×××が現れた! (長男2)
Nに「暫く店に寄れそうにない」ってメールを送ったら、五秒も経たない内に電話が鳴った。早っ!
『ヒロキ!今のメール何だよ?!』
「えっと、ちょっと仕事で遠方まで行かなきゃいけなくなっちゃって……」
『遠方……?!お前の仕事、調査じゃなくて事務って言ってたじゃねぇか!』
「そうなんだけど、ちょっと訳ありで」
『ど、何処に行くんだ?場所遠いのか?つーか、いつまで?!あ、危ねぇこと調べたりするんじゃ……?!』
「だ、大丈夫!環境設備が整ったところだし。N、そろそろバーの準備する時間だよね?体に気をつけて!それじゃあ」
電話を切って、部屋を出ると同時に溜息を一つ。色々訊かれたけど、わざと答えなかったことに罪悪感。
とはいえ仕事の関係でバーに立ち寄れないのは事実だし、環境設備の整った場所に行くのは本当。あ、でも一つ嘘吐いた。
距離はあるけど、自転車で行ける場所ではある。……寮生活になるから暫く家には戻れないんだけどね。
そのことテッペイとリョウに伝えなきゃなぁ。なんて考えながらリビングで寛いでたら、テッペイが帰ってきた。酷く疲れているみたいでフラフラしてる。昼間入れ替わったから仕方ないか。
僕がリョウになったってことは、テッペイが僕になってたわけで……あ、ミキさんの話聞こうとして所長室に入ろうとしてたときだったから、タツヤが傍にいたんだっけ。あいつ、僕が戻ると同時にどっか行っちゃったから訊けず仕舞いだけど、絶対テッペイに何かしたな。
「お疲れ様」
「あ~も~!マジ疲れたっ。ガキどもは煩ぇし、指導案の作成にゃ手間掛かるし、ドS変態はセクハラしてくるし!」
「セクハラ……?」
「あ、いや~、え~っと……そういや兄貴、久しぶりだよな。最近夜勤続きだったし」
誤魔化そうとするテッペイに追尋しようと思ったけど、後に続いた言葉にそういえば、と思う。
ここ数日、夜間に動く目標を追跡する調査員に指示を出す為に、昼間は家、夜は事務所って生活が続いてたから、中々弟二人に会えない日が続いてたんだよなぁ。テッペイは昼間見かけることあったけど、リョウとは半月近く顔合わせてないかも。入れ替わりのおかげで相変わらず大変そうな日々を送ってるのは痛感したけどね。
「夜勤の仕事は終わったんだけど、次に厄介なの任されちゃってね」
「ああ、ミキさんから聞いた。つーか、タツヤまで付いて来んだろ?勘弁しろよ~」
「テッペイ。ミキさんからも重々言われただろうけど、僕の体になったときは――――」
「へいへい。調査中と思われる行動を取ってた場合は、速やかに撤退すること。深入り厳禁。……てか、兄弟全員あの学校に通うって状況、どうよ?」
「どうよ?……って、何が?」
「何がって……あ。悪ィ、兄貴。言い忘れてた」
「何を?」
「俺さ、母校の教育実習の受け入れ、急遽断られてリョウのトコ行ってんだわ」
………。
「……はああああああ?!」
「うん、まぁ、だから、その……俺に入れ替わったときはよろしく」
「いやいやいやいや!唯でさえテッペイが通ってた学校で教えるっていうのも不安要素たっぷりだったのに、星冨でだなんてとてもじゃないよ!僕の学力知ってるでしょ?!」
「生徒に教えるだけじゃなくて、他にも色々あるけど……」
「余計無理っ!」
「俺の教員免許懸かってんだから!死ぬ気でやれば何とかなるって!」
その後二人でギャイギャイ言い争って、明日から始まる寮生活の支度やらで僕はちょっと早めに就寝。
リョウに僕の状況報告するのは明日の朝でもいいか。こんな重要なこと、とてもメールじゃ言えないし。
でも今回の件、片付いた後がちょっと怖いかも。
僕が部屋を出て戻ってくるまでの間にあった着信履歴、九十七件。メール受信、百五十六件。……どれも同一人物だったのは言うまでもない。
朝六時に起きたというのに、既にリョウは家を出ていた。ちゃんと僕やテッペイの朝御飯の用意も済ませて。テッペイの話によれば、十時を過ぎた頃にヨロヨロになって帰って来たらしい。「ただいま」とだけ挨拶してそのまま部屋に上がってしまったとか。
そんなリョウの様子を二人で心配をしながらも、支度を済ませて家を出た。それからテッペイが運転するバイクのサイドカーで山の中腹まで乗せてもらって、そこから歩いて学校へ。
どうして校門まで送ってもらわなかったのかというと、これから僕はテッペイやリョウとは無関係の人物になりきらないといけないから。
門の隣りの守衛室……じゃなくて家?の呼び鈴を鳴らしたら、文化祭のときにもお世話になった用務員さんが対応してくれた。
「今日からお世話になる田中です。よろしくお願いします」
「お~お~、よろしくなぁ。儂のことはトクさんと呼んじょくれ。荷物、このキャリーバック一つけ?後から宅配で送ってくるっちゃ?」
「いえ、それ一つです」
長期間滞在する予定じゃないし。家具、家電付きって言ってたから、着替えさえあれば何とかなるだろうと思って必要最低限の物しか持ってきてないんだよね。
「さっきから気になってたんですがトクさん、ズボンからシャツはみ出てます。それに脱いだ服は床に置かず、ちゃんとハンガーに掛けて下さい。皺になりますし、何より埃が付きますから。それに机の上だって……」
この建物に入って気掛かりに思ったことを述べながらトクさんの身嗜みを整えたり片付けをしていると、いつの間にか学園内を案内してくれる生徒が迎えに来てくれる時間になっていた。
鳴った呼び鈴の音に何故かホッとした顔をしたトクさんは「キャリーバックはちゃんと運んどくけん、早う行っといで」と半ば強引に僕を外へと出した。
「迎えが遅くなって申し訳ありませんでした。僕は生徒会補佐の――――」
「リョウ?!」
「え?その声……いや、でも……え?」
リョウが訝しむのも無理ない。
今の僕はワックスでいつもと違う髪型にして、ついでにエクステも付けてるし、伊達眼鏡を掛けて、目もちょっと色素の薄いカラコンを入れている。おまけに体格を誤魔化す為に少し大きめの服を着てるしね。できたらシークレットブーツも履きたかったけど、校内は上履きだからそこは諦めた。
でも僕が驚いたのは、迎えに来たのがリョウだったってことじゃない。リョウの顔色だ。明らかに寝不足と分かるほどに目の下に濃いクマができてて、肌の色だけじゃなく唇にだって血の気がない。それにちょっと痩せた……?
一体リョウに何があったのかという疑問と同時に、どうして昨日入れ替わったときに気付けなかったのかと、自分に対し後悔と苛立ちが湧き立つ。
問い質そうとしたけど、門の横に設置された監視カメラが視界に入る。さすがにここでは訊けないから「歩きながら話そう」と促がした。
「仕事である依頼を受けて、暫くこの学園に通うことになったんだ。もう分かってるだろうけど、ここでの僕は二年の田中。リョウとは勿論、教育実習生のテッペイとだって赤の他人って設定だから」
「兄ちゃんが一昨日からここに教育実習生として来てるだなんて知らなくて驚いたばかりなのに、まさか兄貴まで来るなんて……」
「ところでリョウ、一体何があったの?毎晩帰ってくるの遅くて、今だって凄く疲れてるみたいだし。昨日宇宙人だとかマリモに追いかけられてるって聞いたけど……」
「……その宇宙人とマリモは同一人物だよ。先週僕のクラスに転入した子で、兄貴とは学年が違うけど……」
次の瞬間、今にも泣き出しそうな表情で僕の腕を掴み、リョウは懇願した。
「兄貴、愛敬ルカって子には絶対に関わらないで」
愛敬ルカ。僕はその名をしっかり胸に刻みつけた。
リョウは関わるなって言ったけど、リョウの生活に悪影響を及ぼしたであろうその人物を蔑ろにするわけにはいかない。
僕がここにいるのは仕事の為であって、勿論それを最優先にしなきゃいけないけど、もしリョウやテッペイに取り返しのつかない危害を加えるのなら、そのときは――――
今回は“転校生その2”が現れた……ですかね?
十歳サバ読んでるけど(笑)