×××が現れた! (長男4)
マウスをクリックして画像が切り替わる度、眉間の皺が段々深くなっている気がする。それくらい、PCの画面に映っているものには不快な気持ちにさせられた。
リョウと同じ年頃の男の子達がこいつの餌食になっていたという証拠を目の当たりにしているのも理由の一つだろうけど、こういった行いを撮ってUSBに移して記録していたことは勿論、それを学校に持ち込んでいるってこと自体が、常軌を逸してる。
「如何にも胸糞悪いって顔してるな」
「これを見て平然としてられる方がどうかしてるよ」
「悪趣味って意見には賛同だけど、こういうのを後々眺めて征服感を反芻したいって気持ちは分からなくないだろ。最初のうちこそ反抗的な態度をとっていたのが、次第に快楽の虜に落ちてくんだ。しかもそうしているのがヤってる自分で……て、安心しろよ。テッペイ相手にこいつみたいな無理矢理なことするつもりなんてないから」
「当たり前だよ。というか、テッペイ以外でも駄目に決まってるだろ」
「同意の上なら文句ないだろ?それに、世の中には撮られることで興奮する奴だっているぜ?」
「………」
「冗談だ。そんな汚物を見るような目で見んな。そもそも俺にそんな趣味はないっての」
どうだか。
小さく息を吐いて、呆れた眼差しを向けていたタツヤから再び正面の液晶へと視線を落とす。
そこには数十人にも上る、半裸、或いは身ぐるみ全て剥がされた少年達が凌辱されてる様が数百枚に渡って撮られていた。
カメラを向けられた当初こそ、こんな目に遭うなんて想像もしてなかったんだろう。はにかむような笑顔だったり、無邪気にピースサインをしていたり、中にはテンションが上がって悪ノリしていたようで、コスプレしている子なんかもいた。そんな彼らが次第に拗ねた表情を見せて、驚いて、怒って、焦って、泣いて、絶望して……最終的には撮影者の手によってあられもない姿へと辱められた。
僕らの調べでは今のところ、この撮影者は被写体となった子達に対して金銭の要求や再度関係を迫るといった脅迫はしていない。けど、彼らの弱みを握っているのは紛れもない事実。
それはネットを通じて、いつでも、世界中にお前の痴態を曝してやることができるんだって言われているのも同意なんだから。
「とりあえず証拠は掴めたし、後はこれをクライアントに渡すだけだな。ミキさんは仕事が終わったら迅速に引き上げろって言ってたけど……どうする?」
「え?」
「リョウ君襲った奴、見つけるんだろ?」
「……僕、お前にリョウの怪我のこと話した憶えないんだけど?」
「今朝見かけたんだよ、頭に包帯巻いてんの。それに、それで隠してるつもりか?不機嫌オーラ駄々漏れだぞ」
「………」
誰かがうちの末弟に傷を負わせた。勿論それが不機嫌な理由の大半なんだけど……そう、大半というわけであって、全部じゃない。
転校初日、フラフラした状態のリョウを目にして不審に思わないはずがなかった。仕事でここ半月まともに会えなかった間に何が遭ったんだと、勿論仕事も大事だけど、それと並行してリョウがこの学校でどんな無体を強いられているのかを調べた。徹底的に。
この学校の生徒会役員が顔面と家柄偏差値による人気投票で決定されること。生徒会庶務に任命されたカナタ君から補佐としてリョウが指名を受けたこと。そんなリョウを妬む生徒達がリョウに嫌がらせを行っていたこと。
……ここまでが、リョウがこの学校に入学してからつい数週間前までの経緯らしい。
生徒会補佐に選ばれた理由はリョウ本人から聞いてたし、生徒会役員に美形――顔立ちの良し悪しは正直あまりよく分からないからテッペイの判断なんだけど――集団というのも以前から知るところではあったんだけど、まさかリョウが難癖付けられてるなんて思いもよらなかった。それが数ヶ月にも渡っていたなんて!
それでもあからさまに暴力を振るわれるようになったのは最近らしい。
……そう、愛敬ルカという理事長の甥。
彼が現れてからというもの、会長、副会長、会計の三人が仕事をしなくなりその皺寄せがリョウに向かった。唯でさえ忙しくなったというのに理事長の甥に振り回され、サボりの役員達と一緒にいることを必要以上に強要されるようになって、それが親衛隊の怒りを煽ることになったというんだから……平常心でいられるわけがない。
ただでさえ頭に血が上っていたのに、更に沸点を超えたのは昨晩、意識のないリョウを制服からルームウェアに着替えさせたとき。
体に付けられた幾つもの傷跡を目にした瞬間、あまりの仕打ちに腸が煮え繰り返った。
気付けなかった自分自身も勿論許せなかったけど、まずはリョウを傷付けた子達にどんな仕打ちが妥当か考えを巡らせたものの……リョウはそれを望まなかった。
――――「人って無情にもなれるけど、逆に心馳せを持つことだってできるんだよ」
気絶して、彼が帰った辺りから眠りに就いていたけれど、若干和らいだだけでまだまだ油断を許さない顔色の悪さだというのに、そう告げた表情はとても穏やかだった。
――――「時間をかけて分かりあえることだってあるから、だから兄貴、もう少し時間がほしいんだ」
「これ以上酷い目に遭うかもしれないのに黙っていられるはずないだろう!リョウが今までどれだけ頑張ってきたか……!あれだけ目に見える形でこの学校に貢献してきたのに、現実から目を背けてる連中の為にリョウがこれ以上身を削る必要なんてないんだよ!」
……そう告げるはずだった。
そう、咎めるはずだったのに……できなかった。
顔を上げて、真っ直ぐに僕の顔を見据えた視線。そこには一切の迷いも怯みもない、固い決意の意志のみ。
揺るぎない眼差しで射抜かれて、僕は兄という立場を一瞬忘れた。
硬直した僕にリョウは薄く笑みを浮かべるとベッドから起き上がった。
――――「実を言うと、もう少しで挫けそうだったんだ。距離的には家にいるときに比べて今の方が兄貴や兄ちゃんと近いはずなのに、他人のフリしなきゃいけないからか余計に遠く感じちゃってたし。ムカイ君とは暫く顔合わせてないから会いたくて会いたくて、すっごく恋しいし。……そんな甘ったれた僕だけどさ、兄貴達には自慢の弟でいたいんだよ。せめて、胸を張って生徒会役員なんだって言い切れて、皆に認めてもらえるくらいの、さ」
「だから逃げるわけにはいかないんだって。……成長したなぁって、ホントは感激すべきなのかもしれないけどさ、でも僕としては……」
「頼ってもらえなかったことが悔しくて悔しくて堪らないって?お兄ちゃん?」
見事に指摘されてぐうの音も出ない。正しくその通りなんだけど、ニヤニヤされながら言われるとやっぱりちょっとムカつく。
「俺も、せめてあと一週間ちょっとは残っていたかったな。まぁ撤退する前に種明かしはしていくつもりだけど」
「別に必要ないだろ。というか、気付いてるんじゃない?」
「いや、ありゃどうみてもまだだな」
一週間ちょっとというのはテッペイの残りの教育実習期間。
種明かしとはイコール今の変装を解くということだけど、テッペイにそれをする必要性は全くないんだけどね。隠してたのはテッペイが動揺する様を見てみたかったからとか……うん、良い趣味じゃない。
そんなことを考えながらマウスを持つ手を動かそうとしたそのとき、視界がブレた。いや、視界だけじゃなく体全体が傾く。
「ヒロキ!」
「ごめん、入れ替わるみたい……」
*
「――――イ、聞いてるのか?!無視するなんていけないんだぞ!」
意識を戻すと同時に、鼓膜を刺激する大声に思わず顔を顰めた。
「何……?」
「だから!この頭の怪我はやっぱり親衛隊の仕業なんだろ?!」
櫛を通していないグチャグチャの頭。顔の半分を覆うくらい大きな眼鏡。そのレンズは指紋だらけで、口元にはケチャップ。
一目で気付いた。
「初めまして、愛敬ルカ君」
「は?」
自分がこんなにも冷たい声が出せるなんて、初めて知ったよ。
“タツヤ”登場!
いや、前々から彼は……ゲフン、ゲフン!
……誤魔化したところで読者様にはとっくにお見通しなんでしょうけど(笑)