×××が現れた! (三男5)
午前中いっぱい、それこそトイレに行く時間も惜しんで仕事をしてたけど、さすがに肩がバキバキ、目がチカチカ、背骨や腰も軋む始末で、そんな僕の状態を見かねた書記先輩から、休憩がてら売店で昼食の買い出しを命じられた。
……全く以て休憩じゃないですよ。
それに頭の怪我、なるべく人に見られたくないのに。
「包帯が取れるようになるまで全校生徒はおろか、教職員方の目を掻い潜れると思っているのか?」
「………いいえ」
それで渋々と売店に向かっていたら、渡り廊下を通る際に一階窓から身を乗り出して誰かと喋ってる兄ちゃんを見かけた。誰と喋ってるんだろうとよくよく見ようとしたけど、相手は帽子被ってて、こっちに背中を向けているから分からない。でも恰好からして生徒じゃないことは確かだ。学校指定のジャージとは違う、作業着っぽい服装だから先生じゃないし、だからといって用務員のトクさんとも違う。
……ホントにどちら様?業者さんが来る際は生徒会にも一報入るようになってるのに、何の連絡もきてないんですけど。
中庭の花壇の設備を整えてるっぽい様子からして園芸関係の業者さんなんだろうけど、どこの会社で、誰に頼まれてやって来たのか、訊いとかないと。
そう思って方向転換しようとしたら、声を掛けられた。
「ちょっ?!補佐さんどうしたんスか、その頭!」
「え?!」
肩をグイッと引かれて振り返れば、赤、青、オレンジ、紫と、カラフルな頭をした四人組がいた。一瞬目線を下に向けてネクタイピンの色を確認すれば、黒。あ、二年生だ。
そして改めて四人の顔をじっくり眺めてみるんだけど……どうしよう、見覚えない。多分、兄貴か兄ちゃんが入れ替わりのとき接触したんだ。これも多分だけど、F組の人かな?成績がどうかはともかくとして、強面で、髪を染めてて、且つ制服を着崩して……ないや。制服の釦はちゃんと留めてるし、裾もちゃんとスラックスの中だし、上履き踏んでない。別に不良ってわけじゃないのかな?
それはともかく……兄貴か兄ちゃんか知らないけど、何で教えてくれなかったの?!おかげで迂闊に名前も呼べないじゃんか!
「誰にやられたんスか?!」
「まさかあの補佐さんに怪我させるほどの奴がいるなんて……!」
「あの転校生ッスか?そうッスね?!よっしゃ!俺らがあいつ、潰してきますからっ!」
「それがまさしく俺達の運命」
役目じゃなくて運命なんだ。それによっしゃって……違う!暴力駄目!絶対!
「ええっと……皆さんこれからお昼ですか?お昼ですよね?お腹空いてるんですよね?!」
だから僕に構わず食堂か売店か行って下さい。
……そう言おうと思ったのに。
「あ、そうッスよね!腹が減っては戦はできねぇッスもんね!」
しないよ、戦!
左に赤、右に紫、正面左にオレンジ、逆側に青……の頭。そんな人達に囲まれて、借りてきた猫状態の僕。
何でこんなことに?!
「ほら補佐さん、遠慮せず食って下さい」
「いや、僕、売店でお昼買うつもりで出てきたんで……というか、食堂のメニューにオードブルってあったんだ……」
「あれ?あんま食堂来ないんスか?」
食費抑える為にいつもお弁当だしなぁ。最近は作る時間なくて売店頼りだけど。
あぁ、それにしても突き刺さる視線、視線、視線!僕の頭の包帯を見て驚いてたり、嘲笑してたり、顔を顰めて見せたり……あ、怪我より先輩達と一緒にいる光景に吃驚してる人も中にはいるみたい。
「それで補佐さん、マジでその怪我どしたんスか?包帯巻くくらいだから酷い怪我なんスよね?」
赤頭さん、今、この場で吐けっていうんですか?
生徒会補佐で、親衛隊から敵視されてて、理事長の甥で生徒会の半分にお気に入り扱いされてる愛敬君からは友人扱いされ、おまけに今現在目立つ髪色の先輩四人に囲まれてる僕が、全校生徒の半分近くは集まっているだろうこの場所で?
ああああ……普段はこの時間帯賑わってるだろうに、すっごく静かなんですけど。いつもと変わらず食事してる人は稀で、殆どの人が固唾を呑んで僕の発言に耳を傾けているっぽい。
注目されるのは嫌だけど、不幸中の幸いは、食堂に会長先輩達を率いた愛敬君がいなかったことかも。あの子がいたら絶対この怪我を見咎めて……――――!
「せせせ先輩方っ!きゅきゅきゅ急用を思い出したんでやっぱりお昼は売店で買ってきます!」
愛敬君に連れ回される際、昼休憩の大半を食堂で過ごしてたことを思い出す。あの四人がここに来るのは時間の問題だ。
生徒会の三人だけなら単に周りの嬌声だけで済むだろうし、仮にこの怪我を見咎められることになっても大袈裟に捉えられないよう上手く話を纏める自信はある。
けど問題は愛敬君だ。周囲の罵詈雑言なんて気にすることもなく僕に詰め寄って、挙句推測だけで犯人を決めつけるのは想像に難くない。見るからに親衛隊に所属してるだろう子が近くに座ってるし、しかも僕を取り囲むようにして不良っぽい頭の先輩達がいる。まさにスケープゴートを作るのに、この付近はうってつけだ。
慌てて立ち上がって足早に食堂を後にしようとしていたところで、出入り口の自動ドアが開かれた。距離からして三メートル先。
僕の正面に最も遭遇したくなかった四人組が現れた。
「リョウ!どうしたんだ、その怪我?!」
僕を見て表情を綻ばせたのは一瞬。即座に気色ばんだ愛敬君は一目散に僕の眼前まで駆け寄り、いつもの大声で叫んだ。
その後ろには会長、副会長、会計先輩。愛敬君ほど取り乱した様子は見られないけど、さすがに僕の包帯頭は目についたようだ。眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべている。
「転んだのか?!」と訊ねられて「そうだ」と答えたら、この場は静かに収まるはずだった。けど実際僕は襲われ、怪我を負ったわけで……要するに是を答えることにほんの一瞬、躊躇ってしまった。それは事実。認めるよ。
でもさ、即答に値するタイミングどころか、問いかけられるとほぼ同時に勢いよく頭を掴まれた場合、吃驚して硬直しちゃうのは、仕方のないことだと思う。寧ろこちらの理由の方が答えに窮したと捉えるべきじゃないかな?
「答えないってことは、やっぱり襲われたんだな?!誰だ?!親衛隊か?!」
だから!何も言ってないのにどうして即決しちゃうかなー!もうっ!
でも僕が否定するよりも先に、僕の後方から威嚇の声が上がる。
「あぁ?!補佐さんに怪我させたの、てめぇじゃないのかよ?」
「俺がそんなことするはずないだろ!リョウの親友なのに!疑うなんてサイテーだ!というかお前ら、F組だろ?!F組は親衛隊に手を貸す奴ばっかって聞いたぞ!お前達がリョウをこんな目に遭わせたんだなっ!」
「ちが……!愛敬君、待って――――っ!」
僕の頭をまるで放り投げるかの如くぞんざいに振り払った愛敬君は、僕の制止を無視して背後にいた先輩達に飛び掛かり、オレンジ頭の先輩を殴り飛ばした。
「てめぇ!ミケランンジェロに何しやがる!」
ミケランジェロ?!
思わずそこにツッコミかけたけど、愛敬君が激昂した青頭さんに突き飛ばされて近くのテーブルにぶつかったのを見て、それどころじゃないと改悛する。僕達がいる周辺に座っていた生徒達が巻き込まれまいと一斉に立ち上がって、我先にと壁際へ向かい出して騒ぎが一気に増長する。出て行こうとしないのは、会長達がドアを塞ぐようにして立ってて邪魔になってることもだろうけど、殆どは野次馬になりたいからなんだろうな。
テーブルに突っ込んだ際に料理が顔に付着したらしい愛敬君は乱暴に口元を拭いながら吼える。
「いきなり何するんだ?!」
「してきたのはそっちだろうが!」
「愛敬君!先輩達も落ち着いて!そもそも僕の怪我はどちら側でも――――」
拳を振りかぶろうとしていた愛敬君の腕に縋りついたその瞬間、強い眩暈がした。
この感覚は……何でこんなときに……!
“生徒会”が現れた!
けれども奴らは何もしていない。寧ろ背景(笑)
ここでちょっと補足。
まずネクタイピンですが、学年ごとに色が違います。
因みに……
一年=白
二年=黒
三年=灰
です。
そしてF組ですが、意図的に成績が良くない者や不良、問題児、いわくつきな生徒が集められたクラスです。
A~E組は、成績順。
今更な説明ですみません……orz