×××が現れた! (次男3)
運動会で定番のあの曲、え~と……そうだ、“天国と地獄”!徒競走の定番だったよなぁ。あれ聞いたら全力疾走したくなるのって俺だけ?
まぁそれはともかく、何で“天国と地獄”の話を始めたかってぇと、現在俺の頭の中でエンドレスでリピートされてっから。
「どこ行くんだよリョウー!」
もっと事細かに言ってみりゃぁ、宇宙人に追いかけられてっからだ。彼此もう十分くらい全速力で走り続けてんだけど。しんどいってぇの。宇宙人、マジしぶとい。
入れ替わりでリョウの体になってた俺は、すぐさまその場から逃げ出そうとした。けど宇宙人は自分の許可なく俺が傍から離れようとするのが許せないらしくキーキー騒ぎ出して、会長、副会長、会計の三バカトリオはそんな奴を宥めたり俺を敵視したりで……鬱陶しいったらありゃしねぇ!終いにゃあの野郎、実際の俺の体と大して変わんねぇ体格だろうにどこにそんな力があるのかってくらいの馬鹿力で腕握ってきて……リョウの体に痣が付いちまったじゃねぇかこの野郎ぉぉぉ!
宇宙人とその仲間達をボコボコにしてやりたいのは山々だったが多勢に無勢。兄貴ならともかく、俺もリョウも格闘なんてからっきしだからな。
そこで俺がとった行動は――――
「外で女がセクシー下着でサンバ踊ってんぞっ」
ビシッと窓を指せば、八つの目が瞬時にそちらを向く。宇宙人の拘束が緩んで、その隙を逃さず俺は一目散に生徒会室からescape。
バーカ!バーカ!男子校にそんな女がいるはずねぇだろうが。寧ろ俺が見たいわ!つーか、あの位置から下、見下ろせねぇよ。
胸の内でそうせせら笑ってたのも束の間。
「待てよ、リョウ!嘘を吐くなんてサイテーだっ!」
「うげぇ?!」
おい、宇宙人!何で追いかけてきやがる?!
悪態を吐きたい気持ちを押し留めて、とにかく奴を撒こうとひたすら足を動かす。
自分じゃ闇雲に走ってたつもりだけど、兄貴がちゃんと授業を進めてくれているかどうか、無意識に気になってたらしい。気付けば授業してた教室のある廊下に差し掛かろうとしていた。
もしかすっと俺、助けを求めようとしてたとか……?いやいや、兄貴やリョウにこれ以上心労かけさせたくねぇって思ってただろ!
いや、でも……ああ、もう、ついでだ!
「教卓の大学ノート、青い付箋ーーーー!」
そこに穴埋め問題書いてるから、読み上げるなり、ホワイトボードに写して生徒に解かせるなりして授業乗り切ってくれ。発音悪かったり、筆跡違ってたりで指摘されるかもしんねぇけど、まぁそこらへんは誤魔化しの利く範囲だろ。
頼んだぜ、兄貴!
それから約三分後、漸くあのクソ宇宙人から逃げ切ることができた。たった三分、だなんて思うなよ?三分間全力疾走ってキツイからな?しかも今は、体力が極限に落ちてるリョウの体だし。
逃げ切ることができた……といっても、この体勢はひっじょ~にいただけない。
この、二階の窓枠上部に手を掛けて、二階と三階の間にある外壁の出っ張りに爪先を引っ掛けているという事態は。
おかげで頭ん中の音楽は“天国と地獄”から“某スパイ映画”のテーマソングにshift changeだ。
「下手に手ぇ離しゃ、顔面激突間違いなし。……うへぇ」
アホだろ俺。そりゃ、宇宙人の目を晦ますことにゃ成功したぜ?奴が窓から顔出して下キョロキョロしたときは心臓バクバクだったけどよ。けど、ここまで危ない体勢に持ち込んでまで逃げる必要なかっただろうが。しかも自分の体ならいざ知らず、自分の体じゃねぇだろうに!
「くそっ。ここでウダウダ考えてても仕方ねぇ。そろそろ全身がブルッてきたし」
あの野郎の声はもうしねぇ。さすがにもうこの辺うろついてねぇだろ。
足を離せば手首と腕に体重かかるから、それにつられて手ぇ離さねぇよう、気を付けて素早く二階に滑り込む。
……そのはずだったのに。
あ、と思ったときには、既に体は宙を舞っていた。
「やっべ……!」
失敗した。
けど一階と二階の間にもさっき足を引っ掛けてた出っ張りがある。そこに一瞬だけ手ぇ着いて円転するようにすりゃ何とかいけんだろ。
体を捻って手を伸ばそうとした次の瞬間、視界の端に誰かがこちらに向かって歩いているのが見えた。そのコースというのが、丁度俺が着地するであろう場所で……嘘だろ、おい?!
出っ張りから危うく手を離しかけたけど、どうにかそれを留めて勢いを殺す。おかげで指先に全体重が圧し掛かった。
うおおおお!腕が、腕がつるぅぅぅ……!
「そこの君、何してるんだ?」
「さ、最近……は、流行りの、ぶらさがり……健康法……」
なわけねーだろ。と思いつつも、馬鹿正直に「二階と三階の間の高さから飛び降りようとしてた」なんて言えねぇし。
とりあえず危ねぇからそこを退くよう忠告しようとした刹那、指が滑った。
「うおわっ!」
大した高さじゃねぇがさすがにビビる。
反射的に目ぇ閉じて尻餅覚悟だったけど……痛くねぇ。あれ?
「大丈夫か?」
顔を上げて何が起こったか確かめようとしたら、間近に見知らぬ男の顔。うおぉ!近ぇ、近ぇぞ?!
え?つか俺、お姫様抱っこされてる?もしかしてこいつが助けてくれたのか?つか、誰だ?制服じゃねぇし、おまけに背も高ぇ。膝くらいちょん切って俺に足せや。
……いやいやいや、助けてくれたっぽい人に何てこと考えてんだよ、俺。まぁ、助けたっつっても死ぬような高さじゃなかったけど。
「え~っと、ありがとうございます」
「……いや。怪我はないな」
そいつは何故か暫くこちらを眺めていたが、やがて俺を下ろすと何も言わず去っていった。
何者だ、あいつ?顔、すぐ近くにあったけど、眼鏡と長い前髪であんまよく分かんなかったし。
背中を丸めて去っていく汚れた白衣を着たその男の後姿が完全に消えるまで、俺は視線を逸らさなかった。
*
入れ替わってた間の状況を包み隠さずリョウに白状すれば、当然怒られた。
『兄ちゃんの馬鹿っ!そりゃあ愛敬君から逃げる為とはいえ、そんな危ない真似……!』
「ホント悪ぃ。反省してる。もう二度とあんなことしねぇよ」
『当たり前だよっ。怪我がなくて良かった……!』
「ごめんな。あの宇宙人に腕掴まれたとき痣作っちまったから、全く無傷ってわけじゃ――――」
『僕の体じゃなくて兄ちゃんが、だよ!もし兄ちゃんが自分の体のままそんなことして、最悪大怪我したなんてことになったら……仮に今日みたく僕の体のままだとしても、怪我した直後に痛い思いするのは兄ちゃんなんだからね!僕や兄貴がどれだけ心配すると思ってるの?!ちゃんと分かってる?!』
自分の体の心配よりも、俺の心配かよ。
あぁ、もう。
「俺、リョウの兄貴で良かった……」
『……兄貴』
頭、大丈夫?
そんな副声音がケータイ越しに聞こえてきた気がすっけど、気のせいだよな?
『とにかく、兄貴を助けてくれた白衣の人って多分レン先生だと思うから、今度会ったとき御礼言っとくよ』
「レン先生?」
『非常勤の美術の先生。つい最近来たんだよ』
「ふ~ん。……あ、さっきムカイから連絡あったんだけどよ、お前メール読んだか?返信来ねぇって煩ぇんだけど」
『え、そうなの?というかさっきまで会議してて、終わった直後に兄貴から電話あったんだよ。これ切ったらムカイ君にメールするね』
「是非そうしてくれ。今日こそお前の好きなもん作って待っとくって張り切ってたから、早く帰ってこいよ」
『うん。僕もムカイ君に会いたい』
嬉しそうに、久々にあいつの弾んだ声聞いて、俺も楽しみに家で待ってた。
……なのに。
まさかその数時間後、リョウが危険に晒される出来事に遭遇していたなんてこと、このときの俺はまだ知る由もなかった。
“美術教師”登場。
どうやら体育教師同様、最近やってきたらしい。
大学ノートの青い付箋に書いてあったのは穴埋め問題でした。