お初にお目にかかります (三男)
携帯電話のアラームに起こされてフラップを開けば、メール受信のマーク。内容を見ずとも、送信者の名前を見るだけで憂鬱になってくる。
また今日も帰り、遅くなっちゃうなぁ……。
溜息を吐きながら、僕はパタンと携帯電話を静かに閉じた。最近の目覚めはあまりよろしくない。
学校まで自転車で約一時間かかるとあって、僕の朝は早い。山奥にある学校に通ってるってこともそうだけど、社会人の長男、何かとだらしない次男を陰ながら支えようと、この家の家事を僕が賄っているのも理由の一つ。
着替えたら、まずは音を立てないようクイ○クルワイパーで掃除。レポート提出が今日までって言ってた兄ちゃん――長男を兄貴、次男を兄ちゃんと呼び分けてる――を起こそうとするけど失敗。それから朝食の用意をして仏壇にお供え。再び兄ちゃんにリベンジかけるけどまたしても失敗。諦めて弁当の用意をしてたら、兄貴がキッチンに顔を出した。
「おはよう」
「おはよう、兄貴」
兄貴は僕より十歳上だけど、その顔はどう見ても成人してるようには見えない。多分僕の制服着ても違和感ないと思う。兄ちゃんもこのあいだ二十歳になったというのに、未だ高校生に間違えられる。どうやら童顔なのは家系らしく、僕も例外じゃない。高校に入学した当初なんか小学生みたいだってよくからわかれた。
俺達兄弟、皆年齢より下に見られる顔立ちしてるけど、兄貴はどちらかといえば恰好良い感じで、兄ちゃんは可愛い感じ。僕だけ凡庸としている。……それがちょっと、本当にちょっとだけコンプレックスだったりする。
家を出ようとしたところで弁当を忘れたという兄貴を玄関先で見送ってたら、隣りの家から若い男の人が出てきた。兄貴の勤務先の所長の長男で、幼馴染のムカイ君だ。
「おはよ、リョウ」
「おはよう、ムカイ君。もう学校行くの?」
「いや、二階からリョウの姿が見えたから。暇だし、そっち行ってもいい?」
「うん。朝御飯食べた?まだだったらうちで食べる?」
「サンキュ。……実はそれちょっと期待してた。助かる」
ムカイ君の顔がますます優しくなって、思わず僕の頬も緩む。
同い年なのに、どうしてここまで兄ちゃんと違うんだろう……なんて思ってたらちょっとムカッときて、エルボーで兄ちゃんを起こした。今度は成功した。
寝ぼけ眼の兄ちゃんに今日の晩御飯をお願いして家を出たら、時刻は既に七時半。必死に自転車を漕いで漕いで漕いで漕いで……どうにか予鈴ギリギリに、無駄に豪華な校門を潜ることができた。
「ぜ~っ、ぜ~っ、ぜ~っ……」
「変質者の息遣いみたいだぞ」
黙れ。
ヨロヨロと手を伸ばせば水の入ったペットボトルを渡されて、三分の二まで一気に飲む。汗は引かないけど、何とか喉の潤いだけは補えた。
前の席に座るのは親友のカナタ。中学からの付き合いで、僕と同じ特待生だ。
「今日は何分に家出れたわけ?」
「七時半」
「お~、よく間に合ったなぁ。何?今日もテッペイさんの寝坊が原因?講義に遅刻したとしても自業自得だろ。放っときゃいいのに」
「だって兄ちゃん、レポートの提出今日までだって言ってたし。それに……たまには兄貴と兄ちゃんと三人揃ってご飯食べたいんだよ」
本音だけど、それを口にしたらやたら羞恥心が湧き上がってきた。思わず頬杖ついて口元を隠しながらそっぽ向けば、カナタはニコニコ笑いながら頭を撫でてくる。やめて、髪グチャグチャになる。
というか、こんなところ見られたらこいつの親衛隊の怒り煽るし!
このクラスにいるカナタの親衛隊の一角を見遣れば、微笑ましいと言わんばかりの顔で手を振られて、こちらも思わず手を振り返す。うん。そういえばこのクラスにいる人達は友好的だから大丈夫だった。でもこの教室の外はそうじゃない。
廊下を見れば、幸いにも誰も通ってない。もうすぐSHRの時間だったのが幸いだった。もし生徒会の親衛隊に入ってる人に見つかれば、いくら僕でも制裁対象になるからなぁ。注意しないと。
「お~。てめぇら席に着け」
ネクタイをだらしなく首に巻いて、ポケットに片手を突っ込みながら教室に入ってきたのは教師みたいなホスト……逆だ、ホストみたいな教師。先生、襟口から金のネックレス見えてます。ブレスレットって付けていいんですか?そのブランド物の腕時計、公務員の給料で買える代物じゃないですよね?
職務先が明らかに違うだろう教師とか、親衛隊とか、校舎や食堂のメニューにやたらお金かけてるところとか……金持ちのお坊ちゃま校はとにかくおかしい。
部活動に入ってないから真っ直ぐ帰れると思ったら大間違いで、放課後、僕とカナタが向かった先はこれまた豪華な造りをした部屋。今朝のメールで来るよう指示された場所だ。扉に掲げられたプレートには“生徒会室”の文字。
ノックして、返事があったのを聞いて部屋に入れば、中にいた生徒は四人。
格闘技を嗜んでいそうな顔立ちと肉体をした書記。飄々とした印象の会計。顔に微笑を浮かべながらもそれが冷たく見える副会長。そして扉から一番離れた場所に座っている会長。誰も彼も、タイプこそ違えど美形だ。ついでにカナタも同類で、僕だけこの場じゃ浮いている。
因みに会長、逆光で眩しいです。
「会長。光が眩しいんでカーテン締めてもらっていいッスか?」
「俺様の威光が目に沁みるってか?」
「眩しいんで会長の姿がシルエットなんスよ。威光も何も、会長ただの影ッス」
相手が例え先輩だろうと、思ったことをストレートに言うカナタがそう告げれば、会長はどこかしょぼんとして素直にカーテンを閉めてくれた。影とか言われてショックだったんだろうなぁ。自分を俺様呼ばわりは相変わらず痛いけど。
庶務のカナタと補佐の僕も先輩達に倣って仕事を始める。今度の会議で使う資料作成とかもあるし、帰るの遅くなっちゃうなぁ。
「リョウ、これを人数分と予備に五部コピーしてきてくれ」
「はい」
先輩に渡された資料をコピーして印刷室を出れば、結構な時間が経っていた。生徒会役員に顧問、各委員長、副委員長、各親衛隊長、副隊長分となれば当然だけど。
これを今からホチキスで纏めるのか。
まだまだ仕事があるなぁと溜息を吐いていたら、グラリと目の前が傾いた。膝の力が抜けて倒れかけるものの、どうにか腕の中の紙が散らばらないよう抱き止める。強い眩暈に気が遠ざかる。
ああ、まただ。
カナタが色々フォローしてくれると助かるんだけど……多分大丈夫だよね?
*
「おい、大丈夫か?」
「……ムカイ君?」
瞬きしながら横を向けば、ニッコリ笑ったムカイ君の顔があった。ムカイ君は唇に人差し指を当てて、前を見るように促す。どうやら場所は大学の講義中らしい。
事態を把握した僕は隣りに座るムカイ君に一つ頷いて、素知らぬ顔してルーズリーフに黒板の文字を写し始めた。
何が原因でこんなことになったのか。だけど僕、兄貴、兄ちゃんの間で起こっている不思議な出来事。
僕達三人、どういうわけか突然中身が入れ替わっちゃうんです。