文化祭パニック!【後編】 (次男)
お前らぜってー高校生じゃねぇだろっていうマッチョ三人組に立ちはだかれた場合の選択肢――――
その一:回れ右して猛ダッシュ。……但し自分の体を見捨てること条件。
その二:立ち向かう。……その場合、十中八九兄貴の体はボロボロ。最悪、貞操の危機の可能性あり。
その三:相手の要求を呑む。……満身創痍になることは多分ねぇだろうが、その二同様、性的暴行を受ける危険性あり。
……碌な選択ねぇぇぇぇ!
「どうしてもあなたにしか頼めないことなんです!」
「どうか!どうか俺達を助けると思って!」
「聞いてくれないとお仕置きしちゃうぞ」
お前らの頼みなんて知るか!しかも最後の奴、Trick or Treat(お菓子くんなきゃ悪戯すんぞ)っぽく言っても可愛くねぇから!……と、声を大にして言いたい。
でも無理。だって俺、ビビリだし。チキンだし。こんな奴らの逆鱗に触れたらぜってーヤバイに決まってっし。
じゃあどうするよ?どうすっぺ?
最善の選択を考えてるうちに、いつの間にか両手握られ拘束されてた。Wao!
あ、これでその一の選択肢、消えた。
「どおぉかっ!お願いし~ま~すぅ~!」
「ぎゃああ!分かったっ、分かったから顔近付けんのやめろー!」
……頼む、リョウ。兄ちゃんの一生のお願い。
俺の体を、全身全霊をもって守りきってくれっっっ!
………。
時間経つのって、こんな長かったっけな?マッチョ三人に捕まって、此の方三十秒に一回くらい時計見てるけど、まだ一時間くらいしか経ってないとか。どんだけ。
うん……もう、どうすりゃいいんだろ、俺。お婿に行けない。いや、その前に兄貴に殺される。
被服室に連れて行かれたと思えば、無理矢理服を脱がされて、代わりにチャイナドレス――しかもずっげぇ際の方までスリット入ってるやつ――を着せられた。そんでもって、否が応もなく顔に化粧塗り手繰られた。しかも黒髪のウィッグを被せられて、指にもゴージャスな付け爪。足もトレッキングシューズの代わりに七センチはありそうなピンヒール履かされて……歩き辛ぇ。
爪先の痛みにヒィヒィ泣きごと零ししながら再び移動させられた場所は、第一体育館の舞台裏。何かガヤガヤうっせぇ。何事かとマッチョ共に訊けば、ここで美女コンがあるんだと。
……ここまで聞けば分かってくれたと思う。
ヘタレのテッペイ君は選択肢その三を選んだんだよ!こんちきしょう!
「フフン。どのクラスもこの人ほど綺麗じゃないな」
「これで文化部の優勝は確実」
「ご協力感謝します」
「文化部~?!」
こんなムキムキした文化部、俺は認めねぇ!
べ、別に俺が筋肉付き難い体質だから恨んでるとか、そんなんじゃねぇからな!
「各クラスの代表は以上ですが、文化部と運動部の美女が残ってるんで、まだ投票用紙の記入はしないで下さいね~。さぁ、残るは後二人。まずは文化部の美女、カモーン!」
ご指名入りました~……俺、帰っていい?ねぇ、マジで!切実に!
「さぁ、行ってらっしゃい」
俺の想いも空しく、マッチョに背中押されて大衆にこの女装姿、晒されました。
兄貴、マジごめん!
「うぉぉぉ!滅茶苦茶美人だ!」
「綺麗な人……」
「押し倒してぇ」
「そのおみ足で踏まれながら罵られたい……」
俺さ、結構周りから可愛いって言われるし、ぶっちゃけ自分でもそう思うから、その顔を武器にしたことってそれなりにあったけどさ、それでも鼻息荒くされるようなことってまずなかったし、何つーか……メイド喫茶のとき以上に引くんですけど。
しかも今は、俺がそのメイドみたいなもんになってるわけだし。
ここの生徒にもだけど、こんな恰好してる自分にもドン引きしてる。うへぇ……。
「チャイナ美人~、こっち向いて~!」
でええぇい!ここまでくりゃ、もう自棄だ!開き直んなきゃやってらんねぇよ!
歓声に応えて手を振ったり投げキッスを送ってやれば、場は益々ヒートアップ。
ここにいるのは俺じゃない。兄貴だから。俺は別に痛くも痒くもないんだぜ。ハッハッハ。
……なーんて、罰当たりなこと思った矢先――――
「いやぁ、凄い歓声だ~。確かに目を瞠るような美人……名残惜しいですが、さぁ、いよいよ最後の一人を紹介しましょう!運動部の美女、カモン!」
因果応報ってまさにこのこと。これをしっぺ返しと言わずして何と言う?当然の報いってか?
MCに次の代表が紹介されるのを合図に、俺はキャットウォークから引き下がろうとしたわけだけど、次に現れた運動部代表ってのが……女装した俺だった。
「ぎゃーーーー!」
「あーーーー!」
目が合った瞬間にお互い立ち止まって、指を指し合って悲鳴を上げる。
編み上げブーツに白のニーハイ。パニエで膨らませたフリルスカート。ヘッドドレスで飾られた縦ロールの金髪。叫んだ拍子に落ちたけど、シルクの手袋を嵌めた両手にはパゴダ傘が握られていた。
ここまで言えば想像できたと思う。俺の体の外見は、チャラ男からゴスロリに大変身していた。
メイクも服装に合わせてか、どキツイものにされている。ぶっちゃけ普段の俺の面影なんて一切ない。
え?なのに何で一目で自分の体だと分かったかって?自分の体だからに決まってんだろ!
「え~っと……どうかしました?」
固まった俺らを間近で見てその只ならぬ雰囲気に中てられたのか、MCが遠慮がちに訊ねてくる。
そんなこっち側に構わず観客は、俺が出てきた方とは逆の袖から現れた俺の体――――もといリョウを見て盛り上がってる。お前ら空気読め!
「て……てて撤退っ!」
こんな恥曝した恰好、無理無理無理無理!
俺はすぐさまリョウの手を引いて、リョウが出てきた袖に隠れた。そんでもって瞬時に元々着ていた服が入ってた袋を見つけて、呆気に取られてる運動部員の波を潜り抜ける。
「……な、何ということか!チャイナ美人がゴスロリ美少女と愛の逃避行!前代未聞の事態が~!」
そんなMCの言葉が聞こえる頃には、俺とリョウは体育館を抜け出していた。
「何でお前美女コンなんて出てんだよ?!」
「そういう兄ちゃんこそ、兄貴の体で何やってんの?!」
「文化部のマッチョに掴まったんだよ!あんな体してて文化部って、お前の学校何なんだ?!」
「そんなの文化部の人に言ってよ!というか、美女コンに出たのって、兄ちゃんがタダ食いなんてするから見返り求められたんだよ!」
「見返りって!タダでいいって言ったの向こうだぞ?!」
「そんな都合の良いことあるわけないでしょ!というか、危うく目が覚めた瞬間にキスされそうになったんだからね!」
「ちょ……無事なのか?!俺のPure lips!」
「どうにかね!……ホント、これ以上トラウマ作らせないでよ」
被服室に置きっぱにしてた服を取りに行って、空き教室で着替えを済ませて、メイクも落とし切って一段落できた俺らは、場所を移して状況報告という名の言い争いをしていた。
つーか、マジ間一髪で俺、貞操の危機だったんだな。サンキュ、リョウ。
「兄ちゃんが兄貴の体で今ここにいるってことは、兄貴もここに来てるってことだよね?何で二人ともここにいるの?」
「お前が文化祭のこと黙ってたからだろ。俺も兄貴も心配だったんだよ」
心配かけさせんなってデコピンくらわせりゃ、暫くその痛みに悶えてたけど、知らされなかったことに俺らがどんだけ寂しい気持ちにさせられたか痛感したらしく、素直に「ごめん」と謝ってきた。
そのしょんぼりした顔見て、こいつも結構悩んでたんだろうなって思った。
まぁ言わなかったのは分からんでもない。俺も身を持って充分理解したし。
この学校が美形至上主義ってのは知ってたけど、まさかここまでとは。
「お前も俺らのこと心配して敢えて言わなかったんだろうけど、次からちゃんと言えよな」
「うん」
俺がこうしてリョウを諭してるとき、兄貴も別の場所で不良相手に同じことしてたってのは……帰ってから聞かされた話。