×××が現れた! (三男1)
下駄箱には誹謗中傷のレター。上履きにはこんもりと腐葉土が敷き詰められ、そこから物凄い臭気。教室でも机から悪臭。机上は油性ペンで暴言がこれでもかというほどに記され、中を覗き込めば生ごみが溢れ返っていたという。
誰の、というと……僕の、です。
でもこれらのことは全て、僕が教室に入る前に風紀委員の人達が片付けてくれたらしい。たった今、クラスの風紀委員の子からそう聞かされた。
「今度改めて風紀指導室に御礼に伺うね」
「そんなのいいから警戒しろ。これも親衛隊の仕業だろうが、さすがにどこの所属かは分からん」
「こんな馬鹿げた被害が及ばないよう俺達もしっかり見張ってるからな!」
風紀委員だけじゃなくクラスメイトまで青筋を立てている。登校時間ギリギリだった僕はその臭いから免れたけど、余裕を持って登校してた人達はよほど酷い臭いを嗅がされたみたいだ。
やったの僕じゃないけど、申し訳ない気持ちで畏縮してしまう。
「僕、会計様の親衛隊辞める」
「俺も」
「うえぇ?!ちょ……な、何で?!」
「リョウ、何も悪いことしてないじゃんか。俺も副会長親衛隊辞めま~す」
「僕ら皆、リョウ君がカナタ君に巻き込まれ……ゲフン、助けを求められたから補佐を引き受けたんだって知ってるもん。それに今回だってそもそもは――――」
「いや、でも、親衛隊がやったって決まったわけじゃないし!」
「最近僕らは出席してないけど、でも親衛隊の集会が頻繁に行われてるのは確かなんだよ」
「友達を傷付けられてまで親衛隊に拘る必要なんてない」
見た目可愛らしい生徒達に男前なことを言われてちょっと……いや、かなりときめいた。
結局このクラスの会長、副会長、会計親衛隊に属してる子達は全員、その日の内に辞めてしまった。でも小柄な子達ばかりだから後ろ盾がないと危険だということで、庶務……つまりカナタのところへ移籍した。彼らの誰かが僕のような被害に遭わないなんて保証はできないけど、庶務親衛隊の肩書きは無所属より効果はある。
僕一人の所為で皆に迷惑かけてしまったのは申し訳ないけど、僕を見限らず、それどころか助けると言ってくれたクラスメイト達に感動して、ちょっと泣いてしまった。
前から制裁自体はあったけど、ここまで酷くなかったのに。
どうしてこうなっちゃったんだっけ……?
そう考えてついつい隣りの席を見ちゃうのは、原因がその席の主だって、自分でも思ってるからなんだろうなぁ。
転校生が来たのは先週。やってくると聞いたその日の朝だった。
「クラスは俺らと同じだってよ。俺らはまだ仕事残ってるし、代わりに副会長が迎えに行ってくれてるって」
「転校生って……あまりに急過ぎない?」
「だよなぁ。しかも理事長の甥だとか。前の学校で何かあったからこっちに移ってきたのかねぇ?」
生徒会室の補佐の机の上に置かれた書類の量は、カナタのおよそ倍。理由は、その日の前日に入れ替わりで僕の体に兄ちゃんが入ってたから。勝手が分からないだろうから仕方のないことなんだけど、兄貴が入れ替わったときより大概多いのは何でかな?兄ちゃん、サボってた?
ちょこちょこカナタに手伝ってもらいつつ、粗方仕事が片付いたのは三時間目終了前。だから四時間目から授業に出席しようと教室に戻って、そのときに初めて彼と顔を合わせた。
「お前が俺の隣りの席の奴か?!いけないぞ、授業サボるなんて!」
「は?」
出会い頭で突如そんなことを言われ、思い切り肩を掴まれた。しかも下手に喋れば舌を噛みそうなくらいガタガタ揺さぶってきて……。
本当、あのときあのまま昇天するかと思ったよ。後から見たら肩、赤黒くなってたしね。
「お前、名前何て言うんだ?!俺は愛敬ルカ!」
「……っ」
「おい!名前教えろよ!」
「リョウ、何してんだ?」
ミキさんの車に乗ったときくらい猛烈な酔いに襲われてた僕に声をかけてくれたのは、一度生徒会室で別れたカナタ。「大キジ」なんて言ってたからもっと遅くなるかと思ったけど、あの一声がなかったらリバースしてたかもしれない。
それくらいヤバかったんだって!
「リョウっていうのか!よろしくな!お前は?お前恰好いいな!名前何て言うんだ?!」
愛敬君の地声はかなり大きかったから、三半規管が弱ったのは揺さぶられてただけじゃなくて、間近で話しかけられてた所為もあったと思う。しかも教室にいるカナタの親衛隊も悲鳴上げて、更に煽りを纏ってたから、あの場はとにかく煩かった。
カナタも同じことを思ってたみたいで、物凄い顰め面してたっけなぁ。
「俺は……長万部タロウだ」
誰だよ?!
……って、ツッコミかけた。カナタと愛敬君を除いたクラスメイト全員が同じこと思ったね。間違いなく。
でもあのとき誰も偽名を訂正しなくて、それが功を成したのか、未だにカナタは愛敬君に本名を呼ばれていない。
というか、カナタの本名知らないままなんだろうなぁ。
で、それからがもう、本当に大変だった。
四時間目の担当が担任のホスト教師だったんだけど、愛敬君に構ってばかりで授業どころじゃなかったし、次のお昼に無理矢理食堂に連れて行かれたと思ったら会長、副会長、会計先輩が現れて愛敬君に興味持っちゃうし。
愛敬君は何かと僕に構って、何処へ行くも必ず僕の腕を掴んで連れ回した。そこに会長、副会長、会計、たまに教師ホスト……逆だ、ホスト教師も加わって食堂や生徒会室で寛ぐ。授業中にも関わらず。しかも気に食わないことがあったら物に八つ当たり。親衛隊が注意したら暴力沙汰を起こすし。どうにかその場に僕がいたらどうにか収めてるけど……さすがに寮生じゃないから帰った後まで面倒見切れない。だから朝、生徒会室に入って溜まりに溜まった書類を見て頭痛が止まない。何故なら会長達が仕事をしなくなったから……あああ、もう!
僕、カナタ、書記先輩の三人じゃ手が回らないっての!しかもカナタはたまに僕の分も手伝ってくれるけど、基本自分の分しかしないし!
「だってサボってる連中の分までやってやる義理ないっしょ。……でも書記先輩があの馬鹿げたハーレムに入んなかったのは意外ッス」
「俺はあんな喧しいのは好かん。しかも何だ、あの明らかに変装と分かるマリモのような鬘と指紋ベタベタの眼鏡は。見ているだけで不快だ」
「内面も外面も強烈ですよね……」
もう、これ以上凶猛な事態なんて想像したくもない。
なんて痛む頭で考えながらキーボードを打ってたら、書記先輩から更に頭の痛くなる話をされた。
「実は昨日からうちのクラスに教育実習生が来ていてな」
「珍しいですね」
「というか教育実習生を迎えるのは初めての試みらしい。どういった経緯かは知らんが。……それはともかく、ここの生徒など目じゃないほどに目立つ容姿をしていた」
「それは……恰好良いと可愛らしいのどちらでしょう?」
「後者だ。だが中身はそれに倣わず男らしいというか」
「え?女の人なんスか?」
「いや。男だ」
「どっちにしろ顔が良いってのはヤベェかも――――」
「リョウーーーー!ターローウー!!」
「「「!!」」」
ドタドタと廊下に響く足音と周囲を全く考えない大声。あああ、来ちゃったよ!
「一度散るぞ!」
「「はい!」」
カナタと書記先輩はノートPCを持って扉から、僕はUSBを持ってベランダから生徒会室を後にした。
それから靴に履き替えて外へ。だって校舎は何かと危ないし。今は授業中だけど、それに構わず愛敬君は追いかけてくる。加えて今は親衛隊だって神経過敏で、僕にしてみれば警戒対象だからね。
乱れた息を整えようとクラブハウスの裏で一度足を止めたそのとき、例の眩暈が僕を襲った。
*
ハッと目を開けて辺りを見渡せば、見覚えある人と視線が合った。
「どこか分からない箇所がありましたか?テッペイ君」
「あ……あ、いえ」
………。
……え?あれってユタカ先生だよね?二年の学年主任の!何で兄ちゃんと一緒にいるの?!
視線を下に向けるとPCに“教育実習生 学習指導案”というタイトルで画面いっぱいに報告書らしき文章が……え?
教・育・実・習・生
まさか……書記先輩の言ってた、可愛らしい容姿だけど男臭い中身の教育実習生って、兄ちゃんのこと?!
“転校生”が現れた!
リョウは精神的ダメージを受けている!
現在三男が受けてる被害は……転校生による連れ回し、及び追い駆けっこ。一部生徒会役員の仕事放棄による尻拭い。一部生徒会役員親衛隊の制裁。
ストレスで倒れる方が早いか、癇癪玉を破裂させる方が早いか。
或いは……。