文化祭パニック!【後編】 (長男)
ドンッ、ドンドンドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンドンッ――――
「すーみーまーせーんー!誰かー!」
きっとここはあまり人が通らない場所なんだと思う。さっきからドアを叩いて中に人がいるって知らせようとしてるんだけど、誰かが気付く様子は全くない。
暗闇に慣れた目で周りを見渡せば、サッカーボール、高跳び用マット、ラインパウダー、赤いコーン等々、グラウンドで使う道具ばかり。土煙の臭いも充満してるし。
十中八九、ここは外の体育倉庫と見て間違いない。
う~ん。平日なら体育の授業とかで誰かが気付いてくれるんだろうけど、今日は屋内で開催されてる文化祭。まさかこんなところで人が閉じ込められるなんて誰も想像してないだろうなぁ。
「困ったなぁ。リョウ、ケータイ持ってないし」
胸やズボンのポケットを探ってみても、入っているのはハンカチとティッシュ、それと生徒手帳のみ。
別にこの学校、ケータイって使用禁止じゃなかったよね?リョウの教室に行くまでの間も、何人か僕やテッペイを写メで撮ってたの見かけたし。
……外来が日にち間違えて来たの、後で友達と笑いのネタにするのかなぁ?う~ん。
どこかに落としたとか、盗まれたってことは多分ないと思うし、鞄の中に入れっぱなしにしてる可能性が大かも。生徒会のやりとりや何時頃に家に帰るっていうメール以外、あまり使わないって前に言ってたし。
リョウ、ケータイって携帯しないことには携帯電話って言わないんだよ。
「はぁ……」
少なくともこうして入れ替わったからには、リョウ本人が僕の今の状態を把握している。大人しく待つしかないか。幸いテッペイもこの敷地内にいるわけだし、そんなに時間は掛からないはず。
……そういえば、リョウには内緒でここに来てたんだよね。きっと今頃びっくりしてるだろうな。「どうして兄ちゃんがうちの学校に?!」って。
「何で来たんだって怒られるかもしれないけど、文化祭のこと隠してたリョウもリョウだよ。結局メイド服見られるのが嫌だったって理由じゃなさそうだし」
朝見た制服姿のままの恰好を見下ろしていたそのとき、頑なに閉じられていた扉の向こうで複数の人の気配がした。しかも何やらカチャカチャと、鍵を開けるような音がする。
やった!偶然ここにある物を取りに来たのか、僕の声を聞いた誰かが職員に通報してくれたのか分からないけど、とりあえず出られる。
「さぁ、補佐君。反省の時間を有意義に過ごせたか?」
開かれたドアの向こうに立ってたのは、制服をだらしなく着崩した体格の良い男子生徒四人。誰もがニヤニヤと笑って僕を見下ろしている。
助けに来ました、ヒーローです……って感じの笑顔じゃないし、“反省”の言葉も気になるけど、まずはここから出させてもらおう。
「え~と……とりあえず、外に出ていいんだよね?」
「生徒会補佐を辞めるって誓うならな」
………?
この子達、自分がなりたかった生徒会補佐をリョウがやることになったから、妬んでこんなところに閉じ込めたとか?だから反省しろって?
「え……それでこんなイジメとか?君達もう高校生なんだからさ、こんな幼稚な真似しないでよ。カッコ悪い」
若干呆れて言った僕の言葉に気を障ったらしく、四人の表情が気色ばんだ。
「てめぇ……!」
「今の状況分かって言ってんのか!」
「よくもそんな口聞けんな!」
「痛い目見なきゃ分かんねぇらしい」
交渉決裂。
パキパキと指を鳴らしながら近付いてくる彼らに対して溜息一つ吐かなかったのは、僕の大人としての対応ね。
五分後。
壁に背中を打ったのと、肩に一発くらった以外ほぼ無傷な僕とは反対に、襲いかかってきた四人は砂と泥と埃で汚れた地面に横たわっていた。
一対四でどうしてピンピンしてるのかというと、ミキさん直伝の護身術で対抗したからです。……護身術っていうには結構えげつない技もあるけど、そこはほら……教えてくれたの、ミキさんだし。
特に股間を抑えて悶えてる鼻血君には、ちょっと過剰にやり過ぎた感がしないでもない。でも謝らないよ?避け切れなかった僕も悪いけど、君がリョウの背中と肩に怪我負わせたんだから。
「大丈夫?」
「はぁ……はぁ……」
「くっそ……聞いてねぇよ。補佐がこんな強いなんて」
うん。普段のリョウだったり入れ替わったのがテッペイだったら逃げ出すしかできなかっただろうから、君達運が悪かったね。
もう反撃はないだろうと踏んで、彼らに手を差し伸べて上半身を起こしてあげる。反抗的な目をしてきた子もいたけど、自分達が手を上げなければこっちも手を出さないと悟ったみたいで、結局は素直に応じてくれた。
「じゃあ四人とも、正座ね」
「「「「は?」」」」
「全・員・正・座」
無抵抗の人間に殴りかかってきたんだから当然だよ。反論は許しません。
ザ・お説教ターイム!
「理由はどうであれ、君達手加減する気なかったでしょ。君達みたいな体の大きい子が全力で暴れたらどうなるか――――」
「頼まれた?だから実力行使したなんて――――」
「殴った方も痛いけど、殴られた方がもっと痛いに決まってるでしょ。吹っ飛ばされた先に危険な物が置いてあるかもしれないのに――――」
「あとね、君達。その髪はどうかと思う。色は似合ってるけど、髪の毛絶対痛むって。抜け毛や薄毛のCM見たことあるでしょ?他人事じゃないんだよ」
「服装だってそう。直すのだってお金と時間が掛かるんだから――――」
くどくどくどくどくどくどくどくど………。
自分でもよく喋ってると思うよ。でもさ、今言わないでいつ言うの。義務教育も終わってるんだし、自己管理、自己責任というのを徹底的に叩き込まないと、また同じこと繰り返すとも限らないでしょ。
正座で足が痺れていようと知ったこっちゃない。痺れに気を取られてるようなら、即座に足を踏み鳴らしてこっちに集中させる。
大事なこと言ってるんだからちゃんと聞くように!
「こ、この日本にそんな不憫な想いをしてる子どもがいるなんて……!」
「俺達、恵まれてたんだな」
「親父とお袋の有難みが今初めて分かったぜ……」
「俺、将来足ながおじさんになる!」
鼻を啜って嗚咽を零しながら男泣きする彼らを見て、もう大丈夫だと確信する。理不尽な暴力がどれだけ人を傷付けるかって、充分分かってくれたと思う。
風紀委員に連行される彼らの背中を感慨深く見送る僕の横では、カナタ君が憐憫の眼差しを彼らに向けている。
行方知れずとなったリョウを心配して、風紀委員を伴ってカナタ君が体育倉庫に駆けつけてくれたのはつい先程。時刻を聞けば、入れ替わって一時間半が経過していた。
「一体何話してたんスか?」
「ん~……まぁ色々と」
何せ一時間以上喋ってたわけだし。簡潔に纏められない。
一言で言えば単に説教なんだけどさ。
「でもまさか、一時間半もここに居続けるなんてね。すぐにリョウが助けに来てくれるって思ってたんだけど」
「あ~……あいつもまぁ、テッペイさんの体で苦労したみたいッスから」
「そっか。メイド喫茶の騒ぎで逃げ出してたときに入れ替わったからなぁ」
しみじみと頷いてた僕とは違い、カナタ君は何故かニヤニヤ笑ってたけど、どこかでクラスの噂を聞きつけてたからだろうなって程度にしか考えてなかった。
だから、まさかテッペイとリョウが美女コンなるものに参加してたなんてことは、露ほどにも想像してなかったわけで。