まぁ、これってコメディー0のシリアスな話なんだけど (長男)
僕が父さんと母さんの一人息子だった期間は六年。テッペイが生まれて、リョウが生まれて、いつの間にか僕は三兄弟の長男になっていた。二人は覚えてないかもしれないけど、玩具の奪い合いだとか、嫌いな物の押し付け合いだとか、口喧嘩だとか……男ばかりの兄弟の所為か、口でモノを言うよりも手が出る方が早くて、あの頃は生傷なんてしょっちゅうだったんだよね。僕も含め、今じゃ滅多に手なんて上げないけど。それだけ成長したってことかな。
中学生になるまでは本当に落ち着きのない子どもだった。それでも、父さんと母さんの負担が少しでも軽くなるように、テッペイやリョウから自慢の兄貴だと思ってもらえるように、どんなことがあろうと家族を守れるくらい強くなる……そう心に決めて、二年生になってそれも少しは自信が付いてきたかなって思い始めた矢先に……父さんと母さんは死んだ。
予想だにしなかった、突然の別れだった。
湯灌されて、死装束を纏い横たわってる男女。穏やかな顔をしていたから、本当に眠っているようにしか見えなかった。今にも――――
「あぁよく寝た」
「今何時?やだ!どうしてこんなところでこんな恰好してるの?!」
……なんて起き上がってもおかしくないくらいに。
通夜の参列者を見送って、二人の弟を寝かしつけて、一人になることができた深夜未明、僕はやっと涙を流すことができた。葬祭会館の人達が別室で控えてるから泣き喚くことは適わなかったけど、それでも父さん達が亡くなった知らせを受けてからは学校やら近所の人に通達したりだとか、葬式の手続きとか、喪主とか、とにかく色々あって泣く暇もなかったんだ。
いや、忙しさを理由に悲しみに暮れるのを後延ばしにしていたという方が正しいのかもしれない。
認めてしまうのが怖かった。父さん達の笑ったり、泣いたり、困ったり、怒ったり……そんな、これまで当たり前にあった姿がこれからはずっと見れなくなってしまう現実を。明日、明後日、一週間後、一年後、十年後……どれだけ月日が経とうと、昨日までの父さんと母さんがいた日常はもう二度とやってこないことを。
それに父さん達のことだけじゃなく、まだ小さかったテッペイやリョウを思うと可哀想でならなかった。勿論僕だって、父さんと母さんが必要なのに。
それなのに……!
そんな考えがグルグル、延々とループしてて……これから一体どうしていけばいいのか、途方に暮れていたときだった。
「焼香、いいかしら?」
「?!」
コンコンと、ノックの意味など無視して入ってきた誰かに驚き、慌てて袖で涙を拭って振り返れば、女の人が佇んでいた。背筋がピンとしてて、ヒールのあるパンプスを履いていることを差し引いても、僕よりずっと背が高い。
相手に見覚えがなくて、誰だろう、と首を傾げた。いくら物覚えの悪い僕でも、こんな迫力ある人を早々忘れられるはずなかったし。
「えっと、どちら様でしょう?」
「あなたのお父さんとお母さんの大学時代の同期。二人とはライバルでゼミも一緒だったの。私に一報をくれたのが、そのときの教授。これでも急いできたんだから」
僕に香典袋を押し付けたその人は、黙って父さんと母さんに手を合わせた。
香典袋に視線を落とし、妹尾という苗字を見てふと思い出す。父さん達がお酒を飲んだとき、よく話に出てくる人だ。
「大学卒業後にアメリカに渡って、FBIになったっていう妹尾さん?」
「あら?私のこと、二人から聞いてたの?」
「二十歳上の上司との間に子どもができたけど、相手の人が実は前の奥さんと離婚してないことが発覚して、泥沼裁判の末に慰謝料しこたまふんだくったって……」
「子どもに何てこと教えてんのよ、あんた達!」
憤るその人――――ミキさんを慌てて羽交い締めにした。そうでもしなきゃ絶対父さん達に跳びかかってたと思う。思い切り棺に向かって足、蹴り上げてたし。
暫くジタバタ暴れてたけど、やがて落ち着きを戻し踵を返して僕と向き合った。
「長いこと会えずにいたけど、子どもが三人いるのは聞いてたわ。あなたが長男のヒロキ君でしょう?」
「はい」
「これからどうするの?……といっても、あなた達はまだ義務教育中だし、施設で暮らすことになるのよね」
「……行きません」
「え?」
「施設に行きません。僕、卒業したら働きます」
通夜にいる間に囁かれてた噂は僕の耳にも届いていた。この近くにある養護施設は小さくて、僕達三人を置いてくれる余裕はないということを。それは仕方のないことだと周りは口にしたけど、納得できなかった。できるはずがなかった。ここで流されるように諦めてしまったら必ず後悔する。
何としてでも離れ離れになってなるものか。
テッペイとリョウは僕が守る。
僕の決意は固かった。
「卒業したら働くって、あなた今はまだ中学三年生でしょう?それでなくとも大人の援助なしで人生やっていけると思ってるの?」
「父さんと母さんの保険金があります。保険会社に訊いたら五千万ほど下りるみたいです」
「あのねぇ、例えあなた達全員が高校に進学しないにしても――――」
「弟二人は大学まで進学させます」
「なら尚更でしょう!一人の人生にどれだけお金が必要だと思ってるの?!」
「何とかします。テッペイとリョウを守れるなら、何だってやります」
「何だってって……臓器を売るとか?それとも慰み者にでもなるわけ?」
「どっちでも……いや、それ以上の汚れ仕事だろうと何だろうと」
ミキさんはただただ呆れた様子で首を振るだけだった。話にならない、そう顔に書いてあった。それはそうだ。口では何とでも言える。
それでも僕は本気だった。テッペイとリョウの為ならマグロ漁船だろうが、臓器売買だろうが、売春だろうが何でもやってやる。
……でも分かってた。僕にできることには限りがある。保険金だって、子どもに管理する権利なんてないんだから。
「……お願いです。僕達の後見人になって下さい」
「………はぁ?!」
膝を着いて、僕は床に額を擦りつけた。
「僕はテッペイとリョウを守りたい!けど、どう足掻いたって父さんと母さんの代わりは務まらないんです!」
お願いします!
お願いします!
何度も何度も、懇願の言葉を繰り返して。
「お願いします!世話になった分の費用は必ず返します!」
「………」
「テッペイもリョウも、まだ小さいんです!僕も、あの子達と離れ離れになりたくないんです!僕にできることがあれば何でもやります!だから、だからお願いします!僕達の後見人になってください!」
双眸から零れた涙が、リノリウムの床に跡を残す。ミキさんが来る前から泣いてた所為か、瞼が痛くて重たかった。多分既に涙腺が決壊したんだと思う。
「……顔を上げなさい」
静かに声を掛けられて言われた通りに顔を上げると苦笑された。
きっと酷い顔をしてたんだと思う。目は真っ赤で、鼻水でグチャグチャで、唇を噛み締めてたからちょっぴり口の中で血の味がしたし。しかも指摘されて気付いたけど、拳を強く握ってたみたいで掌の皮膚が切れていた。
「幸い、私はシングルマザーだけど稼ぎがあるし、例の慰謝料で貯金もあるし、経済的な余裕はあるわ。それから、実はFBI辞めて日本で探偵事務所建てようと思ってたのよね」
「そ、れって……」
「金銭援助はしない。でもあなたが私の会社に勤めてその給料で二人の弟を養うなら、後見人になってあげるわ」
そう言ったミキさんは僕に手を差し伸べた。
「よろしくね、ヒロキ君」
「あ、り……ありがと……ござい、ます。ありがとうございます……!ありがとうございます!」
もしもテッペイとリョウの手を離して二人を施設に預けていたら……そんなもしもの話を考えなかったわけじゃない。僕の我儘で二人を手元に置いておいた、そんな罪悪感が十二年経った今でも残ってる。
テッペイ、リョウ。
僕は君達を守れてる……?
次回は明るい話を書きたいと思ってるんですが……明るくなるかなぁ(苦笑)
三男の通ってる学校に×××がやってきて、次男は×××××になって、長男は調査で××に潜入……というちょっと長めの話をやろうかと。
でもあくまで予定です。