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皆でお手伝いしました (三男)

テーブルの上に置かれた二枚の写真。

一枚は桜の樹をバックに腕を組んだ若い男女が映ったもの。もう一枚が証明写真みたいに胸から上の部分が映されたものだけど、こっちは一人だけ。

二枚の共通点は、映っている女の人が同一人物だってこと。

目元がキリッとした美人さんだ。鼻筋が通ってて、長いストレートヘアが良く似合ってる。写真で見る限りは清廉とした雰囲気。年は兄ちゃんと同じくらいかな。キャンパスにいそうな感じ。

だから「知り合い?」って視線を向けたけど、兄ちゃんは首を振って、その視線が次に兄貴に移る。でも兄貴も同じように首を横に振った。

僕だって勿論知らないし……この人、誰ですか?ミキさん。


東海林(しょうじ)チアキさん。二十二歳。F大学の観光学部在籍。父親が貿易会社を運営――――」

「ちょ……!ちょっと、ミキさん?!」


兄貴が目を白黒させてテーブルの向こう側にいるミキさんに呼び掛けるものの、ミキさんは構わず手に持つ資料を読み上げる。隣りに座ってるムカイ君も状況をよく分かってないみたいで、我が道を行く母親に困惑した視線を送っていた。


「で、依頼人が彼女の婚約者。内容は素行調査。彼女が自分に隠れて何か怪しいことをしているみたいだから調べてほしいということよ」

「ミキさん!」

「何よ?ヒロキ君」

「素行調査ってことは事務所の仕事ですよね?何で無関係のテッペイやリョウやムカイの前でペラペラ喋ってるんですか」


兄貴もミキさんも、家庭は家庭、仕事は仕事ときっちり割り切ってて、これまで仕事を家庭に持ち込むなんてこと、したことなかった。探偵事務所なんてところで働いてたら、当然個人情報は相当な量があるわけだもんね。

兄貴の体に入れ替わったときは、そりゃあ資料整理くらいしたことあったけど、そのファイルだって鍵付きだったから中身読めなかったわけだし。だから個人情報流出してしまう恐れのある作業なんてしたことなかった。多分、兄ちゃんもそうだと思う。

ホントに、何でミキさん、僕達の前でこんな話を……?


「何でって、三人にも手伝ってもらうからよ」

「「「「はぁ~?!」」」」


まさかと思ってたら、そのまさか。

え?ホントにいいの?やれる自信、ないんだけど……。




今現在、僕のすぐ隣りに女の人がいる。それも若い美人さん。しかも二人きり。

この状況、一人で風紀指導室に行かなきゃいけないときくらいに落ち着かない。あれって完全にアウェーで怖いんだよ。部屋の中は風紀委員ばっかだし、承諾サインを貰うときなんか、ずっと風紀委員長の前に立ってなくちゃいけないし。とにかく突き刺さる視線が痛い。

よく分かんないけど、生徒会と風紀が犬猿の仲、水と油、S極とN極なのは毎年のことなんだって。そんな伝統いらないのに!

そういえば今日、風紀に提出の書類があったような……。普段は生徒会でも役職が一番下な僕の仕事だけど、今日はこれ(・・)があるから無理言って休ませてもらった。だから僕の代わりにカナタが行ってくれてるはず。

ごめん、カナタ!


「さ、この次はどうしたらいいか分かるかな?」

「えっと、ここにXを代入したらいいんですか?」

「うん。後はもうできるよね?」


できます。中学のときに習って、受験でも嫌というほどやったんで実は暗算でも解けます……なんて言えない。

僕に勉強を教えてくれるこの人こそ、今回兄貴が担当することになった素行調査対象の東海林チアキさん……元い、チアキ先生。

何でこんなことになったのかというと、ミキさん曰く、依頼人さんより設けられた調査期間が一週間という短いスパンだから。聞くところによると、三週間後に婚約披露パーティーが開かれるらしくて、勿論依頼人さんはチアキ先生のことが好きだけど、もしもチアキ先生の隠し事というのが、ええっと、その……所謂アバンチュール的なことだったら考え直したいんだって。


「それにしても偉いわね。まだ中学校入ったばっかなのにもう受験勉強に取り組んでるなんて。しかも志望校は星稜冨和学園でしょう?合格者が年に数人しか出ない、入試超難関校」

「アハハ……」


ミキさんに言い渡された僕の設定は、高校受験を視野に入れた中学生。まぁ去年まで中学校に通ってたわけだしって納得してたんだけど……それでも中学一年生ってどういうこと?!全く年齢を疑われてないことが地味に傷付く。

いいけどね!兄貴も兄ちゃんも童顔だし!去年まで小学生だったって設定なんて……うぅぅ。




「チアキ先生って恋人はいるんですか?」

「ウフフ、男の子も恋バナ好きなのね。でも残念でした。先生には付き合ってる人いまーす」

「じゃあ婚や……えっと、彼氏さんとは大学の後や休日に会ってるんですか?」


危ない、危ない。付き合ってる=婚約者ってわけじゃないもんね。婚約者って言葉が印象に残ってたから、危うくそう言っちゃうところだった。


「う~ん……相手は社会人だし、タイミングが合うときはそうしてるけど」

「そうじゃないときは?」

「そのときは――――」


あれ?この調子だと、もしかしたら婚約者さんといるとき以外の時間帯、何をしてるのか訊き出せるかも……。

そんな期待に胸を弾ませていたそのときだった。


バァン!


「「?!」」


慌てて振り返ると、そこには息を切らせたムカイ君が立っていた。

え?な、何で?!


「あれ?あなた、確か同じ大学の妹尾君よね?」

「ム、ムカイ君とは幼馴染で、家族ぐるみの付き合いで……!チ、チアキ先生、ちょっと待ってて下さいっ!」


ムカイ君の手を引いて、慌てて階段のところまで移動する。


「ム、ムカイ君、どうして……?!」

「俺の部屋からお前が女と二人きりでいるのが見えたんだよ。マジでイラッときた」

「待って、待って、待って!あの人、東海林チアキさんだよ?一緒にミキさんから聞いたでしょ、僕があの人から勉強教えてもらうこと」

「そうだけど……それでも嫌だったんだ。お前とあの人が距離を縮めて一緒にいるところを見るのは」


……え?

もしかしてムカイ君、チアキさんのこと……?!チアキさんもさっき、ムカイ君のこと知ってるような口ぶりだったし。

でもチアキさんには婚約者さんがいて……。


「あ、あのムカイ君。今まで気付いてあげられなくてごめんね」

「は?」

「今初めてムカイ君の気持ち、知った……」

「……?!」

「えっと、その……ムカイ君の応援をしてあげたいのは山々なんだ!けど……酷なこと言うけど、でも(チアキ先生の)気持ちはムカイ君の方には向いてないんだっ」

「え……」


その瞬間、ムカイ君の顔が青褪める。しかもショックで足元がふらついたらしくて、壁に寄りかかった。あああ……やっぱり大ダメージ受けてる。

でも僕が慌てて手を差し伸べる直前、ショックから一転、興奮した様子でガシッと僕の両肩を掴んできた。


「……誰だ?」

「え?」

「カナタか?生徒会の誰かか?クラスメイト?それとも中学のか?」

「え?……え、いや、誰って……勿論婚約者さんでしょ?」


ムカイ君も一緒に聞いてたんだから――――。


「お前、いつの間に婚約なんて!」

「何で僕の話?!」


よく分かんないけど、ムカイ君が変な誤解してるーーーー!




そのときの僕はチアキ先生を待たせてることをすっかり忘れてて、とにかくムカイ君の誤解を解くのに必死だった。

当然、我を忘れて僕に掴みかかるムカイ君も然り。

だから僕達は知らない。

部屋の扉を少し開けて、チアキ先生が薄く笑みを浮かべながらこっそり僕らの様子を見つめていたことなんか……。

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