
しかし自宅だというのに玄関に着くまでがひたすら長く感じられたな。
少々運動不足かな?
まあいい。さあ、久しぶりの外出だ。
っと、前回の外出は果たして何時だったか?
はて、夏だったような、冬だったような?
……まあそんなことはどうでもいい。
下界の様子など昨今あまり気にしてこなかったからな。
だが、玄関から家を出るまでもまたしてもひたすら長く感じられる。
……『門の外こそが真に家の外』っと。
そう改めて思うと少々憂鬱になってきたのかな?
- 最早世間とは隔絶した感があるからな!
さりとて、儀式場の目星はすでに付けている。
実はご近所にあるビルの建設現場だ。
まさに近場!
そしてお手軽!
一応家にも広めの庭なぞあるが、
そこで芝生に落書きなぞして庭を荒らそうものなら、
あとでメイド長にねちねちと小言を言われてしまうからな。
……別に怒られるのが嫌で工事現場に行くのではないぞ!
そう、あそこには恨みがあるのだ!!
- あそこは真っ昼間っから工事でガンガン騒音をたてやがってくれる、
いろいろと迷惑な場所なのだ。
クーラーはあまり好きじゃないから窓を開けて寝てると、
工事の騒音が結構響いてくるんだよ。
……安眠妨害で近所迷惑だな! まったく。
ともかく、夕方ちゃんとカーテンの隙間から望遠で近況は観察し終わっている。
今ならちょうどいい感じに空き地ができていたはずだ。
門を出て歩く事数分。
(なんだかこちらのほうが短く感じる)目星を付けていた
工事現場のフェンスの隙間から中に忍び込む。
……ただ、身体がなまりまくってくぐり抜けにくかったのは内緒だ。
こんなに簡単に潜り込めてしまうなぞ、まったく杜撰な現場管理だな。
俺ならこんな会社使わんぞ。
* * *
「……満たせ!満たせ! ……我は求めを訴えたり!!」
魔道書片手に魔法陣を呪文を唱えながら書き込んでいく。
実は俺は道具無しに真円を描く事が出来るのだ!
一時期毎晩のように練習したからな!
歩く歩幅も一定間隔にそろえ歩数で距離を測ったり、
指を使って大体の大きさがわかっていれば距離を。
距離がわかっていれば大きさをおよそ推し量る事が出来るようも訓練したものだ。
ああ、何もかもなつかしい。
* * *
月の位置からしてかれこれ数時間、もうすぐ月が天頂に登り切ろうとしている。
だが、これで完成だ!
月が天頂に達する儀式の時刻には間に合ったぞ!!
っと、突然暗闇の中静寂を打ち破る甲高い異音が周囲に響き渡る。
バチン!
ガコン!!
ギギイイ!!!
わーびっくりした!なんぞなもし。
本当に怪奇現象が起こった訳じゃあるまいな? ……って、そんなバカな!
そんなことあるわけないじゃないか!
突然の異音に内心ビクリとし(まあ実際身体もビクリとしてしまったが)
思わず周囲を見回す。
右、
前、
左、
後 ……?
…… ・・・・・・ バキン!!
……上か?
反射的に上を見上げれば黒く長細い影がばらけて降り注ぐようにも見える。
……って多分アレ鉄骨の束じゃん!?
ワイヤーが切れたのかはたまたズレて外れたのか?
どちらにせよクレーンでつり下げられていた荷の鉄骨類が解け、
シューヒューっと風切り声をあげて落ちてくるのが聞こえた気がした。
そういや、『ここに置いたあった荷物なくなってる、やった広場ができたね』
……っと、思ってたらそんな場所に荷物があったのね!
って、空中に荷物置きっぱなしにしてんじゃねー!
……あー、鉄骨が空から降って来やがった……って、馬鹿野郎!!
空から降って来ていいのは雨や雪など天の恵みを除いて
唯一『美少女』だけと相場は決まっているんだぞ!
なんてもの降らせやがる。
死ぬ、俺死ぬ、もー死ぬ、コレ決定! きゃっほ^謝罪と賠償を求める
……この後生きていたらな。
* * *
カランっと最後に音がなった後事故現場はまた元の静けさを取り戻した。
だが俺にはそんな音も聞こえなかった、ただただ静かだ。
そして気がつくと眼鏡はどこかにいき、素顔で仰向けに寝転がってぼーっとして夜空を見上げていた。
夜空には満点の星空、そして特大の満月。
ああ、月がこんなにも奇麗だ。
- 死ぬには良い夜かもしれない……
ってそんなわけあるかー!
(……畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生どうして俺がこんな目に……畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生)
しかしなんだ、ようやく事態を把握できるまでに気持ちが落ち着いてしまうと、
『デタラメに重なった鉄骨の間に体が挟まっている』などと言う
知りたくも無かった事に、嫌が応でも気付かされてしまう。
そこで今度は要らぬ痛みが全身を貫き、
ただただ己の不運と呪い痛みを怨嗟で誤摩化していくしかなかった。
最早それ以外何も考えられない。
こんなのは嫌だ!
ああ、あの嫌な事件を思い出す!!
この左目が疼いて疼いてしょうがない!!!
もうこんな痛いのも苦しいのも嫌なのに、どうして『また』こんな目に……。
そんな中、ふと気がつけば『ジャリッ』と
誰かが事故現場の砂利を踏む足音が聞こえた。
誰だ、現場の警備員か?
それとも近所の野次馬か?
よもや浮浪者が潜り込んできたのではあるまいな?
まあ誰でもいい、今は助けが……助けこそが必要なんだ!
そこで助けを求めようと声を出そうとするがなんとまるで声が出ない。
それでもなんとか音のした方に目線を動かそうとあがき、
ようやく人影を見つける。
が、だんだん目が霞んでいき、
その姿はいまでは黒くボヤけてよくは見えない。
あれ? なんだか視界がモヤモヤとしてきたぞ?
おかしいな?
眼鏡は我が左目の魔眼を秘す為の小道具に過ぎん伊達眼鏡だと言うのに。
その人影から唐突に、しわがれた老人の言葉が紡ぎ出される。
「ふぉっふぉっふぉっ、随分と惨めな姿じゃな。
おぬし、もしや助けが欲しいのか?
うむ、情けをかけて救助の一つも呼んでやってもよいが
……その傷から察するに御主もうすぐ死ぬぞ!
そう、もう助からぬと申しておる。
……じゃが死にたくない?
そうであろう、そうであろうのとも。
……じゃが助からぬものは助からぬ、
最早覚悟を決めるより他あるまいて!
……薄情な、そう思っておろう、
じゃがのう助からぬものを助けようとするのは最早偽善でしかないわ。
出来ぬ事は出来ぬのじゃ。
……とは言えせっかくワシを呼び出してくれたのじゃから、
なにか手立てをたててみようかの?
まあただでは済まんだろうがな!
尋常の理ではすでにお主を救えまいて、外道外法の術を用いても、
それでも助かりたいと言うのなら助けてすんぜようぞ。
……そうだ御主、異世界に転生してみないか?
チートしてみたくないか?
……よろしい。ならば転生させる方法はただ一言
「無念!」
と口にすれば……」
一方的に話こんでくる爺。
随分とふざけた事をぬかしてくれるが只の徘徊老人じゃねーのか?
工事現場の管理はマジどうなっている?
荷崩れ起こすは爺は紛れ込むは、まったくもってなってない!
って、未だゴチャゴチャと何かくっちゃべっているが
そんなのいちいち聞いていられない!
第一!
異世界転生?
チート?
随分とハイカラな事を言う爺だが、
そんな戯言誰が信じられるのか?
ふざけるんじゃねー。
……それでも薄れ行く意識の中、なぜか俺は
……やっとの思いでその一言を紡ぎ出していた。
「むね……ん」
そして……俺の記憶はそこで途絶えていた。
次回 2話 天蓋:ドーム
にやり 何かが笑った気配がした。
「知らない天蓋だ……」
1話 天啓:H形鋼 終
天啓:空から降るもの