宵闇の太陽
昼食会の終わった日の夜、私は密かにあの石造りの回廊を通って千歳の部屋へと向かった。ドアをノックしてから室内に入ると、お線香の香りに似ているけど煙臭くない、独特の甘辛い香りが漂っていた。
「いらっしゃい」
明るい声と無邪気な笑顔が当たり前のように迎えてくれる。
千歳はソファに座って大きなファイルに目を通しているところだった。そのそばに黒い円柱形の物体が置かれている。それが香りの発生元らしい。
「それ何? 変わった香り」
その黒い円柱形を指差すと、千歳は手のひら大のサイズのそれを軽く持ち上げて見せた。そこからは黒いコードが部屋の隅のコンセントまで伸びている。
「香炉。お香をセラミックヒーターであっためて薫らせるタイプ」
「直接火をつけるんじゃなくて?」
お香と言ったら直接火をつけて煙が香るものだと思っていたが。
そんな私の考えを読み取ったように千歳は笑い、少し手を伸ばして床の上に置いてあったハマグリの貝を取って二枚に割った。中には黒い丸薬らしきものがいくつか入っている。
「練り香って言って、間接的に熱を与えて薫らせる種類のお香。源氏物語なんかに出てくる薫物ってのはこれのことだよ。平安時代なんかはこれが一般的だったんだそうだ」
源氏物語自体はきちんと読んだことはないが、あの時代に香りが重視されていたらしいことは知っている。
「それ、平安時代のなの?」
「まさか。だいたい当時と同じ材料、製法だけどこれは俺の手作り」
ハマグリを合わせて千歳はすごいだろーと言わんばかりに自慢げに笑う。
「自分で作れるものなんだ?」
「うん。材料さえあれば子供だって作れる。手作りキットとかも売ってるし、当時のレシピも残ってる。それを参考にして作ってみたんだよ。黒方って言って主にめでたい時に焚くやつ」
「へぇ。何かおめでたいことでもあったの?」
私が問いかけると、千歳は首を傾げて黙ってしまった。
しばらくそうしていたかと思うと、すっきりした表情で手を叩いた。
「あ、結恵がうちに来た。ほら、めでたい!」
そんな取ってつけたように言われたってあまり嬉しくない。
私が脱力していると千歳は床にファイルを捨てるように置き、立ち上がって向かいのソファに座るように促してきた。
「とりあえず座れよ」
「どーも」
遠慮なくソファに座ると千歳はにっこりと笑って「何か食う?」と聞いてきた。
それを辞退して、ここまで持って来た疑問をまずぶつける。
「ねぇ、何であんたは昼食会に来なかったの?」
「んーだってアレは俺が行く席じゃなかったし」
千歳は簡易キッチンでマグカップにココアの粉とお湯とミルクを注いで持ってきて、そのうち一つを私の前に置いた。
「それより結恵は鷹槻のところを選んだんだって?」
「何で知ってるの?」
「鷹槻に聞いた。メールって便利な。文明の利器ってやつだなー」
からから笑いながら千歳はマグカップに口をつけた。
「昼食会は敷地内の十代の奴らが呼ばれたって聞いたけど、どうだった?」
「鷹槻とその仲間たちが面白いことがよくわかった」
率直に述べると千歳は一瞬置き、声を上げて笑いだした。
「あいつらはこの家でもかなり変わってるからな。俺は鷹槻以外は直接会ったことないけど」
何とはなしに千歳はそう言った。
けれどその言葉が今一番の疑問をより確かなものとした。
「千歳ってこの家でどういう立場なの?」
「どういうって?」
「最初に千歳、私にどこの家の奴だって聞いたよね? それと同じこと、私も千歳に聞きたい」
千歳は笑みの形は崩さぬまま私を見た。
「十代が集まる席だったんだよね、昼食会。そこにも来なかった。鷹槻以外には会ったことはないって言った。けどこの家全体の事情には鷹槻よりも詳しそうだし。千歳はこの家の何なの?」
うまく言葉がまとまらない。疑問が多すぎてどこから聞いていいのかも、何を聞くべきなのかもわからなくなりそうだ。
ただ一番に浮かぶのは、千歳がこの家にとってどういう存在なのかということ。
昼食会という短い時間だったが、綾峰家の側面に触れていくらか分かったことはある。
それは、綾峰家の序列は絶対だと言う事。
本家の絶対的意識は聞いた通り。後は家格とでも言えばいいのか。
二ノ峰を屋号とする鷹槻達兄弟に対し、二ノ峰分家以下他の家に属する人間は不満があったとしてもそれを口にする事は許されず口先だけでも敬うということ。
鷹槻達がこの家の子供達の派閥の中で一風変わっていること、それを快く思わない者達は少なくないこと。だがあの強い個性の一派の頂点は鷹槻・鷹久の二ノ峰家の兄弟である以上、この家で彼らに意見できるのは本家の人間だけだということ。
ほんの数時間でくだらないほどに封建的な家風を垣間見た。
そしてそれをくだらない、と強く認識しているのは彼らに不満を持つ他の派閥の子供達ではなく鷹槻や四葉達であるということを。
「……ここは確かに他人の目の届かない場所だけど、千歳と鷹槻は同等のように見えた。それによく考えたら、この部屋だって本家屋敷の一部だよね?」
じっと千歳を見つめると、彼はマグカップを置いて重く息を吐いた。
「全てに目を閉じて静かに穏やかにここでの時間を過ごすのと、目を開いて全て見ることで奇怪な現実に巻き込まれる時間を過ごすの、どっちがいい?」
千歳の質問は抽象的だった。だが何となくの意味はとれる。だから迷わず答えた。
「もう半分目を開いたようなもの。奇怪な現実の存在を知ったからには無視して過ごすなんて気色悪くて無理」
その答えに、千歳はもう一度息を吐いて膝の上で両手を組んだ。
「口達者」
「おじいちゃんに言われた。自分で決めたことは貫き通せって。片足突っ込んだからには中途半端も曖昧も嫌。気分が悪い」
「その上頑固」
頑固さはじいさんの遺伝子だよな、と言って千歳はソファの背もたれに肘をついた。そうして無感情な瞳が長めの前髪の間からまっすぐに見てくる。
「どの家に属するかって言われたら、一応俺も本家に属することになるかな」
やはり。口に出しそうになったが、黙って先の言葉を待つ。
「けど俺は少しばかり特殊。本家に属してはいても、それが表沙汰にされることはない。そんな存在」
「え……?」
無感情な声が紡ぐ言葉がいまいち理解できない。
この家は本家の絶対王制だと言ったの張本人が、その本家に属する自分の存在は表沙汰にされないと言う。
私の戸惑う様子を見て千歳は薄く笑い、背もたれに寄りかかった。
「だから十代限定の昼食会に出席することもない。鷹槻も言ったんじゃないか? 俺に会ったことは誰にも言うなって」
「……言われた」
確かに言われた。
――俺と千歳に会ったことも誰にも言うな。
低く押し殺した、けれど強い声で。
――絶対にだ。
確かに言われた。暗にそれを口にしたら面倒事になる、とも。
鷹槻と私が会っていたら面倒だと言うのはおそらくお互いの立場的な問題。本家である私が二ノ峰の鷹槻を贔屓していると周囲に思われないため。そうなると自然、本家は二ノ峰家を擁護しているような形になるだろうから。
では千歳は?
本家に属するのに表に出ない存在。
接触したことを口外すべきでない存在。
「今日の昼食会の参加者で俺がここにいるってことを知っているのは、鷹槻と結恵くらいのものだろうな。あとは……四ノ峰のチビ共も侮れないらしいからもしかすると薄々感づいてはいるかもな」
「それじゃあ……他の人達は千歳がここにいることを知らないの?」
そんなことあるわけない。
一人の人間の存在をこの狭い社会で隠し通せるわけ、そんなわけがない。
だが千歳はそんな私の思考を容赦なく切り捨てる。
「俺は本来ここにいるべきじゃないんだよ。宵闇の太陽、灼熱の雪、千年万年尽きない命。それくらい俺は不自然にここにいる」
歌うように、そんな詩的な言葉を他人事のように紡ぐ。
「……意味わかんないよ」
俯いて、何とかそれだけを言葉にした。本当は何となくわかるっているのに。
夜に太陽は浮かばない。
灼熱の雪は存在しない。
尽きない命は有り得ない。
そんなこの世の道理に反する程に、千歳はここにいることがおかしな存在だと言うことなのか。
「……でも昨日、千歳は言ったよね? 私がこの家の跡取り候補だって他の親戚の人たちは思ってるって。だったら条件は千歳も同じ……ううん、ずっとこの家にいた分だけ千歳のほうが立場は上でしょ? それなのに何で」
「ここが綾峰だから」
千歳の言葉は短く穏やかで、残酷な程に簡潔なものだった。
――綾峰だから。
全てはその言葉で片づけられる。ここが特殊な場所、綾峰という家だからという理由で、私が見てきた常識なんて何ひとつ通用しなくなる。私からしたら不条理でしかないことがまかり通る。
「おかしいよ、そんなの……」
嫌だ。ものすごく嫌だ。
そんな簡潔な言葉で千歳の存在が否定されているようで。
当の千歳は気にもしていないのかもしれない。こんなことを感じるのは、ここでは私だけなのかもしれないが。
だけど嫌なんだ。
千歳は私の目の前にちゃんといる。食べて笑って、言葉をくれる。
当たり前のように存在しているはずの彼なのに、ここに存在することが不自然だという事実がどうしようもなく嫌だ。
「……っ」
言葉にもならない。ただ悔しい。何が悔しいのかもよくわからないけれど、悔しくて仕方ない。この悔しさを伝える術がないことも、自分が無力なことも悔しい。他にももっとたくさんある気がするがわからない。
言葉にならない。形にならない。
どうしていいのかわからない。
「――結恵」
優しい声が降ってくる。
その声が本当に穏やかで泣きたくなった。けれどそんな顔、絶対に見られたくなくて俯いた。
そうすると頭に手を置かれた。子供にするように、安心させるように。
瞬間、一滴だけ涙が零れ落ちた。
気を抜いたらそのまま泣き喚いてしまいそうになる。
千歳の前では小さな子供のようになってしまう。そんな自分を抑え込んで、強く強く思いを言葉にする。
「……千歳はここにいる」
今にも涙が溢れ出しそうな顔を上げ、千歳を見据える。
「私の前にいる。不自然なんかじゃない。千歳はここにいるから、触れられるから、言葉をくれるから。ちゃんといる。不自然なんかじゃない。おかしいことなんかない。絶対ない!」
自分でも何を言っているのかわからない。
でも伝えたかった。
まるでどうでもいいことのように、自分の存在を不自然と言い切る彼に。
千歳は私の頭に手を置いたまま少し目を丸くした。
「私はここの常識なんか知らないから、今目の前にあるものが『自然』なの。だから千歳がいることが当たり前で、一緒にお茶してお菓子を食べて、しゃべって……全部全部、ここに千歳がいるから出来ることで……」
ああ、もう。本当に何を言っているのか分からない。
「私は千歳に会えて嬉しい。あんたの変なところもマイペースすぎるところも好き。だから自分で自分が不自然だなんて言わないで」
そんな悲しくなること言わないで。それが当たり前のように思わないで……。
勝手な自分の意見を押しつけて、何をやっているんだろう。
千歳は黙って私を見下ろしていた。困ったのか呆れたのかわからないが、不思議そうな顔をして。
やがて口を開いた千歳の声には困惑にも似た感情が滲んでいた。
「それってさ」
鬱陶しい奴と思われたかもしれない。それか子供だとか物知らずだとか。
そんなことを考えていると知らずまた俯いてしまう。
けれど千歳の行動なんて、私ごときにはこれっぽちも測れやしなかった。
「もしかして告白?」
千歳の困惑を滲ませた声音が、どこか楽しげなものへと変わっていた。
顔を上げると、千歳はあの無邪気な子供のような笑みを浮かべて私を見ていた。
「……は?」
「だって今、好きって言ったろ?」
楽しげな千歳の言葉が頭の中で何度も何度もリピートされる。そしてつい先ほどまで勢いのままに口にした言葉を何度も何度も再生させる。
好き?
好き、好きって……言ってい、た。確かに言った!
そう認識した途端、体中の血液が顔に集まったように熱くなる。
「違っ、そういうんじゃなくて! 好きって言ったのはだからほらアレ! 普通に友達とかそういう……」
「何だ、男心弄んだのかよ。ひっでー」
笑いをかみ殺すように千歳は体を震わせる。
「そっ、そんなこと微塵も思ってないくせに!」
「んなことないって。あー傷ついたなぁ。何かついでに貶されてた気もするけど、すごい嬉しかったのになぁ」
白々しい!
「う、嘘つけぇ!」
「嘘じゃないって。マジだよマジ。神仏に誓って真実」
真っ赤になって訴える私の言葉なんて柳に風。だけど頭に置かれた手だけは相変わらず優しい。
「本当に嬉しいよ」
そう言って穏やかに目を細める。その表情にからかいの色はない。
ただ優しい。
そんな顔をされるとこれ以上何も言えなくなる。
滅茶苦茶だった心が静かに落ち着いていく。顔は相変わらず熱いけれども。
「結恵はいい子だな」
「いい子なんかじゃないよ」
本当に子供に対してのような物言いについ唇を尖らせる。
「何だ、拗ねた?」
「拗ねてない」
ぷいと横を向くと、また千歳はおかしそうに笑った。
大人の余裕のようなその態度がまた腹が立つ。
「あーもう! 二歳しか違わないんだから大人ぶらないでよ!」
「十代で二歳差ってでかくない?」
「全っ然!」
力を込めて言うと千歳は声を上げて笑った。
絶対にからかわれている!
少し早くに生まれたからって、こんなに露骨に子供扱いすることないだろうに。確かに高校生から見たら中学生なんてまだまだ子供だろうが。
……あれ?
「そう言えば千歳って高校行ってるの?」
「ん、何? 急に?」
「いや、ふと思っただけ」
どうにも千歳はこの地下にいるイメージが強くて、ここ以外にいる彼は想像できない。会ってまだ一日しか経ってないのにそんなことを思うのも変な話だが。
「んー俺は高校行ってないよ」
欠伸をしながら千歳は答えた。大したことじゃない、と言わんばかりに。
それは千歳が『不自然な存在』だから?
そう聞こうとして慌てて口を噤む。
別に高校に行っていないこと自体に偏見はない。学校という場所へ行かなくても勉強は出来るし、勉強することだけが生きる道じゃない。
けれど千歳の場合は、それは彼のこの家での立場からなのかと思ってしまう。この家の主である大叔母が本人の自由意思を奪うようなことをするとはとても思えないが……。
(……そう言えば)
大叔母には娘が一人、孫が一人いると一度耳にしたことがある。
大叔母はあまり進んで話したがらないことだったが使用人の誰かがそんなことを言っていた。
綾峰本家当主夫妻の一人娘はあまり素行のよろしくない、いわゆる不良だったそうだ。十代のうちから通常なら警察沙汰になるようなことに何度となく関わり、実家の権力、財力を使って放蕩の限りを尽くしたらしい。日常生活や異性関係、そんないくつかが重なって厳格な大叔母は一度はその実の娘と絶縁したと言う。だが今は亡き大叔母の夫、元当主は密かに娘にお金を手渡したりなどして生活の手助けをしていた。それから後に娘は誰の子とも知れぬ子供を出産し、大叔父の説得もあって大叔母も折れ、娘は綾峰家へ戻ることを許されたのだそうだ。
だがその孫も成長するにつれ素行不良が目立ち始める。何が原因かは詳しく知らないが数年前、やはり過ぎた素行不良が原因で母子共々再び絶縁されたという。
本来ならばその孫がこの家を継ぐ予定だったのだと若い使用人が口を滑らせる形で話してくれた。そしてその孫は、私よりいくつか年上の男だとも聞けた。
思わず千歳を見た。
私より二つ年上の男。
バツイチ……十七では結婚はできないから正確には違うのだろうが、子供を産ませた相手がいたという、古い世代の人間からしたら受け入れがたい事実。
本家でありながら表沙汰にされない存在。
もしかして千歳が……。
「結ー恵っ」
明るすぎるほどに明るい声がかかり、我に返る。
千歳が笑っていた。
唇だけで。その瞳はどこまでも鋭い。
「あ……」
思わず言葉に詰まってしまう。
千歳は軽く笑って、手つかずの私の前に置かれたマグカップを見た。
「もう冷めちゃったろ? それ」
「え、ああ、ごめん。せっかく出してくれたのに」
「いいよ。新しく淹れ直してくる」
千歳は軽やかに立ち上がってマグカップを持ち、簡易キッチンのほうへと向かった。
その背に、これ以上詮索するなという無言の意思を見た気がした。
確かに詮索されて気分が良い人間なんていないだろう。
千歳は話しやすい。だからつい踏み込みすぎた。誰にだって踏み込まれたくない部分はあるのに。
(私、昨日と同じことしている……)
自分の学習能力のなさに心底嫌気がさす。
甘辛いはずのお香は辛さばかりが鼻に残る。
「結恵ー、砂糖いる?」
簡易キッチンから声がした。その声音からは何の頓着も感じない。
マイナスな感情を引きずらない。引きずらせない。
……千歳は大人だ。
湯気の立ったマグカップが再び私の前に置かれる。
「砂糖入れたけど、足りなかったら自分で足して」
そう言ってシュガーポットも持ってきた。
「うん。ありがとう」
「どーいたしまして。それで今度は俺にも話聞かせてくれよ。昼食会はどうだった?」
「緊張した」
「そりゃご苦労さま。でも飯は美味かったろ?」
何事もなかったように千歳は笑みを湛えている。私の後悔なんて吹き飛ばすような明るい声で、表情で。しつこく気に病まなくていいから、と言われたような気になってしまうのは自己肯定が過ぎるだろうか。
マグカップ片手に千歳は、お香の香りとココアの甘い香りは最高に合わない失敗だったなどと言っている。
マグカップの温かさが、白い湯気が罪悪感を包み込んでくれる。
「……鷹槻に前もって、夕べ会ったことは誰にも言うな、知らないフリしておけって言われたからその通りにしてたんだけどさ」
「うん」
少し楽しげに聞こえた相槌に、いつもの調子で舌が回り出す。
「私はうっかり話しかけたりしないようにすごく気を遣ったのに、鷹槻は今にも寝そうにボケーっとしていて何かこっちまで気が抜けた」
それを聞いた千歳はおかしそうに笑った。
「あいつはそういう奴なんだよ。三度の飯より睡眠が好きって。前にすっげー真面目な顔して「三年寝太郎になりたい」とか言ってたし」
「うわ、似合わない! けど言いそう」
「夕べは遅かったしな。家の奴に叩き起こされて昼食会に行ったんだろうよ。家に誰もいなかったらアイツも昼食会は欠席だったな、絶対」
「お兄さんのほうはしっかりしている感じなのに」
甘いココアに口をつけて、愚痴を零すように呟く。
「タイプは違うけど皆も美形だったな。特に鷹槻と薫子と千歳は揃って並ばれたらモデルみたいだし」
「俺も?」
意外そうに千歳は聞き返してくる。
「何だ、無自覚? 身長はモデルには少し足りないかもだけど、顔と雰囲気で十分カバーしてるじゃない、千歳は」
千歳は身長は平均的だと思う。鷹槻よりは確実に低いし目算で170センチくらいか。身長だけを見たらモデルになるには足りないが、その圧倒的な存在感はどんなモデルや俳優にも負けないと思う。
「でもびっくりしたな。鷹槻もだけど薫子も私と同い年って。それに四葉と律もここだけの話、小学生かと思ったらひとつ上とひとつ下なだけで。大人っぽい家系なのかと思ったら極度の童顔まで何でもありだよね、この家」
「へぇ」
千歳が興味深そうな声を上げる。
「そんな童顔なのか?」
「そりゃあもう!」
思わず言葉に力が入る。
「かわいい子供がいるって思ったら私より一個上だって言うんだもの。本当にびっくりした。それで次に出てきた子も小学生みたいだなって思っていたら中二だって言うし。出来るだけ感情を顔に出さないようにって意気込んでいたんだけど、驚きすぎてそんな意気込みもすっかり忘れたくらい」
一気に今日の昼間見た不思議を口にすると、千歳がにこにこと私を見ていた。
「……何?」
「いや。呼び捨てするくらい仲良くなったんだなーって」
「また子供扱い……」
だがどう足掻いても千歳は私より大人だってことは認めざるを得ない。気恥ずかしくなってマグカップで顔を隠すようにする。
「妙に格式ばったところがなくて取っ付きやすいから。鷹槻とその仲間たち」
「変わり者ばっからしいからな。類は友を呼ぶってやつか」
「私から見たら千歳も十分変わり者だけどね。確かに類は友を呼んでる。……ああ、だから千歳と鷹槻は仲がいいのか」
その仮説に納得がいって手を叩くと、千歳は一瞬渋い顔をして言った。
「それ、ケンカ売ってるのかー?」
「別に売ってないよ。素直に感想を述べただけで」
にこっと笑ってそう言ってやる。
「……その発言だけで十分売ってるよな」
呆れたように千歳は自分のマグカップにシュガーポットから砂糖を小さじ一杯突っ込んだ。
そしてカチャカチャと陶器と金属のぶつかり合う音を立てながら、先を促してきた。
「で、その変わり者共とはどうだったって?」
「えっと、挨拶をしたら――」
頭の中で昼食会での記憶を再生させながら、それを言葉にしていった。