ケダモノと生贄
初投稿です。よろしくお願いします。
R15は保険です。
西の果てを支配する大国、クロウシルヴァー。
その王都、アージェントは、久々の慶事にここ数カ月わき立っていた。
現王の妹姫、十人をこえる国王の兄弟の中で、唯一王と同じく正妃の腹から生まれた王女殿下の結婚が決まったのだ。
王妹を妻とする名誉にあずかったのは、国の両翼と呼ばれるふたつの公爵家のうちのひとつ、エヴィシンス公爵の若き当主アレクセイ=ロウランドである。彼は、数年前の戦争で王の命を護った功績への褒賞として、王女が嫁ぐことが決まった。王女殿下は「光栄です」と兄王の命令をはにかんで受け、そして結婚式は一月後に迫っている。
準備は着々と進められていた。
「姫様、どうかお気を落とさないでくださいませ。わたくし達がついておりますわ」
「ええ、ありがとう。でもわたくしは本当に大丈夫なの。どうかそのように悲しいお顔をしないでね」
「……なんとおいたわしい!!」
……繰り返すが、一月後に行われるのは慶事である。結婚式である。めでたいことである。
王妹、リーフィティア・エルシュナ=ロウランドはひたすら周りの人間に同情されていた。
何故かといえば、それは結婚相手である公爵の評判が悪すぎるからである。そして、おそらくは王女が可憐過ぎるからでもあった。
公爵は武勇に優れ、戦場に立つ者であることを示す証のように、顔面には醜く引きつれた傷が刻まれている。ひとたび戦が起これば、公爵にという身分にありながら前線に立つ将でもある彼は、2メートルを超える筋骨隆々とした体格の持ち主だ。さらに、兄の死によって父の後継ぎになり、現在は爵位も受け継いだが、元は妾の子である。自分が公爵になるために実の父と兄を殺したのではないかという噂がまことしやかに囁かれている。そんな彼が宮廷に受け入れられるはずもなく、遠巻きにされたためか、出席を余儀なくされる公式の行事では終始鉄面皮だ。
王女殿下のほうはといえば、妖精姫という愛称が物語っている。母王妃から受け継いだ、今にも折れそうなほど華奢な肢体に、小柄な体躯。あと数年もすれば絶世の美姫と呼ばれるであろう面を覆う、豊かに波打つ髪に夢見るような瞳。兄王に慈しまれて、世の中の醜いことなど何も知らない穢れなき姫君。護られて育った故の穏やかで優しい性格は、民にも慕われている。
―――さて、このふたりが並んで立っているさまを表現するならなんであろうか。
美女と野獣、というのが最も多い。他には、化け物と生け贄だとか凶悪犯と人質だとか―――つまりはろくな表現がない。
さまざまな悪い噂を持つ公爵のことである。王を脅迫し、たおやかな姫君をその手中におさめたのではないかと、宮中ではもっぱら囁かれていた。姫君を助ける騎士は、いまだ現れない。
「どうして駄目なのですか?れっきとした婚約者同士であるのに」
「……っ、婚約したといっても、まだ夫婦になったわけではありません!」
「頭がかたいですね。こうなるのは初めてでもないのに、諦めが悪いですね。あなただって好きでしょう?これ」
「そういう問題では!」
「そういう問題です」
王女の部屋は、濃密な空気が充満していた。ソファーに婚約者を容赦なく押し倒して、艶っぽく笑う。自らが作りだした雰囲気に煽られたか、婚約者を見下ろすその瞳は危うい光を放っていた。
ちろりと唇をなめて、王女は婚約者の服を脱がし始めた。
―――間違いではない。
身長147センチの妖精姫は、嬉々として身長210センチの無骨な公爵を押し倒していた。公爵はもはや涙目だった。
抵抗しようとしても、自分の筋力を自覚しているだけに、壊しそうでためらってしまう。結果、のしかかる王女の腰に手を添える形にしかならない。これで嫌がられても、やめる気になどなれはしない。王女の笑みが深くなった。
「……あの、なにか怒ってますか?」
「あら、どうしてそう思うんです?」
にっこり。妖精姫のロイヤルスマイルは、この姫君の本性を知った(知ってしまった)今となっては恐ろしいものにしか見えない。
「……いつもより、強引というか……」
常識が邪魔をするが、公爵自身この王女のことが嫌いなわけではない。むしろ、何度も押し倒されているのに懲りずにご機嫌伺いにやってくる程度には好いている。
いたす前の攻防は、一種のコミュニケーション(我ながら歪んでいる)であり、ここまで抵抗を封じる必要がないことは、王女自身知っているはずだ。
「……だって、侍女たちが分からずやなんですもの」
ぷう、と王女がほおを膨らませた。
何度説明しても、公爵と婚約できて、もうすぐ結婚できることがものすごく幸せなのだと判ってくれない。小さい頃から世話をしてくれた彼女たちには、おめでとうと言ってほしいのに。
「アレクがどれだけかっこよくて優しいか、ちっとも判ってくれませんの」
「……姫様」
国王を脅して婚約を取りつけ、今も押し倒してくれる見た目と中味のギャップが激しい王女だが、正体を知ってなお公爵には可愛らしいただひとりの姫だ。こういうところは、とくに。
「……って、なにやってるんですか!」
しょんぼりしつつ、器用に服を脱がせてくれてもだ!
「……だめですか?」
「………………………………」
「……いちゃいちゃしたいのですが」
「………………せめてベッドに行きましょう」
見た目野獣の草食系公爵は、見た目可憐な肉食系王女に今日も敗北した。
はたからはなんと言われようと、いろんな意味で対比が激しいこのカップルは、今日もラブラブである。
翌朝。
「またしても姫様に無体を!」
「うわーん、どうして判ってくれないんですのー!」
「だから私達はまだ婚約者でしかないんですってば!」
涙にくれるのは公爵という話。