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皆でお手伝いしました (長男)

頭にネコ耳を付けているメイドさん。緑色だったりピンクだったりと奇抜な色の鬘を付けてる人。紙袋を幾つもぶら下げているリュックを背負った男性。他にも新撰組だったり、セーラー服だったり、フリルをふんだんにあしらったドレスだったり、執事の恰好した女性だったり、特撮ヒーローものだったり……勿論街中で見かけるようなお洒落着やTシャツにジーンズといったラフな恰好の人達だっているんだけど、奇抜な衣装に身を包んだ人が非常に多くこの会場には行き交っている。

テレビやネットでこういったイベントの存在は知ってたけど、まさかここまで圧巻という言葉が相応の空間だなんて思いもしなかった。

そういった知識(・・・・・・・)のない僕達がここにいるのは場違いな気もするけど、それでもここに訪れる理由はちゃんとある。


「あの、ここに一体どういった用が……?」


キョロキョロと周囲を見渡しながら訊ねたのは、今回の件の依頼人である東海林チアキさんの婚約者、熊谷(くまがい)さん。このようなイベントにはてんで疎いようで戸惑った表情を隠せないでいる。心境としては僕も同じだけど、こっちはプロだし、依頼人に不安を与えない為にもポーカーフェイスは崩せない。


「口頭でお伝えするよりも直にご覧いただいた方が納得して下さると思ったので。……第五号館、Bスペースのイ-A……あぁ、あそこです」


人の流れを邪魔しない、且つ物影に隠れることができる場所を確保して、そこからある一角を覗き見る。

指した前方には、列を連ねて並んでいる客と胸にネームプレートを付けてる女性が四人。対面する両サイドの間に折り畳み式テーブルが立てられて、冊子が積まれているのが見える。


「あの、あそこがどうかしました?」

「あなたの婚約者の東海林チアキさんです」

「えぇ?!」


分からないのも無理はない。あの一角のどこにも、長い黒髪が特徴の女性はどこにもいない。婚約者の熊谷さんも例外じゃないみたいで、益々戸惑った面持ちで僕とあのスペースを交互に見ている。


「売り子の女性を一人ずつ確認してみて下さい」


半信半疑を露にしながらも、熊谷さんは言われた通り売り子四人の顔を注視する。一人ずつ観察していたその視線がここから一番奥に見える彼女を捉えたとき、彼は「あ……」と呟いた。騒がしいこの場所で辛うじて僕の耳に届くほどの声量だったけど、それは確かに確証を含んでいた。

ツインテールのピンクの髪にアイラインを太く引いた目元を強調するメイク、しかもコンタクトを入れて瞳は碧眼。頭にホワイトブリムを被ってアンナミラーズのような胸元を強調するような服装。そんなコスプレをした女性。


「チアキ……」


訪れた客に笑顔を振りまきながら彼女はお金と交換に、机に並べられた冊子を渡す。話しかけられてそれに応える彼女の表情は本当に生き生きとしていた。あの場所にいることを心底楽しんでいるのが少し離れたここからでも充分伝わってくる。


「調べたところ、彼女は三年前から個人サイトを運営していて、それを通じて知り合った人達とこういった活動をしているようです」

「まさか……。彼女の部屋には何度か入ったことがありますけど、漫画やアニメといった類の物は一度も見たことないですよ」

「あなたがそういった物に拒否反応を示されると、心配されてるんですよ。……これは昨日、あそこにいる彼女達の会話を録音したものなんですが」


胸の内ポケットに入れていた録音機を熊谷さんの耳元に近付けて再生ボタンを押す。勿論単なる雑談部分は前もって省いて、ちゃんと肝心なところだけ残すよう編集した。

事務だけじゃなくて、こういう作業も内勤で培いました。


「チアキちゃん、同人活動いつまで彼氏に隠しとくつもり?」

「だってあの人、オタクとかには全然免疫ないんだもの。さり気なくそういう話振っても全く食指が動く素振りないしね。言ったら縁切られる可能性大」

「あ~、分かる。私も友達にカミングアウトしたらすっごいビミョ~な目~された。別に良いじゃんね~?個人の趣味だし、別に相手に迷惑かけてるわけじゃないんだしさ~」

「私もそう思うけど、でもいざ言って関係切られたら……さすがに立ち直れないかも」


ここでスイッチを切る。

この短い会話だけでも彼女の心境を知るには充分なはず。


「因みに、あなたに見せられないと判断した物を購入した際は、今一緒に売り子をしているサークル仲間に預かってもらっているようです」

「それじゃあ浮気をしていたとか、そういったことは……?」

「この一週間、それより前の彼女の動向についても調べてみましたが、懸念されていたようなことは一切ありませんでした」


僕がハッキリ断言すると「そうですか……」と小さく肩を落として、彼は再び彼女を静かに見遣った。

寧ろそんな暇があるくらいなら同人活動に打ち込むらしい。そんな感じの話題をさっき聞かせた録音部分の後にしてたから、そっちの方も別に編集してあるんだけど……聞かせる必要ないかな。

哀愁漂う熊谷さんの背中は、婚約者が予想外の趣味を持っていたことによる失望じゃなくて、その趣味を隠されていたこと、また趣味を自分に告げれば失望されると思われていたことにショックを受けているように見えたから。




二週間後、熊谷さんと東海林さんが正式に婚約したと、ミキさんから聞かされた。

どんな趣味や嗜好や性癖があろうと、彼女は彼女。例え打ち明けられないことを抱えていたとしても、自分の前で見せていた姿は、嘘偽りのないものであったから。……それが、熊谷さんが今回の依頼で得た自身の結論だった。

けれど熊谷さんは、東海林さんが秘密にしていることを彼女自身の口から聞きたいからと、探偵に彼女の素行調査を依頼したことを告白し、謝罪したという。そんな彼に、東海林さんも胸の内を明かしたらしい。




一応この件はここで打ち切ったわけだけど……うん、ちゃんと終わったんだよ。報告書も上げたし、報酬も振り込まれてたし。

何が言いたいのかというと……今回の事件から十ヶ月後のことなんだけどね、連れと歩いてたら同人誌即売会が近くで開催してるっていうのを小耳に挟んで、ちょっと行ってみようかってことになったんだ。そうしたら東海林チアキさんと彼女のサークル仲間……そして何と、熊谷さんまで売り子として参加してたんだよ。


「実はチアキに勧められて読み始めたら、僕ものめり込んじゃいまして」

「はぁ……」


良かったらどうぞ、と冊子を二つ受け取ってしまったわけなんだけど……気のせいかな?

溺愛×平凡と書かれてる表紙の男の子二人が、ムカイとリョウに似ているのは。

美形×美形ケンカップルと書かれてる表紙二人がタツヤと……何故か、僕に似てるのは。


「じゃあこの本二冊の主人公とその相手ってモチーフがいるんだ?」

「そうなの!こっちの美形受けなんて丁度あの人みたいな……って、そう、あの人!大学の近くの本屋でプロポーズされてた!」

「へぇ……プロポーズ、ね……」


連れから向けられる絶対零度の眼差しに、思い切り首を左右に振る。

違う!違う!僕じゃない!


「あとでじっくり話、聞かせてもらおうか……?」


そう耳元で囁かれた声は物凄く冷たかったけど、沸々と煮えくり返るような怒りも孕んでいて……。




え?この相手が誰かって?

それは、まぁ……。

作者はコミ○やイ○テといった場所に行ったことはないので、あくまで想像です。……行ってみたいけど(泣)

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