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はぐれ者たちの昼食会

 強烈な個性の持ち主である綾峰家の人々に「よろしく」と様付け敬語はやめてくれと言って――。

 彼らは料理の置いてあるテーブルから少しはずれたところに、固まっているというにはそれぞれ好きに過ごしていた。

 六人の視線を浴びて心臓は大きく音を立てる。そのどこか張りつめた空気を破ったのは四葉だった。片手で私と手を繋ぎ、もう片方の手を突き出してピースをして。

「ほら! 結恵っちと仲良くなれたよ」

 胸を張って四葉は言う。

「結恵っち……?」

 ある意味「お嬢様」以上に慣れない呼称に四葉を見ると、まるで小動物のように大きな目が潤んで見上げてきた。

「ダメ? 結恵っちって呼んじゃ」

 その弱々しい声音に何だか幼児虐待している気分になってきた。実際は年上だと分かっているのに、視覚情報というのはこうも厄介なものなのか。

「ううん、別にいいよ」

 ひきつった笑顔で答えると四葉の顔がぱっと明るくなった。

「ほらぁ。あたしと結恵っちはもう仲良し! やーっぱりあたしは正しかったぁ」

 四葉の言葉の意味が理解できず他の五人に目をやるとあの目つきの悪い童顔、律がそっぽを向いて呟いた。

「別に正しいとか正しくねぇとかの話じゃなかっただろ、それ」

 可愛い顔しているのに何て可愛げのない態度だろう。いや、見ようによってはこれは可愛いとも言うのかもしれないが。

「まぁ、四葉と言うよりも鷹槻が言ったことが正しかった証明にはなったわね」

 初対面の印象としては最も強烈だったお嬢様、薫子が上品に膝の上のハンカチにサンドウィッチを置いて言う。

 鷹槻が?

 何を言ったのかと、思わず彼に視線をやった。

 だが鷹槻はジュースを片手にあからさまに興味のなさそうな顔を上げた。

「そんなこと言ったか?」

「言っただろ。自分の発言には責任持ちなさいっていつも言ってるだろうが」

 無気力な鷹槻の頭を鷹久が軽く叩いた。それから鷹久は私のほうを向いて済まなさそうな顔で軽く笑った。

「コイツいつもこんな感じなんだ。一応本人に悪気はないから怒らないでやってくれると嬉しいんだけど」

「あ、別に怒ってないですから」

 慌てて顔の前で手を振ると鷹久は苦笑する。

「本家のお嬢様に敬語で話すことはあっても、敬語を使われるとは思わなかったな」

「公私問わず、私達に敬語を使う必要はありませんよ?」

 薫子が長い睫毛を瞬かせ小首を傾げて言った。

 そこに茶々が入る。

「てか薫子。俺らも今は敬語ナシでいいって言われたじゃんかよ。場合によっちゃお前、本家の意向に逆らったーって見なされるぞ」

 金メッシュの髪が笑うたびに揺れる。

「私は貴方と違って礼儀を重んじる傾向にあるの。令」

 出来の悪い子供に言って聞かせるように薫子は言うが令はさらに笑う。

「単に柔軟性が低いだけじゃねーのー?」

「……うるさいわ」

 目にも止まらぬ速さで令はその場に撃沈する。どうやら薫子が令の顎に拳を叩きこんだらしい。

 見かけによらず随分好戦的なお嬢様だ……何か格闘技でもやっているんだろうか。護身というより、明らかに先制攻撃を目的としたような類の。

「薫子……さっきも注意されたばっかだろ?」

 鷹久は呆れかえったように息を吐いた。

「標葉がいねぇとすぐこれだ」

 わざとらしく律が溜め息を吐くと、薫子の瞳が鋭く光ると同時にあたりに鈍い音が響く。

 それが薫子の右ストレートとそれをガードした律の腕だと気付くのには少し時間がかかった。

「ハン。お前の攻撃なんて単調すぎて令はともかく俺には通じねぇよ」

「……兄弟揃って口が減らないわね。それから『標葉』じゃなくて、『標葉さん』でしょう?」

「標葉がいいって言ったんだからいいんだよ」

「改めなさいな」

「俺がお前の言う事聞くと思うか?」

「全く思わないわ」

 それから演武のよう、と言っていいほど律は綺麗に薫子の攻撃を流して行った。律のほうが強いのかと口を開けて軽く感動していると突然カーディガンの袖口を引かれた。

「結恵っち、すっごい目ぇ輝いてる」

 四葉が楽しげに話しかけてきてようやく我に返る。

「え、や。ごめんなさい、見事だなーと思ってたらつい夢中に」

「別に謝ることじゃないよ。薫子ちゃんはあれで凄く手が早いのね。で、令はそれをどうこう出来るほどちゃんと護身術とか習ってなくて、律は格闘バカだから薫子ちゃん相手でも負けないんだよ」

「格闘バカなんだ?」

 あんなに可愛い外見に似合わず、とは口にはしない。

「格闘技は一通りやってたって記憶してるよ? 空手、合気道、柔道、ボクシング、剣道、少林寺拳法、居合、ムエタイ、テコンドー、鎖鎌、それからぁ……」

「ガキの頃からほぼ毎日何かしら習ってたからな。筋金入りだ」

 からからと鷹久は笑う。

「笑い事じゃねぇよ」

 顎を押さえながら涙目になって令が言う。

「薫子といい律といい、どいつもこいつも俺で新技練習しようとするんだから嫌になる。俺はサンドバッグじゃねぇっつの」

 項垂れる令にも鷹久は笑みを崩さない。

「律も凝り性だからなぁ。一時期は鷹槻に毎日決闘だとか言いに来てたし」

「鷹槻に?」

 思わず呼び捨てしてしまったけれど、誰も気にはしていないみたいだった。

「こいつも昔、キックボクシングを軽くやってたことがあるから」

「へぇ」

 何だか意外だ。今はこんなにやる気なさそうなのに。

 実際自分に話題を向けられた今、鷹槻はものすごく面倒くさそうな表情をしている。

 ちらりと鷹槻を見ると、話しかけるなと言わんばかりに顔を逸らした。

 ……どこまでも無気力な奴め。

「護身術の延長だったんだ。俺よりやる気ないのに、けっこういいところまでいかれて兄としては悔しかったな」

「鷹槻は昔から適当にやっても何でもできちゃうもんねぇ」

 それは腹が立つな。当の鷹槻はそんなことお構いなしに欠伸しているけれど。別にいいがどこまでやる気ないのか、こいつは。

 周りに一切興味を示さずに船をこぎ出した鷹槻を見ていると、鷹久が声をかけてきた。

「ところでもう一度改めて自己紹介したほうがいいかな?」

「え。あ、はい。出来れば」

 何となくは覚えたけれど、これだけ人数がいると混乱しそうになるからそのほうがいいだろう。

 鷹久は笑顔で頷いて、まだ打って流してを続けている薫子と律に声をかけた。

「お前ら、いつまでも遊んでないでこっち来ーい。もっかい自己紹介!」

 鷹久の呼び声に二人はぴたりと動きを停止させてこちらを見た。

「もっかい? さっきやったろ?」

 律が早速不満げに声を上げる。それから私を見てあからさまな溜め息を吐いた。

「これくらいの人数、一回で覚えろよ」

 案の定可愛げのないセリフを吐いた律の頭を背後から薫子が叩く。

「だったら貴方は覚えられたって言うの? あれだけの人数が一度に似たり寄ったりな挨拶をしたのよ。まともに覚えられる人間のほうが少ないわよ。自分が出来ない事を他人に求めるのはおやめなさい」

「ってーな、おい!」

 頭を押さえて睨みつける律など視界にも入れず、薫子が右手を差し出してきた。

「薫子です。さっきも言ったとおり貴女と同い年だから学院での世話役を務めさせて頂くことになると思います。何かわからないことがあったら遠慮なく仰って」

 律や令に向けていた剣呑な雰囲気とは打って変わったように柔らかな笑顔で。

「あ、ありがとう。どうぞよろしく。えっと、薫子……さん」

 彼女の右手を取って握手すると、薫子は柔らかな笑みを浮かべた。

「薫子で結構よ。私も結恵と呼ばせて頂くから。こちらこそよろしく」

 そう言って軽く首を傾げる姿は大輪の薔薇のように綺麗で無駄に緊張してしまう。テレビでもそうそうお目にかかれないほどの美人で、とても同年代とは思えない上品な物腰と言葉遣い。

 現実にこんな人がいるとは。それも一応とは言え親戚だなんてまだ信じ難い。

「次、あたしー!」

 大きく挙手したのはある意味、薫子とは正反対の四葉。

「あたしも四葉でいいからね。今日は来てないけど上にお兄ちゃんが一人いるよ。でー薫子ちゃんと付き合ってるの」

「よ、四葉っ!!」

 薫子が綺麗な顔を顔を真っ赤にして四葉に詰め寄った。

「あはは。薫子ちゃんが照れてるぅ」

「お黙りなさいっ」

 真っ赤になって慌てる姿を見ると、やはり彼女の年頃の少女なんだと初めて思った。

「四葉……のお兄さんてどんな人?」

 つい「さん付け」しそうになったところを堪えて尋ねると、四葉はにっこりと微笑んだ。

「んっとね、あたしより六歳年上の大学生だよ。ちょっとぼーっとしてるところもあるけど、でもすごく優しい人なんだ」

「シバさんって言ってマジにいい人だよ。俺たちも昔はよく遊んでもらったんだ」

 鷹久が真っ赤になった薫子に水の入ったグラスを渡しながら言う。

 律が何かしら皮肉を言うんじゃないかと思ったけど、意外にも彼も鷹久の言葉に頷いている。

 どうやらその標葉さんという人は本当にいい人らしい。

「あ、でもね」

 思い出したように声をあげ、耳打ちするように小さく言ってきた。

「本当は内緒なの。このこと知ってるのはここにいるあたし達だけだから、結恵っちも内緒にしてね?」

「内緒?」

「……標葉さんは四ノ峰で、私は五ノ峰だから」

 私が疑問を口にするより早く、俯き加減に薫子が口を開いた。

「ここでは家の序列がとても重視されるの。四と五は隣り合った数字だけれど、ここでその差はとても大きい」

 乾いた声がそう告げる。その表情は酷く悔しそうで、それでいて寂しげだった。

 けれどもう一度顔を上げた彼女は一番最初の印象と違わない、凛とした強い瞳をしていた。

「だから私は綾峰のこの封建的な制度を壊してやりたい。私が標葉さんといることを、誰にも文句なんて言えないように。そのために、私は貴女を利用することがあるかもしれない」

 ああ、そうか。

 彼らが他の子供達と違って見える理由。

 他の子供達は、ただ本家の威光にあやかろうとしているようにしか見えないのに、薫子たちは違って見えた。

 今まで流されるように生きてきた私が彼らに惹かれる理由。

 薫子も他の皆も、自身を確立している。

 誰にも何にも侵されることのない、自分をしっかりと持っている。

 近づきたいと思ったのはきっと彼らのようになりたいと思っていた自分がいたから。誰にも侵されることのない自分になりたいと思ったからだ。

「……私も、私の目的のためにこの家に来た。だからいいよ。利用できる時は利用してくれれば。私もきっとそうすると思うから。でも出来れば協力が必要だって言うなら協力させてほしい。一方的に利用されるんでなくこちらからも助力させてほしい」

 薫子の大きな瞳が一層大きくなる。

「わ、私に出来ることはまだほとんどないけど、出来ることはする。だからどうしてもって時以外は一言言ってほしい。それで最大限に協力できればって……思うから。私じゃダメだって判断したなら利用でいいけど。だけど最初から利用されるだけの関係だって言うならいらない」

 そんな考え、ここじゃ甘いのかもしれないけれど。

 でも利害関係だけというのも嫌なんだ。

 そんな関係慣れきっているけれど、でも出来ることなら対等な関係を築きたい。こうして素で話すことを許される相手となら尚更。

 利用してされて、という関係も私には必要だ。けど、どうせならそれだけじゃないほうがいい。

それはきっと、私が他人を利用しようとしているから。矛盾した考えだけれど、だからこそ『対等な』利害関係でありたいと思うんだ。

「……変わっているのね」

 薫子はまだ目を大きく見開いていた。

「下手すると損しそうだけど、ある意味フェア。ある意味自信家」

 そう呟いたのは鷹槻だった。

 興味なさそうにしていたはずなのに、いつの間にか私を見ていた。

「フェアなだけの人間より自信家で、自信家よりはフェア。俺は嫌いじゃない」

 淡々とした彼特有の抑揚の少ない落ち着いた声音がそう告げる。

 嫌いじゃない、か。

 特別好かれたい、嫌われたくないとか考えていたわけじゃないがそれでもやはり嬉しい。

 はっきり物を言う鷹槻みたいな奴なら尚更に。

 胸の内が少し温かくなった。

 そして鷹槻は無感情に私を見て口を開いた。

「『ハジメマシテ』。二ノ峰の鷹槻。俺も薫子と同じで世話役になると思うからヨロシク」

 そしてやはり『初めまして』なのか。

 鷹槻の言ってたトモダチの前でも言ってはけないのか。そう思いながらも顔には出さないようにする。

「……初めまして。よろしく」

 理由は後で聞けばいい。

 郷に入っては郷に従え、だ。

 悔しいけれど私はまだ右も左も分からないような状態だ。長い物に巻かれたほうがいいに決まっている。――今は、まだ。

「お。珍しくちゃんと挨拶できたな、鷹槻。偉いぞ」

 鷹久が豪快に鷹槻の頭を撫でた。

「やめろっての。それより鷹久。お前が言い出したんだから自分こそちゃんと自己紹介しろよ」

 鷹槻は鬱陶しそうに鷹久の手を払った。

 鷹久はそんな弟の態度に慣れているのか、気にする様子もなく「そうだな」と手を打った。それから薫子同様、笑顔で右手を差し出してきた。

「俺は鷹槻の兄の鷹久。この中では最年長。でも誰も年上扱いしてくれないから呼び捨てでいいよ。俺は何て呼んだらいい?」

「あ、どうぞご自由に」

「俺も敬語は使わないから、敬語じゃなくてタメ口にしてくれると嬉しいんだけど」

「は、はい。努力しま……する」

 ああ、変な日本語に……。年上を相手に敬語を使わないというのは今までの人生の中ではなかったからどうにも慣れない。

「じゃあ結恵ちゃん、でいいかな? いきなり呼び捨ては抵抗あるから。慣れてきたら呼び捨てになるかもだけど」

「はい……じゃなくて、うん。それでよろしく」

 首を縦に振ると背後から呆れたような声がかかった。

「努力しまする、って何時代の何語だよ?」

 この小生意気な声。振り返るとそこには予想に違わず律が立っていた。

 私より低い身長なのに見下ろすような態度で強い意志を宿した目がまっすぐに見てくる。

「俺は律。たった二文字だ、忘れるなよ」

 可愛い顔から可愛げの欠片もない言葉を吐き、さらに律は続けた。

「俺もお前の事はせいぜい利用させてもらう。言っておくが俺は他人に利用されてやる気なんかさらさらねぇ。俺を利用したいっ言うならせいぜい知恵と自分を磨け」

 私より年下とは思えないような強さを持った声でそう言って、律は私から目線を外した。

「おい律、もうちょっと言い方あるだろうよ?」

 律の頭の上に、シルバーのバングルをつけた腕が置かれた。

「人の頭上に乗るんじゃねぇ、令」

 舌打ちして律がその腕をどける。腕を退けられてバランスを崩した令は不満そうに口を尖らせた。

「何だよ。お前の頭が俺の腕置きにいい高さにあるのがいけないんだろーが」

「てめぇが無駄にでけぇだけだ! その軽い頭をかち割って低くしてやろうか!?」

「いや俺はフツーだろ。律がちっこすぎるだけで」

「ちっこくねぇ!」

 そう怒鳴る律は毛を逆立てた猫のようだ。

 はいはい、とそれを軽く受け流すと令は私に向きなおって笑った。

「はぐれ者の群れにようこそー。で、俺は令ね。呼び捨てでいいから。俺は何て呼んだらいい?」

「好きでいいよ」

「じゃあ年上だし敬称をつけよう。結恵ちゃんって呼ばせてもらうわ。よろしくー」

 大きな右手に手を取られ、握手する。

 金メッシュの派手な髪に全身を飾るごついシルバーアクセ。それに似合わない人好きのする顔立ち。

不思議な人だ。

 そう思っていると令はその柔らかな笑顔を崩さずに小さく口を開いた。

「俺も、せっかくの縁はフル活用させてもらうから」

 律よりずっと穏やかな物言いなのに……いや、だからこそ体感温度が数度下がったように感じた。

 彼もまたこの集団の一人、やはりただチャラいだけじゃない。

 殴られたり蹴られたりしていた姿やその雰囲気からは想像もつかない、彼の本性を垣間見た気がした。

「……こちらこそ、これからよろしく」

 だが私だって彼らに呑まれるだけのつもりは毛頭ない。

 対等な立場でいる。

 その意味を込めて、力を込めて令の手を握り返した。

 ひと癖もふた癖もありそうな、自らをはぐれ者と称する人達。

 秋晴れだった空に、いつの間にか灰色の雲が現れ始めていた。



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