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まぁ、これってコメディー0のシリアスな話なんだけど (次男)

親父とお袋について覚えてることっつったら、ホントに断片的。

一番古い思い出は、リョウが生まれたときのこと。当時四歳。弟ができたのが嬉しくて兄貴とはしゃいでたら、病院にいるんだから静かにしろって親父にゲンコツされた。そしたら俺、兄貴、生まれたばかりの赤ん坊の泣き声三重奏が出来上がって、今度は両親共々、看護師のオバハンに怒られたっけか。

それから幼稚園の運動会の帰り道。右にお袋、左に親父、三人並んで手を繋いで、イチニのサン、で体を持ち上げてもらったのも覚えてる。あんときは駆けっこで転んでビリケツになって、落ち込んでた気持ちもそれで浮上したんだよな。子どもって単純だわ。

あとは……ちょっと離れたテーマパークに連れてってもらったり、小学校の入学式の日に校門前で写真撮ったり。そんな思い出がちらほらと。

……兄貴よりも短くて、リョウよりかは長い。

それが、親父とお袋と関わりあった俺の期間。




その関わりがプツリと切れてしまったのは、俺が八歳のときだった。


「可哀想になぁ……」

「まだお若かったんでしょう?学生結婚で、一番上の子もそのとき出来たとかで」

「ほら、このあいだの竜巻の遭った日。あれで古い看板が上から落ちてきたんですって」

「何でも看板の支えが腐敗してたとかで……」


父親の上司、同僚、近所のおじさん、おばさん、俺が通ってた小学校の先生、兄貴の担任、リョウの幼稚園の園長……色んな人が焼香に来てくれた。それこそ式場に人が溢れるくらい。そうなれば当然、通夜も長引くわけで。

だから、坊さんのお経を掻い潜るように聞こえてくるのは啜り泣きだけじゃなくて、長い通夜に暇を持て余した連中の噂話なんかも、俺達の耳に届いてた。

焼香の後にこちらにおじきする参列者に、遺族席から一人立って機械的に頭を下げ返すの兄貴の後姿をボンヤリ眺めながら、俺は横に座るリョウの手をギュッと握ってた。普段は幼児特有の高い体温を持つリョウと大して変わらない俺の手が、随分冷えきってたのを覚えている。

理由は、両親が死んだことによるショックも勿論あっけど、こんな場所でするにはあまりに不謹慎なお喋りなオバハンどもの話し声が耳の奥に入ったからだ。


「長男はまだ義務教育中なんでしょ?親戚もいないらしいし」

「なら三人とも、児童養護施設に預けられるってことよねぇ」

「この近辺だと隣町の……ああ、でもあそこは定員三十人ほどの小規模なところだったから、三人一緒っていうのは……」

「じゃあ揃って同じところに入れてもらえないってこと?」

「可哀想……」


兄貴やリョウと一緒にいられないかもしれない。その可能性が大いにあることに、顔からますます血の気が失せた。座っているというのに、まるで貧血を起こしたかのように眩暈がした。いや、もしかしたら起こしていたのかもしれない。

突然の両親の死。遠慮ない連中の噂話。親父やお袋だけじゃなくて、兄貴やリョウとまで別れなければならないかもしれない事態。

俺の頭は不安とか混乱とか恐慌とか……そういったもんで埋め尽くされてキャパシティーを超えていた。

だからもうそれ以上は何も聞きたくなくて、俺は堪らず小さなリョウの体に抱き付いた。否、しがみ付いた。


「兄ちゃん、お父さんとお母さんは?」

「………」

「二人はいつ起きるの?」


「親父もお袋も、もう死んじまったんだよ……!」

脳裏に過ったのは通夜の直前、二人はいつ起きるのかと執拗に訊いてきたリョウに対して叫んだ言葉。あのときは怒りで頭に血が昇ったけど、今は逆だ。

今一つ“死”というものを理解していない弟が哀れでならなかった。

俺よりも小さいこいつは、もっともっと、親父とお袋の手が必要なはずなんだから。




その日の夜、葬祭会館の一室を借りて寝ていた俺は体を揺さぶられて目を覚ました。参列者を送り出した後にビービー泣いてた所為で瞼がやけに重い。泣き疲れてヘトヘトだったから寝起きは相当悪かった。


「兄ちゃん、トイレ……」

「あ~?もう四歳なんだからトイレくらい一人で行けるだろぉ?兄貴に連れてってもらえって」

「兄貴いない……」


上半身を起こして部屋を見回したけど、確かに俺とリョウ以外誰もいなかった。時計を見れば夜中の三時過ぎ。俺が布団に入ったのが零時丁度だったから、あれから三時間は経ってることになる。

だというのに兄貴に宛がわれた布団は俺が寝る前と同じ、綺麗なまま。

兄貴、もしかしてまだ親父とお袋のところにいるのか?

とりあえずトイレに行きたいというリョウと二人連れションして、それから一階の斎場へと下りてみる。

案の定兄貴はそこにいた。でも様子がおかしい。斎場から少し離れた廊下にまで届く、兄貴にしては珍しい大声。でも怒声というよりも、まるで弦を極限に張り詰めているかの如く緊張を含んでいるように感じた。国語の授業の一文にあった“決死の覚悟”という言葉が一瞬頭を過る。


「お願いします!お願いします!」


斎場に一歩近付くにつれてその言葉が一層悲痛を増していく。

リョウと二人、そっと少し開いた扉の隙間から中を覗き込む。そして次の瞬間、俺は目を瞠り息を呑んだ。

親父とお袋が眠っている白い棺。その前で、兄貴が知らない女に土下座していた。


「お願いします!世話になった分の費用は必ず返します!」

「………」

「テッペイもリョウも、まだ小さいんです!僕も、あの子達と離れ離れになりたくないんです!僕にできることがあれば何でもやります!だから、だからお願いします!僕達の後見人になってください!」


兄貴の言う後見人の意味は分からなかったけど、俺やリョウと別れたくない、その言葉で数時間前の通夜でのヒソヒソ話が頭の中で蘇る。


「児童養護施設に預けられる――――」

「三人一緒っていうのは――――」

「同じところに入れてもらえないってこと?」


瞬きするのも忘れて、俺はリョウの手を握ってる左手にギュッと力を篭める。

兄貴は両親の亡骸の前で土下座して懇願している。自分自身と……何より、無知で無力で小さなガキでしかない俺達の為に。

通夜の間、あの背中はどんな思いでいたんだろう。俺も痛いくらいに分かってる両親を一度に失くした痛みと苦しみは勿論だろうけど、きっとそれだけじゃない。これから俺達二人をどうするか、そんな考えもきっとあったんじゃないかと思う。施設に預けられることがきっと当たり前で、その方が兄貴も楽だというのに……それを拒もうとしている。

俺も兄貴の隣りで土下座しよう思った。そうすれば女の人にも俺達の想いは届くかもしれない。

けど……ふと思い留まる。兄貴がそれを喜んでくれるか?俺がすれば、きっとリョウも訳も分からないままそれに倣おうとする。そんなことをすれば、あの女の人は同情するどころか、寧ろ見限るんじゃ?けど……!

どうするのが一番正しいか分からなくて、強く唇を噛み締める。


「……リョウ。今の兄貴の姿、ちゃんと目に焼き付けとけ」

「………」


俺はそう言うしかできなかった。

リョウもリョウで、俺以上のガキだってのに何かを感じ取ったのかもしれない。

動揺するような言葉を発することもなく、しかし頷くこともなく、俺達はジッと、ドアの僅かな隙間から見える光景を一心に見詰めていた。




その翌日の告別式が終わった後。

父さんと母さんの大学時代の同期だったミキさんが、俺達の後見人を務めてくれることを兄貴から聞かされた。

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