成りきれるかって?無理でもやり通すしかないんだよ (次男)
「まずは各資料室の掃除。それが済んだらオフィスに来いよ。ヒロキの机に幾つか閲覧した過去のファイル積んであるから、それを元の場所に戻してもらう」
「各資料室って全部かよ?!部屋幾つあると思ってんだ!」
「六つ。ああ、所長がもう一つ増やしたいって言ってたから、その部屋もついでにしてもらうか。第六資料室前の空き部屋な」
「鬼!」
マジかよ?いやマジだ。口はニヤニヤしてっけど、目が全然笑ってねぇ。前に兄貴の体になったとき、パソコンの壁紙弄ったの根に持ってんのか?つーかパソコン立ち上げたまま出かけんなよ。電気代勿体ねぇじゃん。
まぁこいつが外出してくれてたおかげで、このあいだは会社にいるってのに久々にゆっくりできたけどさ。
「ハタキで埃を落とすときは上からやれよ。その後で床掃いてモップだからな」
「へーへー。そこまで詳しく教えて貰わずともちゃんと分かってますよ」
これでも休みの日くらい家事手伝いしてるっての。ったく、小姑かよ。
そう言ってやりたかったけど、口に出せば痛い目見るのは分かりきってたからグッと堪える。こいつの前で迂闊な真似すればどうなるか……過去の惨事が走馬灯のように頭ん中に蘇ってくる。
すると急に頬っぺたを抓られた。
「いでででで!ちょ、何すんだよ?!」
「耳クソ穿りながら適当に返事すんなよ。傷付くだろ?」
「あんたがそんなことで傷付くとか……って、オイ!やめやめやめやめ!」
頬っぺた抓る右手に力が入ったわけじゃなくて、左手!こいつの左手ね!スーっと指先が腰から尻にかけて落ちて、何かやらしい手つきで撫で回してんだって!
オイ!揉むな!揉むんじゃない!気持ち悪いっ。つーか、兄貴の体が穢される!
「いい加減に……しろ!」
思い切り足踏ん付けてやろうとしたのに、あっさり避けられた。ムカつく。けど、あいつ自身が離れたんで一応良しとしよう。
「い、今みたいに兄貴にもセクハラしてねぇだろうな?!」
「セクハラって、秘書的嫌がらせ?縄張り嫌がらせ?」
「性的嫌がらせに決まってんだろ!と・に・か・く!言われた通りちゃんとすっから出てけ!」
始終ニヤニヤ笑ってたドSを追い出せば、自然とでっかい溜息が出た。……何で掃除する前からこんな疲れてんだ?
ボイコットしたいのは山々だけど、ここは兄貴が働いてる事務所だし、俺達兄弟が世話になってるミキさんにはこんな形でしか恩返しできないし……何より、サボればドSからどんな目に遭わされるか。
チキンな俺は言われた通りにするしかなかったのでした。まる。
何も考えずに黙々と掃除するのも空しいんで、ここでちょっくらドS、もといタツヤとの因縁について話しとこうと思う。
兄貴からかミキさんからかは忘れたけど、前にチラッと聞いたのは、奴が兄貴と同い年で、飛び級で大学を卒業してて、ついでに探偵学校にも通ってた経歴があるとかないとか。
それだけなら「頭良いんだな~」って印象で終わってたんだけど……ところがどっこい。奴はゲイだ。いや、ゲイだからどうってことじゃなくて、俺が声を大にして言いたいのは、奴が変態であるということ。
俺が初めて兄貴の体になってパニクってたとき、すぐ傍にいた奴はあろうことかハグして落ち着かせようという名目上、さっきみたいに尻を揉んできやがった。そんでもって顔に息がかかるほどの至近距離で「You are my favorite type(お前、俺の好みのタイプ)」と流暢な英語でぬかして……うおぉぉぉ!思い出しただけで鳥肌がっ!
その怯えきった俺の表情――兄貴の顔だけど――見てドS心に火が付いたらしく、とても兄貴には言えないことをされかけて……そんで気が付きゃ、奴が上手いことミキさんを言い包めてて、俺が兄貴の体になったときのみ、俺のお目付け係となってしまっていた。
兄貴が奴の毒牙に掛かってないかたまに探りを入れるけど、今のところは大丈夫っぽい。とはいえリョウが兄貴の体になるときだってあるし、二人には常々、あいつには気をつけろって口を酸っぱくして言ってる。
それでもあいつの猫被りの方が上手い所為で、全然信用されねぇんだよな。悲しいことに……。
言われてたこと全部やり終えて、腹減ったな~って時計を見上げたとき、その真下のドアが開いた。タイミングの良さに思わずビビっちまったけど、でもこれ、不可抗力だよな?よくある、よくある。うん。
「どうした?そんなに俺に会いたかったのか?」
「ソレハナイ。ソレハナイ」
「腹減ってるだろうと思って、せっかくお前の好きな○スのライスバーガーセット買ってきてやったのになぁ」
「俺、タツヤさんに放置プレイされてたから寂しかったヨ」
現金だって?しょうがねぇじゃん。腹減ってんだもん。
一先ず手ぇ洗って、そんでパクつきながら「いくらだった?」と訊けば「奢りだ」って言われる。こいつと二人きりのときはいつもそうだ。でもこいつ相手に甘えたくなんてないから、自分の体に戻ったとき、これくらいだろうって思った金額を、兄貴やミキさん通して渡してる。
つーか俺、ライスバーガー好きって言った覚えねぇんだけど……まぁいいか。
「御馳走様でした」
炭酸飲んだ所為もあって、結構腹が膨れた。
満腹、満腹と腹を擦ってれば、小さく笑った奴が俺の唇に付いていた何かを掠め取る。その仕草がさり気なくて、つい警戒心を解いちまってたけど、奴の赤い舌がそれを含んだとき、一体何をされたか悟る。
「おま……な、何を……?!」
「何って、テッペイがご飯粒口にくっ付けたままにしてたから、それ食べただけだけど?」
ニィっと、それはそれは不敵に素敵に笑みを浮かべやがった。しかもそれが結構、様になってる。
ぶっちゃけ……ちょっとドキッとした。
「テッペイ……」
色気を感じさせる、ちょっと掠れたテノールで呼ばれて、思わず立ち上がる。何かこの雰囲気、ヤバくね?
奴の後ろにあるドアまでどうやって行こうかと算段しかけたそのとき、頭ん中がグラッときた。うわぉ、ナイスタイミング!グッジョブ!
強い眩暈に倒れる寸前、奴の腕に抱き止められる。
頭上から聞こえた舌打ちに、ざまあみろと思った。
*
パチッと目を開けて体を起こせば、机の上に小難しそうなテキストとノートが置かれていた。手にはシャーペン。どうやら俺の体に入ってたリョウが勉強してたらしい。
「あ、兄ちゃん。おかえり」
「おう、ただいま。お前もおかえり」
「ただいま」
机を元の体に戻ったリョウに譲り、俺は自分の部屋に向かう。
どうやら既に風呂には入ってるみたいなので、そのままベッドにダイブする。ボーっと天井を見上げてたら、暫くして兄貴が会社から帰宅した。
ここから事務所まで、乱暴な運転するミキさんの車で約四十分。俺がこの体に戻ったのもそれくらい前だ。
あれからタツヤが兄貴に何もしなかったと踏んで、俺は安心して眠りに就くことにした。
因みにその晩、どういう経緯か分かんねぇけどあのドSに弱みを握られ、裸エプロンでサンバを踊るか、跪いてあいつの靴を舐めるかという、究極の選択を迫られる悪夢を見た。
目覚めが最悪だったのは言うまでもない。
「You are my favorite type」 のところなんですが、英語全くできないんで、違うかもしれないです(汗)
その際は誰か的確な英文教えて下さい。お願いします。