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まぁ、これってコメディー0のシリアスな話なんだけど (三男)

サブタイトルどおりの今回シリアスな過去編です。

入れ替わりなしです。

僕には動いてるお父さんとお母さんの記憶がない。でもだからって二人の顔を知らないわけじゃないよ。仏壇に供えてる遺影とか、アルバムを開いたら写真だって残ってるしね。その中には小さな僕も映った家族五人で撮ったものもあったし。……何も、覚えてないけど。

そう、二人が亡くなったのは僕が四歳のときだから、何か一つくらい思い出に残るようなものがあってもいいはずなのに……ね。何もないんだ。兄貴や兄ちゃんに、当時通ってた幼稚園のこととかテーマパークに行ったこととか話してもらっても「そういったこともあったね」って頷けないのが寂しい。

でも一つだけ、お父さんとお母さんに関することで強烈に頭に焼き付いてる出来事があった。

……二人の通夜の日のこと。あの日の、あの光景だけは忘れられない。ううん、忘れちゃいけないんだ。

絶対に。




その日は平日だったにも関わらず、幼稚園に連れて行ってもらうこともなく、代わりに初めて訪れる場所で兄貴と兄ちゃん、そしてそれ以外の黒いスーツや喪服に身を包んだ大人達が僕の前を何度も往復していた。

皆が皆、暗い雰囲気をしてて、忙しなくて、悲しそうで……その原因がどうしてなのか、僕は全く分かってなかった。まさしく無知という言葉を体現した子どもだったと思う。

だから喪主という立場だった兄貴や悲しみを紛らわそうと大人の手伝いを率先して買っていた兄ちゃんの邪魔ばかりしていた。


「兄貴。リョウ、今日幼稚園あるよ?兄貴も兄ちゃんも、学校は?」

「……暫く休まなきゃいけないんだ」

「何で?僕、どこも痛くないよ?兄貴か兄ちゃん、どこか痛いの?」

「………」

「ここどこなの?」

「死んだ人にお別れを言う場所だよ。だから今日は……父さんと母さんにお別れを言うんだ」

「お父さんとお母さん、あの白い箱の中で寝てるだけだよ?何でお別れなんてするの?」

「………」


生きている限り必ず死が訪れること、命の重み、その尊さ――――死の概念が全く理解できていなかった僕は、呼び掛けても応えてくれない、白い着物に身を包み横たわる両親に焦れて、兄貴と兄ちゃんに構ってもらうべく何度も二人に問いかけた。


「兄貴、兄ちゃ――――」

「うるせぇ!」


怒鳴られてそこで漸く、兄貴の横で黙って俯いてた兄ちゃんが眦に涙を溜めて辛そうな顔をしてることに気付いた。


「いねぇんだよ!何を言っても、親父とお袋に俺達の声は届かねぇんだよ!親父もお袋も、もう死んじまったんだよ……!」


振り絞るように声を震わせた兄ちゃんは、強く唇を噛み締めるとどこかへ行ってしまった。

どうして怒鳴られたのか、僕のどんな言葉が兄ちゃんの怒りの琴線に触れてしまったのか分からず、戸惑いながら兄貴を見上げれば、兄貴は辛そうに眉根を寄せながらもいつも通り僕の頭を優しく撫でてくれた。


「リョウ、もうすぐ大勢の人がやってくるから、大人しく座っててね」


そう言うと、兄貴は外へと飛び出した兄ちゃんを探す為に部屋を出て行った。本当は兄貴もあのとき、僕に怒鳴りつけたかったのかもしれない。

でも小さな僕はそんな考えなど思い浮かぶことなく、ただただ言われた通りパイプ椅子に座って足をブラブラさせていた。




何で皆、悲しそうな顔してるの?

どうして泣いてるの?

何で兄貴、震えてるの?

どうして兄ちゃんの手、そんなに冷たいの?

死んだって何?

もう起き上がらないって、どうして?

お父さん、お母さん。どうして返事してくれないの?

何で?何で?何で?何で?何で?

どうして?どうして?どうして?どうして――――?




ふと瞼を上げたら、オレンジの豆電球の明かりが眩しくて思わず目を瞑りたくなった。

また眠りたくなったけどトイレに行きたくて起き上がる。そこでここが自分の家じゃないことに気付いた。兄貴が葬祭会館と呼んでた場所だ。


「兄貴……どこ?」


トイレの場所が分からなくて兄貴の姿を捜すけど、隣りにいるのは兄ちゃんだけ。兄貴に用意されてた布団には皺一つ付いてない。


「兄ちゃん、トイレ……」

「あ~?もう四歳なんだからトイレくらい一人で行けるだろぉ?兄貴に連れてってもらえって」

「兄貴いない……」


だから代わりに兄ちゃんを起こしてトイレに連れて行ってもらった。

寝ぼけ眼で用を済ませて、兄貴を捜す為に兄ちゃんと二人、下に降りる。するとお父さんとお母さんがいる部屋から声が聞こえてきた。


「お願いします!お願いします!」


今まで聞いたことないくらい必死な、兄貴の声。

ちょっとだけ開いてた扉の隙間から兄ちゃんと二人、明かりが漏れてたその部屋を覗き込めば、兄貴が膝と頭を床につけて跪いていた。

前に見た時代劇を思い出して、その姿が土下座だというのはすぐに分かった。申し訳ない気持ちとか、自分じゃできないお願いを代わりに叶えてもらいたいって意味を深く示したりするときに使うんだって教えてくれたのは兄貴だから。

滅多にそんな真似しちゃいけないと教えてくれた兄貴がどうしてそんな恰好をしているのか、あまりに吃驚して僕の体は硬直した。隣りにいる兄ちゃんもまた、息を呑んでいた。

どんな表情をしてるかはここからじゃ分からない。でも声が掠れてて切羽詰まってて、いつもの兄貴らしくなかった。

そんな兄貴の前に立ってたのはお父さんやお母さんくらいの女の人。今日ここにきて手を合わせていった人達と同じ黒いワンピースを着てたけど、あのときこんな女の人はいなかったと思う。その人は黙って、ただただジッと兄貴を見下ろしている。

女の人の眉と眉の間に皺が寄ってるから、最初は怒ってるのかなって、だから兄貴は許して下さいってお願いしてるのかなって思ったけど、何となく違う気がした。……兄貴を見下ろしてるその人が、きつく唇を噛み締めてたから。凄く微かだったけど、肩も震えてた。腕を組んでる手だって、左右の腕に爪を立ててた。兄貴を睨み付けるその顔だって、目尻を赤くして、泣くのを懸命に堪えようとしてる。


「お願いします!世話になった分の費用は必ず返します!」

「………」

「テッペイもリョウも、まだ小さいんです!僕も、あの子達と離れ離れになりたくないんです!僕にできることがあれば何でもやります!だから、だからお願いします!僕達の後見人になってください!」


「僕達と離れ離れってどういうこと?」とか「僕達、離れ離れになっちゃうの?」とか「後見人って何?」とか「兄貴がどうして土下座しなきゃいけないの?」とか……僕の頭の中はまた疑問符でいっぱいだった。いつもならきっとすぐに兄ちゃんに訊こうとしてただけど、呑気にそんなことできる雰囲気でないのは子どもながらに察せられた。現に右手と繋いでる兄ちゃんの手にギュッと力が入る。

兄ちゃんもまた、僕と同じようにどうしてって気持ちで溢れてたのかもしれない。

それでも、直感的にとはいえ分かったことはあった。

兄貴が、僕達の為に、僕達を思って、土下座してるんだってこと。


「……リョウ。今の兄貴の姿、ちゃんと目に焼き付けとけ」

「………」


忘れられるはずがない。声にすることなく、頷くことさえできなかったけど、強くそう思った。

それから暫くして、兄貴の前に立っていた女の人――――ミキさんが兄貴の想いに応える返事をくれた。二人の口から直接聞かされたのは葬式の後にだったけど、僕達はあのときの光景をしっかりと目に焼き付けている。

兄貴が僕達を守り抜こうとしてくれた、一生忘れることのないだろう一夜を。

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