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兄弟の、とある休日の過ごし方 (三男)

(長男)同様、今回入れ替わりません。

昨日の昼休みから夕方までの間、入れ替わりで僕の体になっていた兄ちゃんが学校で何か仕出かしたのは薄々気付いてたけど、それは僕の想像を遥かに超えていた。

親衛隊に、体育館裏という人気のない場所に連れ出された。そこまではまだ僕自身だったからちゃんと覚えてる。それから間もなく、僕の体になった兄ちゃんは親衛隊……及び彼らに雇われた不良の手から逃れる為に土足で校舎を駆け回り、途中で出会った会長――の頭――を利用して大胆に逃げ遂せたのだという。

カナタが面白可笑しく聞かせてくれた。

……二人して大量の書類を書かされながら。


「いやぁ~、優秀な後輩を持って俺様は恵まれてるよなぁ」

「当然これくらいの量、お前ら二人ならあっという間にできるんだろうよ」

「何たって、俺様をバ会長呼ばわりするするくらいだからなぁ」


バ会長呼ばわりしたのは兄ちゃんとカナタです。そう開き直れたらどんなに楽だったか。

兄ちゃんの不躾な発言は確かに申し訳ないと思うけど、何度も何度も厭味たらしく言われ続けたら、さすがにウンザリした。


「一人称“俺様”呼びの痛いトコが所以だっての」

「カナタ~。何か言ったか~?」

「いいえ~。何も言ってないッスよ~」


バ会長。

声に出さず唇だけでそう動かす親友を横目に溜息を吐いて、授業免除制度を行使した僕達二人は、丸一日生徒会室で缶詰状態だった。




……というのが昨日の話。

文句を言わなきゃ気が済まないと昨日の晩、兄ちゃんを待ち構えてたわけだけど、どうやら飲み会だったみたいで、帰宅したのは僕や兄貴が就寝した後だった。

今日は日曜だし、起きて目がちゃんと覚めるまで待とうと思って掃除したり、朝食の用意したり、勉強したりして時間を潰してたんだけど……起きてこない。

時計を見れば十四時。お昼どきもいいところ。


「兄ちゃん!お休みだからって寝過ぎ!」


堪忍袋の緒が切れて兄ちゃんの部屋に突撃すれば、既に兄ちゃんは起き上がって服を着替えてる最中だった。


「いやん、ばかん、エッチ!ノックぐらいして!」

「あ、ごめん……って、そうじゃなくて!」


裸の胸を腕で隠して腰をくねらせながら裏声を出す兄ちゃんにゲンナリしながらも、違う、違うと首を振る。


「兄ちゃん!一昨日の兄ちゃんの行動の所為で昨日は大変だったんだからね!」

「そうだ。お前体ちょっと鈍ってんだろ」

「は?」

「練習行くぞ」




Tシャツにジャージという身軽な恰好に着替えた僕らが向かったのは、とある公園。そこには十代から四十くらいの男の人が十人ほどいた。

柵をよじ登ろうとする人。障害物を飛び越えようとする人。細い手摺りの上を歩く人。受け身(ロール)の練習をする人……。細身だったりガッチリしてたり、体型は様々だけど共通して皆、余分な脂肪は見受けられない。


「おぉ!テッペイ、リョウ。よく来たな」

「どうも」

「やっほ~。鍛えにきました~」


挨拶して、僕達も準備運動を始める。体操。ウォーミングアップ。筋トレ。それから練習。

走ったり、跳んだり、登ったりという動作を、特別な道具を使わずその場の環境でやる運動……パルクール。バランス、体力、正確さ、忍耐力、空間認知力、想像力を高めるといった、云わば己を磨く為に考案されたもの。

兄ちゃんと練習に参加するようになって暫くしてからその意味合いを知ったけど、なるほどなって思った。最初こそ体力が続かなかったり打ちどころが悪くて痣が絶えなかったりしたものの、今となっては目の前に障害物があっても、どんな動きをすればかわせるか、反射で体が応じてくれる。喧嘩だとか、誰かと争うことになったとき、闘って勝つことはできないけど、その代わり誰かの足手纏いにならないよう動ける自信がついた。

しゃがまされた会長の頭に手を置いて外の樹に跳び移るという、アクロバットなことを兄ちゃんが躊躇なくやってのけたのは、こういう背景があったからだ。


「うぃっと」


滑らかな動きで壁を下りた兄ちゃんが、跳躍して階段の手摺りに掴まり、するりとその下の僅かな隙間を潜り抜けて再び駆ける。まるで忍者のような動き。僕も後を追うけど、兄ちゃんのようにすんなりとはいかなかった。

受験直後と比べたらまだマシとはいえ、やっぱり体、鈍ってたのかなぁ。生徒会の仕事でデスクワークばっかりしてたし。

その所為か、こうして大いに全身を動かせるのは気持ちが良い。

鼻から息を吸って口から吐き出す。深呼吸を繰り返して高揚感を落ち着かせると、僕は足の裏を蹴って走り出した。




西日が建物の間に半分沈みかけた頃に、僕達はお暇することにした。

前方に伸びた二つの長い影を目で追う僕の横で、兄ちゃんは七つの子の歌を口ずさんでいる。……ラップ調で。


「兄ちゃん、止めて。頭から離れなくなりそう」

「あ?音外してた?じゃあ次は桃太郎を演歌バージョンで」

「それも駄目」

「ケチ~」


どっちが兄でどっちが弟か分かりゃしない。

何だかなぁ、って溜息を吐いてたら、ふと兄ちゃんが足を止めた。


「……兄ちゃん?」

「親衛隊からの呼び出し、いつからあった?忠告やら警告文やら、そんな物騒なことこれまでに何度もやったって、チワワどもが言ってたからな。しらばっくれても無駄だぞ」


一歩踏み出せば届くところにいるのに、逆光の所為で兄ちゃんがどんな顔をしてるかよく見えない。さっきまでの呑気に歌ってた表情じゃないのは確か。だって、声が硬い。怒ってる。

でもそれだけじゃない。怒って、叱りたいと思いながらもそれを堪えてる。僕の言い訳を辛抱強く待ってくれている。


「僕が生徒会補佐に任命されてからだから、つい最近だよ」

「そのつい最近の間に、くだらない呼び出しされたり、みみっちい嫌がらせされてたんだろ。しかも一昨日のこと聞いたなら……分かってんな?適当にあしらうだけじゃ済まされねぇぞ」

「制裁の遂行でしょ。でもさ、一昨日兄ちゃんが上手く話持っていけてたら、ちょっとは猶予の時間、稼げたんじゃない?」


意地悪かなと思ったけど、そんな風に言えば、優しい兄ちゃんは案の定、口を噤んだ。

ごめんね。入れ替わったら、大勢に囲まれて訳の分からない文句言われてる状態だったんだから、交渉も何もできるはずなかったよね。

兄ちゃんの眉尻がちょっと垂れ下がって、気弱な表情になる。ああ、やっぱり僕の考えなんて兄ちゃんにはお見通しらしい。


「……転校とか、せめて生徒会辞めるとか、そんなの全然考えてねぇんだな」

「うん。別に生徒会に拘りあるわけじゃないけど、でも僕みたいな立場になってしまう外部生が今後現れるかもしれない。その子達の為にも、親衛隊の理念が先走ったような考え方を緩和させたいと思ってる」


生徒会役員は人気者が選ばれるとか、親衛隊だとか、奇矯としか思えない学校だけど、別に頭から否定的なわけじゃない。郷に入っては郷に従えって言葉もあるんだしね。あ、これ実は校訓の一つだったり。

義務教育は終わったんだし、迷惑被らない範囲なら個人の自由だ。栄えるのも、廃るのも。

……そう、迷惑を被らない限りであれば。


「兄貴やムカイ君には黙っててね」

「言えば即効別の学校行けって煩いだろうしな。言わねぇよ。でも修羅場で兄貴と入れ替わっても、俺知らねぇからな」

「分かってる」

「……辛くなったらいつでも頼れよな」

「うん」


グシャグシャと頭を撫で回される。体だけじゃなくて髪も汗で濡れてるのに、そんなの全然お構いなしだ。

兄ちゃんの声は若干呆れた感じだったけど、さっきまでの怒った雰囲気はもう完全に払拭されたようだった。

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