×××が現れた! (長男1)
応接室にいるミキさんと来客にお茶とお茶請けを出してオフィスに戻ってきたんだけど、どうも気になって続きの作業に集中できない。
キーボードを打つ手を止めて、腕を組みながら背凭れに体重を掛けて顔を仰げば、いきなりタツヤの顔がどアップで映って吃驚した。存外その声が大きかったから、ここにいた所員の目が一斉に僕へと向けられる。それに慌てて謝った後、原因の男を睨み付けた。
でもこいつもこいつで、何故か僕を見て不機嫌な顔をしていた。
「……チッ。テッペイが入れ替わったわけじゃなかったか」
「テッペイになってたら何するつもりだったわけ?」
「秘密。それより何かあったのか?スッキリしない顔してるな」
「う~ん……。今応接室にいるお客さん、どこかで見たことある気がするんだけど、どうも思い出せなくて」
「前にここ来たことある客だったり、いつかの事件の関係者とかじゃないのか?」
「そういう可能性も否定できないけど、何となく探偵事務所を通して見たことある人じゃないような……」
釈然としないまま彼此約三十分経って、やっとミキさんが戻ってきた。
「ミキさん、さっきのお客さんのことなんですけど……」
「ああ、ヒロキ君。それからタツヤ君も。ちょっと来てくれる?」
所長室に入るミキさんの後に続いて部屋に入った次の瞬間、クラリと毎度の眩暈がした。覚束ない脚がガクッと崩れたと同時に後ろから腕を引かれる。
サンキュ、タツヤ。
そう口にする暇もなく、僕の意識は体とのリンクを断った。
*
どうやら今回はリョウの体らしい。
辺りを見渡すと、随分と日当たりの悪い場所にいた。すぐ横にある建物、あれ体育館だから、僕が今背にしてるのはクラブハウスかな?
でも今って授業中なんじゃ……?体育館の方から音もするし。
腕時計で確認すれば十三時三十五分。うん、五時間目だ。
生徒会役員は授業に出れないくらい忙しい場合、その免除が適用されるって聞いてたけど……どうしてリョウは生徒会室じゃなくてこんなところにいたのかなぁ?
家に帰ったら理由訊いてみなきゃね。真面目な子だから意味もなくサボるなんてことはないだろうけど、場合によっては説教も覚悟してもらわないと。
そんなことを考えながら立ち上がったそのとき、ポケットに入ってたケータイが振動した。フラップを開いて画面を確認すれば、相手はカナタ君。メールじゃなくて電話だ。
「もしもし」
「リョウ、今どこ?俺もどうにかあの宇宙人撒いたから一先ず合流しようぜ」
「は?宇宙人?」
地球に上陸してたの?しかも撒いたって、追いかけられてたわけ?
「うん?もしかしてヒロキさんかテッペイさんになってる?」
「あ、うん。ヒロキだけど」
「あ~……とりあえず色々訊きたいことがあると思うんで、俺そっち行きます。今いる場所って分かります?」
「多分クラブハウスの裏にいる」と伝えると「迎えに行くから下手に動かずそこで待ってて下さい。絶対に!」と念押しされてから通話を切られた。別に迷子になったわけじゃないから、そこまで心配しなくても……。
ぼんやり空を眺めながら「宇宙人てどんなのかなぁ」とか「ミキさんの話って何だったんだろう」とか「あの来客の人、どこで見たことあったんだっけ?」なんて考えていたら、体育館がある方とは逆側の角から足音が聞こえてきた。
カナタ君、もう来てくれたんだ。近くにいたのかな?
立ち上がってそちらに体を向けてから、そうじゃないことに気付く。
聞こえてくる足音が一つじゃなくて複数。しかも意思を持った歩き方とは違って、気だるそうに踵を引きずっているような歩調だ。
徐々に会話が聞き取れるくらい近付いてきたんだけど……気のせいかな?声、どこかで聞いたことあるような……。
「でもわざわざ靴履き替えてまでこの辺まで来ると思うかぁ?」
「別に上履きのままでも構わねぇだろ」
「アホ。あの厳しい人がそんなことするはずないっしょ」
「つーか、ホントにいたらマジ運命じゃ――――」
物陰から現れた四人がすぐに僕に気付いて、足を止める。僕も、見覚えのあるその四人の顔を見て、思わず目を見開いた。
「「「「「あーーーー!」」」」」
そりゃあ聞き覚えあるはずだよ。だってこの子達、文化祭のときに僕が叱った……というか、リョウを襲おうとしてた四人組なんだから。
でもあれほど言い聞かせたつもりなのに、何で髪の色戻してないのかなぁ?制服の改造は直して、ちゃんと釦も留めて恰好も正してるのに。あ、靴の踵踏んでる。注意しなきゃ……と思ったら、僕の視線に気付いたみたいでそっちは履き直してくれた。
「良かった!ちゃんとあのマリモから逃げ切ってたんスね!」
「ホントにいた。運命じゃん。」
「俺達、文化祭のときの補佐さんの説教に感動して、ずっと御礼言いたかったんス!」
「運命ってホントにあるんだな」
「けどあのマリモがずっと補佐さんに付き纏ってる所為で声かけらんなくて……」
「俺、さっき目が合った瞬間ベートーベンの運命が頭ん中に響いたぜ」
「さっきマリモが補佐さんの名前叫びながら走ってたんで、今ならって補佐さんに会えるかもって、俺達捜してたんスよ。それにあのマリモから逃げるのに困ってたら、俺達頼ってほしいってことも伝えたくて」
「運命って凄いな」
どうしよう。状況がよく分からない。宇宙人の次はマリモ?入れ替わりに加えて、人間以外に絡まれる体質になっちゃってる?
あと紫の頭の君、運命言い過ぎ。
「ヒロ……じゃない、リョウ!」
「あ、カナタく……カナタ!」
僕の後ろから駆け足でやってきたカナタ君は、カラフルな頭をした四人組に気付いてそっと僕を背後に押しやった。
「何でF組がここにいるんだよ?またリョウに危害加える気か?」
「俺達そんなことしねぇよ!」
「補佐さんのおかげで俺達は変わったんだ!」
「あのマリモが来てからというもの、補佐さんが色々大変だって聞いたから、あいつをぶっ飛ばそうとか考えたけど、暴力は駄目だって教えられたし……なら、それ以外の方法で補佐さんを助けようって俺達決めたんス」
「通称レオナルドこと亀井!」
「通称ラファエロこと亀岡!」
「通称ミケランジェロこと亀山!」
「通称ドナテロこと亀迫!」
青、赤、橙、紫の頭をした彼らはポーズをきめて最後にこう言った。
「「「「四人揃ってタ○トルズ!」」」」
………。
………………。
「オヨビジャナイデス」
「帰れ」
*
某ミュータント集団の名前を語った彼らはとりあえずリョウに敵意はないみたいだし、僕の勝手な判断でリョウの交友範囲にケチつけるわけにもいかなかったので、何かあったら頼りにすると言って、今日のところは引き下がってもらった。
そのすぐ後に元の体に戻っちゃったから、結局宇宙人やマリモのことは聞けず仕舞い。
帰ってからリョウに訊こうって思ってたけど、僕は翌日自分の目と耳でその正体を知ることになる。
何故なら――――
「明日からヒロキ君とタツヤ君にはリョウ君と同じ学校に通ってもらうから」
「は?!」
ミキさんから調査内容を聞かされて、そこで漸くあの来客が誰なのか思い当たったわけで。
弟の高校の校長先生。パンフレットで見たきりだけど、道理で覚えがあるはずだよ。
“タ○トルズ”が現れた!
今後彼らに出番はある……のか?